小説紹介クリエーター・けんご「読書になじみがない人でも楽しめる」という『名著奇変』の魅力を解説

0

2023年08月06日 10:01  リアルサウンド

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

写真


  新感覚の名著×ホラーミステリの短編アンソロジー『名著奇変』(飛鳥新社)が刊行された。次世代の小説家6人が、教科書に載っているような日本文学の短編をオマージュし、現代風の作品に仕上げている。夏の暑さを吹き飛ばす、ヒヤリとした読み心地の本だ。


 収録された短編とオマージュした名著は次の通り。「SNSの中の手紙」(柊サナカ Feat.葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』)、「影喰い」(奥野じゅん Feat.谷崎潤一郎『陰翳礼賛』)、「Under the Cherry Tree」(相川英輔 Feat. 梶井基次郎『櫻の樹の下には』)、「カムパネルラの復讐」(明良悠生 Feat. 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』 )、「せりなを書け」(大林利江子 Feat. 太宰治『走れメロス』)、「山月奇譚」(山口優 Feat.中島敦『山月記』)。


 巻末の作品解説を担当している小説紹介クリエーター・けんご氏は、このアンソロジーを「驚嘆しながら読んだ」と話す。TikTokなどのプラットフォームで若い世代の読書ムーブメントを牽引する氏に、本書の魅力を存分に語ってもらった。(篠原諄也)


ーー早速ですが、本書を読んだ感想を教えてください。


けんご:文豪が書いた名著をオマージュした作品集ですが、それぞれの短編にホラーミステリ要素があって、とても面白いと思いました。名著をわかりやすく噛み砕いていて、ストーリーの流れをつかむことができます。どのように原作を改変して物語を展開しているか、原作を読んだ人からするとそれを考えながら読むことで新たな発見があるはずです。


 現代は小説以外にも、色々なエンタメが普及しています。YouTubeやTikTokはもちろん、サブスクで映画を簡単に見ることができる。そうした中で、文豪の名著というと、難しくてとっつきにくい印象がある人も多いはずです。でも、この本をきっかけに、読み比べをするのはとても素敵なことだと思います。今はスマホですぐに青空文庫(著作権保護期間を終えた作品を中心に公開している電子図書館)で無料で読むこともできますね。


ーー自分の知っている名著のオマージュ作品から読むのも良さそうです。


けんご:そうですね。この中では、太宰治『走れメロス』、中島敦『山月記』、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』などは、名前は聞いたことがあるという人もいるはずです。その中でも例えば、第5話「せりなを書け」(大林利江子 Feat. 太宰治『走れメロス』)。『走れメロス』はいわゆるハッピーエンドの終わり方をする物語なんですけど、この作品では、絶望感のある終わり方をしている。その描き方の違いをぜひ比較してみてほしいです。事前にオマージュ作品を読んだというだけで、名著の楽しみ方や感じ方は大きく変化すると思います。


ーーオマージュの仕方は作家の方によって多種多様でした。


けんご:どれも現代風にアレンジしているのが、物語にすっと入っていけて親しみを持てる要因だと思います。第1話「SNSの中の手紙」(柊サナカ Feat.葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』)でいうと、作中で重要な役割を持つ「手紙」をSNSのDM(ダイレクトメッセージ)に改変しています。現代を生きる僕らからすると、手書きの手紙よりも、SNSのほうが親しみがあります。


 特に今の中学生や高校生にとって、SNSはかなり身近な存在です。Twitterやインスタグラムなどでは、見知らぬ人から急にDMで連絡が来ることもある。怪しい内容だったとしても、つい気になって読んでしまうという気持ちもわかるんですよね。本作はそうした心情描写もすごくうまいと思いました。


ーー人間の心の暗部に迫る作品が多いように感じました。


けんご:現代はSNSが普及した分、学校のいじめは過激さが増したのではないかと思っています。第4話「カムパネルラの復讐」(明良悠生 Feat. 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』 )が、まさにその問題を扱っています。


 いじめは加害者側のほうが自覚がないということを鋭く描いている。自分は悪意を持っていない何気ない言動でも、相手からしたら嫌なことをされたと思っていることもあります。自分の過去を振り返った時に、大丈夫だっただろうかと思わされました。読んでいてゾッとするものがあります。


 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』では、カムパネルラという登場人物が苦しみを抱えています。それをうまく現代風にアレンジしていて、こういうオマージュの方法があるのかと、驚嘆しながら読みました。メッセージ性の強い作品だと思います。



ーー例えば本書で取り上げられている名著を読んだことがない人や読書に馴染みがない方に向けて、おすすめの作品はあるでしょうか?


けんご:最終話の「山月奇譚」(山口優 Feat.中島敦『山月記』)です。中島敦『山月記』の風刺的な内容を、Vtuberの物語に仕上げることで見事に現代風にアレンジしています。かつ、物語にはどんでん返しがあって、ミステリ要素を取り入れてうまく展開していく。


 短編小説の一番の良さは、ギュッと凝縮されていることだと思っていて。無駄なところは省いて、はっとさせられる要素が詰まっています。すごく面白いですし、読みやすいかと思います。


 一読して思ったのは、自意識過剰になってしまうことは怖いということでした。自信を持つのは素敵なことではあるんですけど、それが過剰になると勘違いをしてしまって、大失敗になることもありますよね。


ーー逆に、読書好きの人に向けてのおすすめ作品はあるでしょうか?


けんご:第2話の「影喰い」(奥野じゅん Feat.谷崎潤一郎『陰翳礼賛』)です。谷崎潤一郎『陰翳礼賛』では、日本が西洋化していく中で、失われていく美意識について書いています。西洋の白を基調としたきらきらとした文化が入ってきたものの、日本の家の薄暗い空間に風雅があると考えた。


 難しい随筆ではありますが、「影喰い」は現代の家を舞台にして、人間が抱える闇の部分を描くことで、うまくオマージュをしています。谷崎さんはこういうことを伝えたかったのかもしれないと、僕自身発見がありました。ぜひ読書が好きな方にこそ読んでほしいです。


ーーホラー要素が特に強い作品でしたね。


けんご:読んでいて怖かったです。ホラー小説で追い込まれていくときのハラハラ感が好きなので、夢中になって読みました。鬼ごっこで追い詰められていくような感覚です。最後、主人公はどうなってしまうのか......。スリル満点の物語なので、ぜひ読んでみてください。


ーーホラーと一言に言っても、作品によって趣向が異なるように感じました。


けんご:第3話「Under the Cherry Tree」(相川英輔 Feat. 梶井基次郎『櫻の樹の下には』)は、ものすごく美しいホラーだと思いました。「桜の樹の下には屍体が埋まっている」というワンフレーズは、同作を読んだことがない人にも広く知られている言葉だと思います。その一番重要なフレーズを、物語の転換にうまく使っていて、すごくうまいなと思いました。


 死は悲しく残酷なことでありながら、どこか美しさとつながっているような印象を持っています。ほんの短い間にすべての花が散ってしまう、桜という儚い存在が描かれる。そこには人間の死と近しい何かがあると思うんです。原作も本作も、美しい物語だと感じました。


ーー現在本を読むことに慣れていなくて悩んでいる人も多いと聞きます。けんごさんがおすすめする本との向き合い方があれば教えてください。


けんご:途中で読むのをやめることは悪くないと、念頭に置くのが良いと思います。本に限らず、映画でもダイエットでも、途中でしんどくなってしまうことはありますよね。でも、それはそれで全然悪くないと伝えたいです。


 自分の大切なお金で買ったからと、もったいなさを感じるのかもしれませんが、一度買って手に取ったというその体験自体が大切なこと。もし数年後に読み返した時に何か違うことを感じたら、それも貴重な読書体験です。本はやっぱり、気楽に楽しむことが一番だと思っています。


    前日のランキングへ

    ニュース設定