立花もも厳選 ページを開くのが怖い澤村伊智、織守きょうやのゾッとする作品を中心に……今読みたいおすすめ新刊小説

1

2023年08月12日 12:10  リアルサウンド

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

写真

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版された新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)


『アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿』 澤村伊智(双葉文庫)

  澤村さんの小説は新刊が出るたび読んでいるが、ページを開くまでにそこそこの時間を要してしまう。怖いのがわかっているからだ。『ばくうどの悪夢』は3ページ目くらいでいったん本を閉じたほどで、その先を読み進めるのにはだいぶ勇気がいった。でも、一度手にとったら、読み終えるまで本を手放せない。それもまた、澤村さんの小説の怖いところだ。


 『アウターQ』は、タイトルどおり弱小Webマガジンのライター・湾沢が遭遇するさまざまな事件を描く連作短編集。第一話で湾沢が調査するのは、覇覇覇、から始まり、露死獣、で終わる公園の落書きだ。二十歳まで覚えていると露死獣に殺される、と言っていたかつての友人は早世していた。その謎を解き明かした先で、湾沢が目にするものはあまりにむごくて、しょっぱなから目をそむけたくなる。それでもやっぱり、次の事件を追いかけて、ページをめくってしまう。


  どの事件も、取材で明かされていく真実は決して心地よいものとはいえないが、一編が短く、軽い語り口で描かれるため、さほど引きずらずに読むことができる。だがこの「引きずらない」という感覚こそが今作のもっともおそろしいところである。私たちは現実でも、奇妙だったり凄惨だったりする事件が起きたとき、さまざまに感情移入しながら、しょせんは他人事と消費して忘れていく。そこに渦巻く悪意と欲望は決して私たちと無縁ではなく、傷つけられた人たちも「特別」な存在なんかではないというのに、次から次へとWEB記事をクリックしては話題を変える。そう、まるで澤村さんの小説を読むように。怖いね、ひどい話だね、かわいそうに――でも、おもしろいね。その感情が、新たな事件を呼び寄せる。物語でも、現実でも。


  ああ、やっぱり、怖い。読み終えたあとの、このざわざわした感情は、いったいどうおさめたらいいのだろう。でもきっと、また新刊が出たらすぐに買ってしまう。だって、おもしろいのだから。


織守きょうや『彼女はそこにいる』(角川書店)

  こちらもホラーミステリー。なぜか住人のいつかない中古の一軒家が舞台である。いかにも、といった感じで設定だけでぞくぞくする。


  越してきたその家で、中学生の茜里はたびたび不可解な現象にみまわれる。テレビが突然つけたり消えたり、知らない髪の毛が落ちていたり、夜中に母でも妹でもない足音が聞こえたり。一つひとつは理屈をつけられそうな些細な出来事だが、度重なれば恐怖に変わる。さらに妹が拾ってきた人形が、何度遠くに捨てても戻ってきてしまうというなんてことも。盛り塩をしてみても無駄で、朝起きたら誰かが蹴飛ばしたみたいに散らばっている。しかもその人形、どうやらももとは同級生が捨てたものらしい。彼女もまた、何度捨てても戻ってきてしまうその人形に悩まされていたのだが、霊感があるという祖母の助けを借りてどうにか手放したのだ。茜里もまたその祖母を頼るのだが……。


  問題なのは家そのものか、人形か。はたまた、そのどちらもか。やがて、いわくつきの物件を求めるフリーライターの高田がその一軒家にたどりつく。不動産仲介業者の朝見とともに取材するうち、少しずつ「家」の過去が明らかになっていくのだが、ああきっとこういうことなんだろうなあと安易に予測して安心してはいけない。まるで想像もしていなかったラストにたどりつくから、最後の一行まで要注意である。夏の夜、ひんやりした気持ちになりたいときに、ぜひ。


伊藤朱里『緑の花と赤い芝生』(小学館文庫)

  怪奇現象は起きないが、こちらもかなりぞっとする。


  主人公は、大学院を出て大手飲料メーカーで開発職につき出世街道をつきすすむ志穂子と、志穂子の兄と結婚した「理想の家族」をつくることに余念がない専業主婦の杏梨。同じ27歳ながら正反対の二人が、やむをえず同居することとなるのだが、最初は気を遣いあっていた二人の関係も、同居が長引くにつれてじわじわ悪化していく。その空気感を想像するだけで、めちゃくちゃ怖い。


  どちらも悪い人じゃないのだ。ただ徹底的に気が合わないし、互いのことが理解ができないというだけで。志穂子は恋愛に興味がなく、そもそも人付き合いが苦手で、杏梨のように愛想よく距離を詰めてくる人とどう接していいかわからない。わからないから、気を遣って兄の話題でもりあがろうとすれば、「ブラコンの妹がマウントをとろうとしている」と思われるし、仕事の話を振られたから答えてみれば、専門的な話をしすぎて引かれてしまう。杏梨は杏梨で「察してほしい」が強すぎるので、直球でしか物事をとらえられない志穂子を相手に空回りしてばかり。志穂子から見た杏梨は「気を遣ってもらうのが当然のお姫様体質」である。


  お前なんかに何がわかる!と、互いに思っている。でも、違いすぎるからこそ、見えてしまうものもある。自分のしてこなかった努力を積み重ね、得意分野をはずれればどちらもとたんに不器用になってしまうことも、自分の持ち場を守るために必死で虚勢をはってきたことも、なぜだかわかってしまう。そんな二人のぶつかりあいが、愛おしい。


津村記久子『うどん陣営の受難』(U-NEXT)

  うどん屋の話ではない。会社の代表を決める四年に一度の選挙をめぐる社内政治コメディである。現代表の藍井戸は、会社の業績悪化を補填するには減給しかないと考えていて、黄島は、吸収合併された現地企業の社員をリストラしようとしている。「控えめに言って、どっちもくそである」と主人公の「私」が言うとおりなのだが、二人のどちらかが次の代表になることは確定していて、あとは決選投票を待つのみ。そこで、争点となるのが、三番目に人気だった緑山を支持する人たちの票がどっちに流れるか。


  この緑チーム、やたらとうどんが好きな現地社員の人たちが中心に結成されていて、会合もたいていうどんを食べながら行われる(そもそも社食にうどんをとりいれたのも緑山だ)。「私」をふくめ、支持者はどこかのんびりしていて、どちらかというと平和主義。そのせいで、票集めを画策する工作員たちにそれとなく接触をはかられ、知らず知らずのうちにとりこまれていく。その工作員のやりくちが、なんとも狡猾というか、人の心の隙間をちょうどいいぐあいについていて、コミカルに描かれてはいるものの、けっこうぞっとする感じでリアルなのである。


  正義は勝つ、なんて嘘。現実は、ずるくて、押しが強くて、駆け引きが上手な人が、いつのまにか成果を手中におさめていく。でも、だからといって、利用されてばかりはいられない。「今の状況を面倒だからってやり過ごして、なるようになれって放り出してしまったら、それはそれで自分自身が後悔するかなって」。そんな「私」のセリフは、市井の一人としてもつべき矜持である気がする。しょうもなさに笑って、脱力して、ぐっとくる不思議な味わいの小説である。


前日のランキングへ

ニュース設定