【仙台育英】須江航監督、猿橋善宏部長｜新時代の中学野球部

部活動ガイドラインの導入によって、以前に比べて活動時間が短くなっている中学野球部。そんな劇的に環境が変化する部活動において、勝利と育成の両立を目指す名将の指導法や解決策を紹介しているのが『新時代の中学野球部勝利と育成の両立を目指す名将の指導論』（大利実／カンゼン）。
この本の中から、中学軟式野球の指導者としても実績を残している、仙台育英の須江航監督、猿橋善宏部長が登場する章の一部を特別に紹介します。

中学時代に身に付けてほしい「傾聴力」　人の話を受け入れ、理解し、吸収する
―中学時代に身に付けてほしい、考え方や思考について教えてください。

【須江】中学生の年代で考えるのであれば、一番身に付けてほしい力は「傾聴力」です。単なる「素直さ」という意味ではなく、人の話をしっかりと受け入れて、理解し、吸収できるか。それは、大人の話だけでなく、仲間同士にも言えることです。

― なぜ、傾聴力が大事になるのでしょうか。

【須江】高校に上がると、さまざまなスピード感が一気に上がります。勉強が難しくなり、野球のレベルも上がる。時間的にも忙しい日々を送ることになります。その環境の中で自分自身を伸ばしていける生徒は、人からの話やアドバイスを整理できる力を持っています。その根底にあるのが、傾聴力です。

― 納得です。「勉強」という言葉がありましたが、義務教育の中学生が９教科を学ぶ意味はどこにあると考えますか。

【須江】人の話を聴いて、理解していくには、基礎的な勉強は必須だと言えます。そのうえで、勉強することによって、自分の考えを言語化することができます。名前を忘れてしまったのですが、女性タレントさんが、「勉強をしたり、本を読んだりするのは、言葉にならない感情が生まれたときに、適した表現を見つけるため」と話していて、本当にそのとおりだと思いました。

― 自分の想いや感情を伝える力ですね。中学生が傾聴力を磨くには、どんな取り組みが必要になりますか。

【須江】知的好奇心を持てれば、放っておいても話を聴くようになります。そう考えると、指導者側がどれだけ知的好奇心をくすぐるような話ができるか。子どもたちの心や脳を、どれだけ刺激できるか。私自身も大切にしていることです。

― 野球が好きで、うまくなりたいと思っていれば、おのずと好奇心は湧いてくるでしょうね。

【須江】もっと掘り下げて考えていくと、他者から学ぶ意識があれば、傾聴力は身に付いてきます。どういうときにその考えに至るかと言えば、失敗したときです。自分の行いを振り返るために、人の話を受け入れられるかどうか。それは、本やテレビからの学びでも構いません。

― 須江先生は「失敗から学ぶ力が大事」と話していますが、うまくいかないときこそ、人の話を聴くチャンス。

【須江】物事がうまく進んでいるときに、人の話を本気で聴こうとする生徒はほぼいません。それは、大人でも同じではないでしょうか。うまくいかないときにこそ、他者の考えや言葉を受け入れる心が開くものです。

【須江航監督】
すえ・わたる　1983年4月9日生まれ、埼玉県鳩山町出身。仙台育英高～八戸大（現・八戸学院大）。大学卒業後、2006年に仙台育英秀光中等教育学校の野球部監督に就任。2014年に全中で優勝、日本一に。2018年より現職。2022年夏の甲子園では108年の高校野球の歴史で東北勢初の優勝を飾った。

「勉強すれば人が育つ」と考えるのは危うい　人生を豊かにするには「寄り道」が大事
― 中学校の部活動に関して、猿橋先生もご存じのとおり、土日の活動を外部に委託する動きが現実化しています。こうした流れを踏まえたうえで、学校の中に部活動がある意義はどう考えていますか。

【猿橋】学校に部活動がある最大の意義は、ひとりの生徒のことを多面的に見られる機会が増えることです。勉強が得意ではない子であっても、部活動で自分を生かす場所を見つけ、自分らしさを発揮することができます。周りがそうした姿を知ることによって、さまざまな角度からその生徒を見ることができる。教員の立場だけでなく、友達同士の関係でも非常に大事な意味を持つものです。

― 「勉強だけ」の視点になると、自分を生かす場所が限定されてしまうと。

【猿橋】人間はひとりひとり、さまざまな個性や能力を持っています。それを発揮できる機会を増やしてあげるのが、学校の役割です。さらに言えば、部活動はほぼ無料でいろいろな体験ができるわけです。縮小せずに、教員の給与を上げることなどで人員を増やし、継続するのが望ましかったと思います。

― ３年後、５年後に部活動がどういう形になっているかはわかりませんが、中学生を受け持つ教員に望むことはありますか。

【猿橋】中学生は、何でもチャレンジできる年代です。自分の空想や妄想を現実化することに夢中になれる。大人とは違って、お金の制約や時間の制約もさほど受けることはありません。何かに夢中になれることは、人生において非常に素晴らしい時間です。周りから〝無駄〞だと思われることでも、それが知識のかけらになったり、知的好奇心につながったり、どこでどう生きてくるかは誰にもわかりません。人生の寄り道が、人生に〝彩〞を与えてくれるかもしれません。料理で言えば、カレーライスの福神漬けみたいなものでしょうか。

― 今の世の中は、寄り道の余裕もないかもしれないですね。

【猿橋】そもそも、そういう視点がないですよね。「勉強をすれば人が育つ」と思うのは大きな間違いです。子どもが育っていくには、寄り道が大事。中学生の年代であれば、まだいくらでも寄り道する時間あるはずです。それを理解してもらったうえで、「これからの教員は、〝優秀な労働者〞を育てようと思うのは辞めるべき」というのが、私の考えにあります。社会全体が近代化していく流れの中では、読み書きができて、正確に物事を遂行できる〝優秀な労働者〞が、大量生産、大量消費の時代では求められていました。しかし、時代が急速に変化してきた今、社会に求められるのは〝クリエイティブな思考〞を持った人材です。

― ０から１を生み出すような仕事ですね。

【猿橋】そうですね。アーティスト、料理人、クリエイター、起業家など、ある種の職人です。だから、〝優秀な労働者〞よりも〝クリエイティブな職人〞を育てていく気持ちが必要になると思っています。

― 須江先生が「教育者はクリエイターでなければいけない」（詳しくは、小社刊・須江航著『仙台育英　日本一からの招待』参照）とよく語っていますが、猿橋先生の考えに影響を受けたものですよね。

【猿橋】教員もクリエイターであり、職人です。そういう視点を持てるようになれば、教員の仕事がより面白くなるのではないでしょうか。

【猿橋善宏部長】
さるはし・よしひろ　1961年7月29日生まれ、宮城県出身。仙台二高～東北学院大。大学卒業後、中学の教員となる。野球部の監督として、利府町立しらかし中在任中の2005年に全中準優勝。2022年より仙台育英高校の部長に就任し、須江監督とともに同年夏の甲子園の優勝へ導く。

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