鳥取はカニで認知度向上、各自治体が躍起になる食のアピール「地方ブランディング」成否の分岐点

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2023年07月14日 08:10  週刊女性PRIME

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鳥取県「カニ」※画像はイメージです

 カニの日とされている6月22日、鳥取県が「蟹取県カニバーサリー宣言」を発表。

 カニの水揚げ量日本一の同県は、2014年からカニがとれる冬季に県名を「蟹取県」に改名するなどの「蟹取県ウェルカニキャンペーン」を展開しているが、10年目の節目となる今年はアニバーサリーならぬ「カニバーサリー」としてPRを強化する。

 他にも、2011年10月にPRとして“うどん県への改名”を発表した香川県、2018年1月15日に“いちご王国・栃木の日”宣言をした栃木県など、同様の取り組みは全国各地で実施されている。

躍起になる「食」のアピール

 その地域ならではの「食」をアピールして、他府県との差別化を図るブランディングが増えているのはなぜ?

「旅行の大きな楽しみがご当地グルメであるように、その地域の特長として誰もがイメージしやすいのが食べ物。興味を持ってもらうきっかけとして食はうってつけ。昨今の流行というよりは王道のコンテンツでしょう」

 と話すのは、クリエイティブディレクターの田中淳一さん。

「知名度アップや観光誘致、地域産業の活性化を目的にこれらの取り組みは行われますが、移住者を増やしたいというのが最終的な目標です」(田中さん、以下同)

 最終ゴールが移住とは話が飛躍するように感じるが、地方では切実な課題。

「例えば、蟹取県を名乗る鳥取県は近年、過疎化が進行。人口が減少傾向にあります。しかし、鉄道など交通手段、商業施設、病院など生活に必要な設備を維持するには、ある程度の人口が必要。

 大都市に人口が集中する日本では、地方はどこも同じ悩みを抱えていて、これを解決するためにさまざまな施策を実施しているのです」

 食に関するキャンペーンは多くの人にまず興味を持ってもらうための入り口。

「人口減少を食い止めるには、まずはどんな形であれ、その地域と関わりを持つ人々を増やすことが重要といわれています。

 食をきっかけに、その地域に親しみを感じたり、繰り返し観光で訪れたりする人が増えれば、やがてその中から移住を考える人も現れるかもしれません」

食べて終わりではなく移住までつなげる施策

 田中さんも数多くの食のプロジェクトに携わってきた。

宮城県登米(とめ)市のソウルフード『はっと』のプロモーションでは、『登米無双』というPR動画が100万回再生を達成。大きな話題となりました」

 はっととは小麦粉を練ってお湯でゆでたものを汁ものに入れたり、アズキと絡めたりする郷土料理。

「もともとは『市の知名度を上げたい』という依頼でした。そこで何をPRするか考えたのですが、登米市は9つの町が合併してできた自治体で、それぞれ食文化や生活習慣が異なる中、唯一共通して食べられていたのが『はっと』。

 江戸時代に当時の大名が『こんなおいしいものを農民に食べさせるのはご法度だ!』と言ったことがその名の由来という説もユニークで、それを念頭に置いて動画を作ったところ、面白いと多くの人が注目してくれました」

 プロモーションは成功したが、こういった食のプロジェクトには課題もあるとのこと。

「ふるさと納税もそうですが、食べ物は『おいしそう』『おいしかった』だけで終わりがち。そこから地域への興味関心にどうつなげるかは大きな課題です」

 食関連ではないが、この点に工夫をこらしたプロジェクトも。

「私は鳥取市のシティプロモーションも担当しています。そちらでは今、若者に大人気のアーティストである新しい学校のリーダーズとコラボ。新曲『青春を切り裂く波動』のMV撮影を鳥取市で行いました」

 人気アーティストが鳥取市でロケをしたということだけで話題になるが、それだけでなく聖地巡礼として現地を訪れるファンも数多くいる。

「地域に実際に足を運んでもらうことはプロモーションの主要な目的のひとつ。地方はどこも過疎化とともに高齢化が進んでいますから、多くの自治体は特にZ世代といわれる20代以下の若い世代からの認知を高めたいのです」

 これは移住促進という目的からも理にかなっている。

「Z世代はフットワークが軽いのが特長。何度か訪れるうちにその地域が気に入り、『2〜3年間引っ越してみようかな』と軽い気持ちで移住を考える若者は珍しくありません。若い世代のほうが移住への関心が高いことは、調査でも明らかになっています」

 若い世代が増えて、そこで新たなビジネスを起こすなどすれば、地域も活性化する。

「その成功事例として知られるのが、島根県海士(あま)町。松江から60km先の海に浮かぶ離島で人口減少に悩んでいましたが、島の名産物を使ってのビジネスを行政が支援。

 その結果、特産品のサザエを使ったレトルトカレーがヒットして話題となり、その後も多くの若い世代が移住して新たなビジネスを始めています。この試みで、課題であった人口減少や高齢化にも歯止めがかかりました」

 海士町は風光明媚(めいび)ではあるものの、有名な観光地があるわけではない。にもかかわらず、Iターン移住者で人口の10%以上も占めるほどに。

「『ここに来ればチャレンジできる』と若い世代がやりがいを感じられる環境を整えたことが成功した理由。

 また人が人を呼ぶところがあって、若い仲間がいることで移住へのハードルはますます低くなります。海士町がこの施策で注目されたのは10年以上前ですが、その勢いは今も続いていますね」

 若い世代に関心を持ってもらうには、SNSの活用も鍵に。

「首都圏でPRする際によく使うのが駅広告。このとき、SNSで広めてもらうことを想定して、通行量が多く写真が撮りやすい電車内などではない場所に集中して広告を出すことがあります。目につきやすいし、SNSで広めてもらいやすくなると」

 もちろん告知を見た人が「面白い」と感じることも必要不可欠。

「食のキャンペーンでは『カニバーサリー』などのダジャレが多用されますが、これはちょっとバカバカしいほうがウケるから。私自身もネーミングを考えますが、これはダサいかも!?と振り切ったもののほうがウケることはよくあります」

 キャンペーンの成功において重要なことは、“地域感情”にどれだけ寄り添えられるかだという。

 鳥取県のカニのように、もともとあるもので、地元の誰もが“名産”と認めるものならベストだが、一部でしか知られていない珍しいものや、注目を集めるために、目新しいものを打ち出そうとしても難しいという。

「一時期、ウケを狙っての自虐的なプロモーションが流行ったことがありました。しかしそのやり方は地元の方の感情を損ねることもあり、うまくいかないケースがほとんど。その地域ごとで思惑の違いはある。

 いかに寄り添い、地元の人がどれだけ賛同してくれるかが成功の秘訣になると感じています」

 今後も地方発の食のキャンペーンは増えていきそう?

「ネーミングやPR方法を少し変えるだけで従来あったものが売れるようになるなど、地方にはクリエイティブな工夫で変われる余地がまだまだあります。

 また私自身、動画を作成したらものすごく喜んでもらえたなど、それまで得られなかった手応えを実感できたので、クリエイターにとっても地方はやりがいを感じられる場所のはず」

 おまけに海士町のように、地方から面白いことをやろうとしている若者も増えている。

「日本において、こうした地域を活性化する流れは一時的なブームに終わらず、定番化していくのではないかと思います」

田中淳一(たなか・じゅんいち)●クリエイティブディレクター。早稲田大学卒業後、旭通信社(元 ADK)に入社し数多くの大手企業のキャンペーンを手がける。'14年に退社後、POPS設立。地域自治体や企業の案件で成果を上げる。著書は『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』(宣伝会議)など

(取材・文/中西美紀)

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