育成4位から1カ月で新人王候補 オリックス・茶野篤政を支える「人間力」

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2023年04月20日 06:34  ベースボールキング

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徳島インディゴソックスの南啓介球団社長(右)と茶野篤政 [写真=北野正樹]
◆ 猛牛ストーリー【第73回:茶野篤政】

 2023年シーズンはリーグ3連覇、そして2年連続の日本一を目指すオリックス。今年も監督・コーチ、選手、スタッフらの思いを「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。


 第73回は、シーズン開幕直前に支配下登録され、今や「1番・右翼」に定着した育成4位の茶野篤政外野手(23)です。

 四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックス出身。1年前には独立リーグの試合に出場することも叶いませんでしたが、急成長を支えているのは「人間性」にあります。


◆ 直接のアピールで開いたNPBへの道

 「本当に性格のいい選手なんです。よろしくお願いします」

 徳島インディゴソックス球団関係者の女性から声を掛けられたのは、昨年11月11日のこと。徳島市内の球団事務所に、森浩二プロスカウトと乾絵美スカウトが訪れて行われた指名挨拶後の出来事だった。

 最高峰のNPBへの入団で、球団関係者や指導者から選手の能力をアピールされることはあっても、性格の良さを一番に売り込まれることは稀ではないだろうか。

 後日行われた入団発表に立ち会ったオリックス球団関係者からも、同様の話を聞いたことから性格の良さは折り紙付きだった。

 茶野の人間性は、取材をしてすぐにわかった。多弁ではないがこちらが理解を進めるまで説明してくれ、長時間の質問にも最後まで丁寧に答えてくれた。驕ることなく誠実に、歩んで来た道筋を感じさせるものだった。


 滋賀県八日市市(現・東近江市)生まれ。中京学院大中京高校(現・中京高校)、名古屋商科大学時代に全国経験のない茶野がプロスカウトから注目を集めるきっかけとなったのは、昨年6月15日のオリックスとの練習試合(大阪シティ信用金庫スタジアム)。

 「2番・左翼」で出場し、適時内野安打に2ラン、右前打、中堅への適時二塁打。4安打4打点1本塁打と大暴れし、盗塁も1つ決めた。当時育成選手だった宇田川優希には6回に一ゴロに仕留められたが、俊足好打を猛アピールした。


◆ 「学習しながら育つタイプ」

 あれから10カ月。4月18日、今年もまたオリックスとインディゴソックスの練習試合(杉本商事BS舞洲)が行われた。

 茶野の活躍に、増田将馬主将(徳島商業高−中部学院大−ジェイプロジェクト)は「リーグ戦が始まった1年前、試合に出ていなかった選手がNPBで活躍していることは、みんなの目標になります。NPBを目指し社会人から独立リーグに来た私にも刺激になります」と語る。

 また、大学から茶野と同期入団の井上絢登副主将(久留米商業高−福岡大)も「僕もあの試合で3安打したのですが、茶野の活躍でかすんでしまいました」と笑わせた後、「しぶとい打撃で逆方向に打つのもうまい。プロの投手の変化球への対応などを教えてもらっていますが、身近な選手だっただけにNPB入りに向けて目標が出来ます」と“茶野効果”を語る。


 インディゴソックスの練習中のグラウンドに、茶野の姿があった。隣接する球団寮から楽天戦(京セラドーム大阪)に出発するわずかな時間を縫っての訪問。球団関係者や選手らに丁寧に挨拶する茶野を、インディゴソックスの南啓介球団社長が微笑ましく見守っていた。

 「オリックスさんがチャンスを与えてくれて、悪くても我慢して使っていただいたおかげです」。茶野の活躍を聞くと、南社長からは開口一番、オリックスの指導者に対する感謝の言葉が返って来た。

 「茶野は学習しながら育つタイプなのです。一気に派手なプレーは出来ませんが、今日ダメだったことを明日に生かすタイプ。茶野の性格も分かって使ってもらえたことが、彼の成長につながっていると思います」と続けた南社長。

 大学から独立リーグ入りし、シーズン開幕当初は試合に出場することも出来なかったが、南社長は「試合に出ることが出来ない理由を克服するために、毎日コツコツと足りないものを伸ばして来ました。誰かと比べるとか、一喜一憂するとかが、彼にはないのです。これをやると決めたら貫き、よそ見をしない。そういう意味では、初めて見るタイプの選手です」と不断の努力を評価する。


 さらに南社長が指摘するのは、人間性だ。

 「例えば試合後に、選手は自分の片づけをした後、球団の分を手伝ってくれますが、茶野はその後も最後まで残って片付けてくれるのです。小さなゴミも見逃さずに拾ってくれます。そんなことを自然体で出来ているのは、茶野自身が野球に取り組むために大事な部分なのでしょう」

 茶野をプロの世界に導いたプロスカウトの森さんは、今年1月から副寮長として生活全般をサポートする。

 「一生懸命にやるプレースタイルで結果を残して(首脳陣に)認めてもらいました。走攻守のうちで外野守備は、プロは打球が速く伸びも違い難しいし、本当にこれからです」と語り、寮生としては「真面目で社会人としての常識を持ち、全部がちゃんと出来ている」という。


◆ 「自分らしさを出してやっていこう」

 プロの世界に飛び込んで約4カ月。南社長は茶野の言葉に驚かされたという。

 「NPBで活躍して、生き残るために必要なものは何か」という質問に、茶野から返って来たのは「人間性ですね」だった。

 「人間性が素晴らしい選手が、球団からも選手間でも愛されます。人も付いてくるし、ファンからも応援されるんです」と言い、平野佳寿ら多くの選手の名前を挙げたという。

 技術がなければ厳しいプロ野球の世界で生き残ることが出来ないのは誰でもわかることだが、人間性が伴わない選手は一流選手にはなれても超一流の選手にはなれない、という意味でもあるのだろう。


 開幕一軍に抜擢され、開幕の西武戦(ベルーナドーム)で史上初めて育成選手として先発出場し、初安打と初盗塁を記録した茶野。4打数無安打に終わった2戦目の夜、南社長は茶野に「茶野らしくいけ」と電話を入れたという。

 「結果を欲しがっているように思えたので、『誰も1年目の育成上がりの選手に1日2本も打ってくれと頼んでいない。(首脳陣は)チームに与える一生懸命さや必死さが欲しいんや。積極的に行くのが茶野スタイル。準備はしてきたのだから、がむしゃらにいって後は神のみが知る。どうせ(すぐに二軍に)落ちるんやから茶野らしくいけ』と言いました」

 きつく聞こえる激励の言葉には、真面目に取り組む茶野の性格を熟知し、リラックスさせようとする南社長の思いが込められていた。


 その後、3安打を含むマルチ3度で7試合連続安打をマーク。一時は打率.414で首位打者も経験した茶野は「2試合目はすごく力が入っていましたが、南社長の言葉で気持ちを切り替えることが出来ました」という。

 18日の楽天戦からは、二巡目の対戦が始まった。早くも新人王候補に挙げられるようになった伏兵に、各球団はデータを駆使し弱点を突いてくるだろう。

 「ここからは厳しく攻められると思いますが、とくに変えずに自分らしさを出してやっていこうと思います」

 一喜一憂せず、自分を見失うことなく、ひたむきにグラウンドで躍動することを誓う。


取材・文=北野正樹(きたの・まさき)

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