立花もも厳選 金原ひとみの傑作、古式ゆかしきミステリーなど……今読みたいおすすめ新刊小説

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2023年07月02日 10:01  リアルサウンド

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 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版された新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)


金原ひとみ『腹を空かせた勇者ども』(河出書房新社)

  会う人全員に配ってまわりたいくらい、よかった。主人公の玲奈は中学二年生。成長期で、いつもお腹が空いていて、考えるより先に身体が動くバスケ少女という、これまで金原ひとみさんが描いてきた主人公とは真逆のタイプだ。常に理詰めでモノを語り、常識や型にとらわれて考えることを放棄する人を憎み、不倫していることを夫にも娘にも隠さない母親のほうが、読者にとってもなじみ深いことだろう。玲奈にとって、そんな母親は理解不能の存在だ。不倫に対する嫌悪感も、当然、ある。だがそれでも、常に娘に対しては愛情と手間を惜しまず、まっすぐぶつかってくる母親を愛し、頼り、支えられながら現実と向き合い、成長していく。その過程が愛おしくてたまらない。


  コンビニで出会った中国人留学生のイーイー。コロナ禍で実家の食堂が経営難に陥った友達の駿。やはりコロナ禍をきっかけに、私立中学に通うことも難しくなった同級生のミナミ。どんなに頑張っても勉強で成果を出すことができないヨリヨリ。大好きな人たちが、自分にはどうしようもない理由で困難に陥っているとき、うかつに手を差し伸べればそれが善意であっても侮辱になりかねないこと、どんなに必要としているコミュニティも永遠に続きはしないこと、しかしそれでも出会った人たちを愛し続けることはできるということを、玲奈は痛みとともに知っていく。


  血が繋がっていたとしても他者をどうにかすることはできないという絶望を、ほんのちょっとの理屈と本能で乗り越えていく玲奈が最高だ。そしてそんな彼女を導くため、「概念として存在し続けたい」と信念を曲げずに向き合い続ける母親も。 ぜひとも全国の夏の課題図書に指定して、玲奈みたいな子たちに読んで、感想文を書いてみてほしい。だる、うざ、と拒絶されるだろうけど、それでも彼女たちがどんなふうにこの小説を受け止めるのか聞いてみたい。


草森ゆき『不能共』(KADOKAWA)

 理解しあえない他者がともに生きる、という意味ではこの小説にも共通するところがある。が、読み心地はだいぶ真逆というか、前提の設定がえぐい。なにしろ主人公は、恋人が既婚者だと知って別れを告げたら目の前で命を絶たれてしまった男と、その恋人の夫なのである。


  物語の冒頭、死んだ恋人の夫だと名乗る清瀬隆の来訪を受けて、朝陽大輝は面食らう。「私には、もう貴方しか加奈子の話を出来る相手がいないのです」と言われたって、知ったこっちゃないのが本音である。清瀬にとって大輝は加害者かもしれないが、大輝だって状況だけみれば被害者である。さらに、加奈子が大輝とつきあった理由は、清瀬が男性機能的に不能で、子どもをもつことができないから。つまり、大輝との間に子どもをつくって養子に迎えようとしていたというのである。むちゃくちゃだ。清瀬も本心では納得していなかった。大輝のことが憎かったし、今も憎んでいる。だから永遠に嫌がらせしようと、合鍵をつくってまで大輝の家に通い、手料理をふるまい続ける。これはもう、壊れているとしか言いようがない。だが大輝とて、それは同じなのだった。


 二人の歪んだ関係は、やがて一種の絆のようなものを形成していく。


 清瀬が不能になった経緯、加奈子との関係に隠された過去はあまりに凄惨である。冒頭からしばらくは、あまりに胸が痛む描写が続くので、いったい二人の関係がどこへ着地するのかとハラハラしたが、あまりに自然な形でハッピーエンドに着地するものだから、おったまげてしまった。疾走感のある文章と怒涛の展開に、一気読み必至である。


青木知己『Y駅発深夜バス』(東京創元文庫)

 凄惨といえば九人病である。とある村で十年おきくらいに起きる伝染病で、一度発生すると決まって九人に感染する。感染すると、足の裏と額が脂汗でぬらぬらと湿り、やがてなめこのように全身が粘液で覆われ、腕や足などが体から抜け落ち、バラバラになって死んでしまうのだという。おそろしい。そんな村を訪ねた男が遭遇した謎を描く「九人病」。運航しているはずのない深夜バスに乗り込んで、宇宙と交信するかのような謎の動きを見せる人々と遭遇、さらに帰宅後は親しくしていた隣人の死を知らされた主人公の巻き込まれた事件を描く表題作。盗まれた婚約指輪の行方を読者への挑戦状で問う、古式ゆかしきミステリーの作法で描きだされる「ミッシング・リング」など、本作は5編の謎解きを収録した短編集である。


 読む人によって好みは分かれるだろうが、個人的には「猫矢来」が好きだった。主人公は、カツアゲする同級生を邪魔したことでいじめ……とまではいかないが嫌がらせのターゲットにされてしまった中学生の里奈。ただの人嫌いかと思っていたら、観察眼鋭く、さらに里奈に想いを寄せているらしい碓井という少年とともに、迫りくる危機に立ち向かう物語なのだが、加害と被害の立場をわける難しさなど、短いなかにも考えさせられるテーマが描かれている。「特急富士」のように、痴情のもつれと欲望の交錯によって起きた殺人事件のトリックを明かす、技巧的な短編も読みごたえがあり、いろんな味わいを得られるお得感のある一冊だ。


多和田葉子『白鶴亮翅』(朝日新聞出版)

 多和田さんの小説は、とにかく文章が美しくて、文字を追っているだけで心地いい。主人公はドイツでひとり暮らしをする翻訳家の美砂で、あるとき「庭の木の高い枝に座って、何語で話しかけても反応しないおばあさん」と出会うのだが、そのおばあさんについて〈掌を蝶々のように翻し、鼻歌を歌いながら軽い足取りでその場を去っていった舞踏家には遊び足りない少女のような雰囲気が漂っていた〉と表現する場面があまりに美しくて、本筋とまるで関係ないのに、何度もくりかえし読んでしまった。


 いや、実はこういう場面の積み重ねが本筋をつくりあげていて、糸を細かく編み込むように物語が存在している、というのも多和田さんの小説の魅力である。美砂は、隣人のMさんに頼まれて一緒に太極拳教室に通い始めるのだけれど、東プロイセンで生まれ、終戦後にドイツへ越してきた彼の背景だけでなく、中国人である教室の先生や、ロシアからの友人など、さまざまなルーツをもつ人たちとの交流によって、美砂は自分の無知に一つずつ気づかされ、歴史を、そして世界を知ろうと目を開き始める。


 ドイツ語ではよそ者を「車の第五の車輪」という。車には四つの車輪があれば十分、という意味だが、六つ目の車輪があれば大きな石のころがる荒野の道なき道を走ることもできる、という文章がある。だが、六つ目の車輪を見つけるまでが、難しい。知りたい、と興味を示すことが必ずしも良く働くとは限らず、新たな断絶を生むことにもつながる。だがそれでも、〈ちょうど空を飛ぶ一羽の鶴のように、人間界の愚かな争いを空から見て、どうしてあんなに愚かな戦いが起こりえるのか、と心底疑問に思〉うことができれば、何かが変わっていくかもしれない。そのための問いかけが、本書には散りばめられている。


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