猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました 第5回 男が玄関に入ってきて悲鳴を上げた話

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2023年06月23日 08:31  マイナビニュース

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露出狂と並走したり、朝顔を観察したらおじさんが咲き乱れていた話などを、Twitterとnoteで配信するやーこさんの初短編集から、選りすぐりの話をご紹介。声を出して笑ってしまう可能性があるので、念のため周りに人がいないか確認してから読むのをおすすめします(気にしない方はそのままお読みください)。


⇒この連載の一覧はこちら

○男が玄関に入ってきて悲鳴を上げた話



家を引っ越した当初、まだエアコンを設置していない寒い部屋で私と母は凍えていた。

なんとか耳だけはいつもの防寒対策で暖かくできたが部屋自体は寒く、電気ストーブなどで寒さを凌ごうともしたがどうにもならず、終いには暖をとる為当時飼っていた犬の取り合いにまで発展した。



人間のあまりの愚かさに嫌気がさしたのか、犬は深いため息を吐くと自分の小屋に入ってしまった。何度か呼び戻そうと呼んだが、小屋からしっぽだけを出しおざなりに返事をするばかりで出てくる事はなかった。

愛犬に見捨てられてしまった……と、悲しみに暮れた私達は

「各々自分の部屋で毛布に包(くる)まろう」

と、リビングで解散し、足取り重く自室へ向かった。



毛布に包(くる)まり、うつらうつらしているとインターホンの音で目が覚め、数秒後に短い悲鳴が聞こえた。

まさかとは思ったが万が一の為に木刀を持って急いで下へ降りた。

すると、凄い形相の男が玄関に立っていた。



母がこちらへゆっくりと振り返った。

母は目と鼻と口が出るタイプの覆面を被っていたままであった。

寒さ対策に目出し帽を被っていたのだが、そんな事などすっかり忘れ、そのまま玄関のドアを開けてしまった様であった。

男は私の方に気がつくと、再び声を上げた。

そう、私も被っていたのだ、同じ理由で同じタイプの覆面を。

しかも、手に脇差サイズの木刀を持っている。

これを異様な光景と言わずして何が異様と言えよう。

不幸な事に私も母同様に覆面がしっかりと皮膚に馴染み、己の姿を自覚していなかった。

ドアを開けた瞬間に薄暗い玄関に現れた覆面だけでも不気味であるのに、更に奥から武器を持った物騒な覆面が登場した事により、男は何らかの悪の組織のアジトに迷い込んでしまった子供のように混乱していた。

穏やかな日常が崩れる音を聴いた事だろう。

男の悲鳴に興奮したのか、犬がリビングから現れ足元でぐるぐると回りながら吠え始めた。

覆面二体と、謎の男、そして荒ぶる犬。

もはやどういう状況なのか誰にも分からぬ。

男が我々を悪の組織の一味と勘違いする前に母の覆面を外し誤解を解かねばならない。

しかし、説明しようにも至近距離で本気で吠える犬の声にかき消され上手く伝わらない。

更に母と私は自分の事は棚に上げ、互いに覆面姿である事を気づかせようと同時に喋るので尚更難航した。

母はとうとう痺れを切らし、私の覆面に手をかけ実力行使に出た。

我が家に悪役レスラーが誕生した瞬間であった。

目の前で突如行われたマスク剥ぎに、男は一体何を見せられているのだろうと思った事だろう。

私が彼ならば、もう帰りたいと思っている。

何も知らない男から見ればアジトで勃発した仲間割れの現場である。



母が私の顔から剥いだ拍子に、覆面は床に落ちてしまい、それをすかさず犬が奪い振り回している。しかし、私から剥いだところで母はまだ覆面姿であり、何の解決にもならない。

無駄に私の顔が公開されただけになってしまった。



ここで正気に戻れば良いものの、自分も覆面姿であった事に気がついた私は、恥ずかしさからパニックに陥(おちい)り「早く顔を隠さなければ」と犬から覆面を取り返そうとする暴挙に出てしまった。

男の瞳には「すみませんねえ、騒がしくて」と男に語りかける覆面の母と、その背後で髪を振り乱し犬と覆面を奪い合う娘の映像が延々と流れている。

これに比べれば、インドカレー屋で流れている字幕の無いインド映画を観る方が遥かに解釈しやすい事だろう。



男は

「一回、外に出ますね……」

と、外へ出ていった。

賢明な判断だと思う。

因みに男は不動産関係者だった。(終)


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⇒他の短編も読む


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やーこ(イラスト:栖周)


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