ファンタジーでよく見る設定「魔術」「魔女」「悪魔」を考察

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2023年05月28日 14:41  リアルサウンド

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■異教の魔術、魔女、悪魔


 魔術の歴史は非常に古いが、初期西洋魔術は異教の要素を多分に含んでいた。


 そのため、ヨーロッパのキリスト教化によって一度衰退している。


 『空の境界』(奈須きのこ(著) 講談社)に登場する蒼崎橙子や『Fate』シリーズのクー・フーリンが用いるルーン魔術はルーン文字を用いる魔術だが、ルーン文字はアルファベット(ラテン文字)とは異なる起源を持つ。


 ドイツ北部とスカンジナビア半島でアルファベットとして使用されたルーン文字は4世紀ごろに始まったゲルマン人の民族移動でヨーロッパ各地に広まったが、11世紀ごろにスカンジナビア半島までキリスト教が広まると、徐々にラテン文字が一般化し、使われなくなった。


 キリスト教が力を得るにつれてルーン文字はヘブライ文字などと同じように文字そのものに魔力が宿る魔術的な文字と考えられるようになった。


 14世紀のノルウェーでは黒魔術と同時にルーン文字の使用禁止令が出されている。中世の魔女狩りではルーン魔術を使った廉で多くの人々が魔女として処刑された。


 なお「ルーン」には「神秘」「秘儀」などの意味がある。


 魔女の儀式のことを「サバト」と呼ぶのをご存じの方は少なくないだろう。


 多くの創作物で目にするが、ハートウォーミングなラブコメマンガ『死神坊ちゃんと黒メイド』など、ファンタジー作品ではバックグランドとしてサバトが登場することもある。


 『魔法少女まどか☆マギカ』に登場する最強の魔女「ヴァルプルギスの夜」は北欧、中欧で4月30日に行われる祭りに由来する。


 魔女と結びつけられたのはキリスト教伝来で古来の習慣が異教の儀式になってしまったためだ。


 悪魔も同様である。


 『超図解 一番わかりやすいキリスト教入門』(インフォビジュアル研究所 (著), 月本 昭男 (監修) 東洋経済新報社)によると安土桃山時代に来日した宣教師たちは仏教を「悪魔の教え」と言っていたらしい。宣教師たちは自分たちの文化秩序とはかけ離れた異文化は神の秩序に反するもので、そこから人々の魂を救いだすのは神に与えられたミッションと考えていたのだ。


 自分たちの教義に反するものを魔女と結び付けた理屈と同じである。


 また、キリスト教において魔女は悪魔と密接な関係として考えられている。


 キリスト教において悪魔に魂を売り、デーモン(悪霊)と契約した者が「魔女」と考えられていた。その文脈で中世には忌まわしい魔女裁判が行われた。


 魔女裁判は中世が過ぎ、近世になっても無くならなかった。


 17世紀のアメリカでは、悪名高いセイラム魔女裁判が起きており、200名近い村人が魔女として告発された。


 この痛ましい事件は多くのフィクションで題材になっている。


 有名どころだと、やはりアーサー・ミラーの戯曲『るつぼ』だろう。同作はアメリカ演劇界の最高権威であるトニー賞を受賞し、後に『クルーシブル』として映画化された。自ら映画脚本を手掛けたミラーはアカデミー賞の最優秀脚色賞候補になっている。


 ゲームアプリ『Fate/Grand Order』の1.5部4章のシナリオ「禁忌降臨庭園セイレム『異端なるセイレム』」はセイラム魔女裁判事件にハワード・フィリップス・ラヴクラフトのクトゥルフ神話の要素が付け足されている。


 ローマカトリックのトップである教皇ヨハネ・パウロ2世(当時)が十字軍、異端審問、魔女裁判、反ユダヤ主義について公式に謝罪をしたのは20世紀も末となった2000年の事である。


 魔術を魔女と結び付け弾圧したカトリック教会だが、キリスト教そのもののにも魔術的要素が含まれ、公認していた魔術もある。


 ミサとエクソシズム(悪魔祓い)がその代表例だ。


 特にエクソシズムはフィクションではお馴染みの設定と言っていいだろう。『青の祓魔師』(加藤和恵(著) 集英社)など現役連載マンガではタイトルそのままの代表例だろう。


 さて、このエクソシズムだがその存在を一般にしらしめたものはやはり『エクソシスト』(ウィリアム・ピーター・ブラッティ(著) 東京創元社)および同作を原作とする同名の映画だろう。同作は世界的な大ヒット作となり、ホラーには冷たいアカデミー賞で作品賞候補になり、原作・脚本を担当したブラッティは脚色賞を受賞している。


 今回はエクソシズムと悪魔契約について述べていく。


 なお、本稿は全体的な部分を『図解 魔術の歴史』(草野巧(著) 新紀元社)、エクソシズムに関しては『バチカン・エクソシスト』(レイシー・ウィルキンソン(著) 文藝春秋)を参照していることを注釈しておく。


■エクソシズムの歴史

 新約聖書には始祖であるイエス・キリストと弟子たちがエクソシズムを行う描写がある。


 キリスト教の歴史の長さとエクソシズムの歴史の長さはほぼ=と言っていいだろう。


 では、悪魔はキリスト教が生み出した概念なのか?


 答えはノーだ。


 キリスト教の誕生は紀元後だが、悪魔の概念は紀元前のメソポタミアにすでに存在していた。


『エクソシスト』に登場する悪魔パズズはメソポタミア文明を築いたアッカド人の伝承に登場する悪霊の名前だ。キリスト教はユダヤ教から発祥しているので、恐らく成立の過程で元々あった思想をベースに悪魔祓いも誕生しているのだろう。


 エクソシズムはキリスト教誕生とほぼ同時に始まっているため、公認され体系化された時期も非常に早い。


 3世紀には悪魔祓いを行う専門の職務、「祓魔師」(エクソシスト)が設けられていた。3世紀のローマ教皇コルネリウスが残した記録によると、すでに当時のローマ・カトリック教会には52人のエクソシストがいたとのことだ。


 初期キリスト教の時代の儀式は「イエスの名において出ていけ」と命じるだけだったが、その後、祈りの言葉や、聖油を塗布する儀式が追加され、1614年にはローマ・カトリック教会が『ローマ典礼儀式書』を定めて、規定を設けている。


 この規定は1999年に改訂されており、驚きなのだが何と今も現役だ。


 『エクソシスト』劇中、娘が悪魔に憑りつかれたクリス・マクニールはダミアン・カラス神父に「悪魔祓いをしてくれる人を見つけるにはどうすればいいか?」と尋ねる場面がある。


 精神科医でもあるカラス神父は驚き、「まずはその人をタイムマシンに押し込んで16世紀
に戻すんですね」と答える。


 これは現実的かつ常識的な回答に聞こえるが、実際のところ悪魔祓いは21世紀の現代でもさして珍しい儀式ではない。


 前述の『バチカン・エクソシスト』によるとカトリックの本拠地があるイタリアには約350人の公認されたエクソシストがいるというが、同書は16世紀の書籍ではない。2007年に出版された21世紀のノンフィクションだ。


 21世紀初頭までカトリックの最高権力者である教皇だったヨハネ・パウロ二世も悪魔祓いを行った記録がある。


 悪魔祓いには作法があり、これも時代とともに変化した。


 16世紀イタリアの神学者、ジロラモ・メンギは悪魔に憑りつかれた者の特徴を以下のようにまとめている。



・それまで知らなかった言語を話す
・知らないはずの知識を口にする
・超人的な力の発揮
・司祭や神聖なものに対して嫌悪を示す
・深い憂鬱
・悪魔の助けを求める
・ナイフやガラスの破片など異常なものを吐き出す



 これらは映画『エクソシスト』で明確に描写されている。


  『エクソシスト』のメリン神父(マックス・フォン・シドー)とカラス神父は聖水の散布、カソックの着用、十字架の使用などローマ・カトリック教会の規定に従って悪魔祓いを行っており、ウィリアム・フリードキン監督は本来リアリティを求められないオカルトホラーでも入念な調査でリアリズムを重視していることがわかる。


 ところで『エクソシスト』は1949年にメリーランド州で起きた「メリーランド悪魔憑き事件」をモデルにしているがあくまでもオカルトホラーであり、はっきりとフィクションの領域に留まっている。


 1976年にドイツで発生したアンネリーゼ・ミシェルを元にした映画『エミリー・ローズ』は違う。


 アンネリーゼはカトリック教会のエクソシズムを受け、結果として亡くなったが、彼女にエクソシズムを行ったカトリックの司祭は「適切な処置を行わなかった」として過失致死傷罪で起訴されている。


 『エミリー・ローズ』は舞台がアメリカに置き換えられ、人物名も変更されているが、オカルトホラーと言うより法廷劇と言った方が適切な作りで、「エミリーは本物の悪魔憑きだったか精神疾患だったのか」論争になる。『エクソシスト』でも精神科医でもあるカラス神父は当初悪魔憑きに懐疑的な様子を見せるが、最後は大々的なエクソシズムの儀式場面で終わる。『エミリー・ローズ』の方が現実との地続き感が強い。


 聖職者にも悪魔憑きに懐疑的な人物はいる。『バチカン・エクソシスト』で取材しているベネディクト・J・グローシェル神父はニューヨークの教会の司祭だが、同時にコロンビア大学で心理学を学んだ科学者でもある。グローシェル神父は超常現象と悪魔憑きの権威でもあるが、アメリカ人作家マイケル・W・クネオに対して「自分のところに送られてきたケースでこれは本物の悪魔憑きだと思えるものは一つも無かった」と語っている。


 余談だが。


 陰鬱なイメージの強いエクソシズムだが、『妖人奇人館』(河出書房 澁澤龍彦(著))ではローマ法王グレゴリウス1世が悪魔憑きについて書き残したユーモラスなエピソードが紹介されている。


 ある時、女子修道院の菜園で修道女がレタスの葉を摘んで食べていると、何やらお腹の中に悪魔が入ってしまったような気がして大層心配になった。


 エクソシストが呼ばれて、「早く出てこい」と説諭すると、悪魔は言った。


 「冗談じゃない。誰が好きでこんなところに入るか。せっかく気持ちいい葉っぱの上で昼寝してたら、この娘が摘んで食ったんじゃないか」


 その後、悪魔は簡単に自分から出ていって事件はケリがついたとのことだ。


■悪魔との契約

 悪魔憑きと同じく、悪魔と何かしらの代償の代わりに契約を交わす設定はフィクションでよく見られる設定だ。


 アニメ化もされた(星野真・著)『ノケモノたちの夜』は正統派なファンタジーで近年の作品でのその典型的な例だ。


 悪魔と契約し、何かを得たとの逸話は多い。


 『東西不思議物語』(河出書房 澁澤龍彦(著))ではジュゼッペ・タルティーニのヴァイオリンソナタ ト短調『悪魔のトリル』はタルティーニの夢に出てきた悪魔が弾いた曲が元になっている、とのエピソードが紹介されている。


 中世ドイツのファウスト伝説はクリストファー・マーロウの戯曲『フォースタス博士』、ヨハン・ヴォルガング・フォン・ゲーテの戯曲『ファウスト』など多くの創作で題材になっている。


 『ノケモノたちの夜』のヒロイン、ウィステリア・ラングレイは目と引き換えに悪魔マルバスと契約したが、悪魔契約の代償は魂が相場だ。(ちなみにマルバス、ナベリウスなど同作に登場する悪魔の名前は魔術王ソロモンが封印した72柱の悪魔の名前に由来する)


 ファウスト伝説のヨハン・ゲオルク・フォン・ファウストは悪魔との契約で24年間、悪魔の助けを受けて様々な享楽を手に入れたが、最後は悪魔に魂を引き渡す取り決めになっていた。


 24年の契約期間が終わった日の真夜中、激しい嵐で宿屋の建物が揺れると、ファウストの叫び声が響いた。


 翌朝、ファウストの肉体はバラバラになって屋外の肥やしの上に散らばっていたという。


 ブルース歌手、ギタリストのロバート・ジョンソンは驚異的な演奏テクニックの持ち主だったが、27歳で不審死している。


 早死にしたのは「十字路で悪魔に魂を売り渡して、その引き換えにテクニックを身につけたせい」という伝説がまことしやかに語られている。


 悪魔は無償で何かはしてくれない。何故なら悪魔だからである。


このニュースに関するつぶやき

  • Amazon prime videoで、1994年公開の『ファウスト』を見たよ。チェコ共和国、フランス、イギリス、アメリカ、ドイツ共同制作だとか。ワケ解んない系の映画で、映画館で見たら眠くなりそうだな。
    • イイネ!1
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