
Q. 「触るだけで危険な薬がある」って本当ですか?
薬は病気の治療などに役立ちますが、正しく使用しないと危険を伴います。素手で触るだけで危険な薬について、解説します。Q. 「触るだけで危険な薬があると聞きました。実際にそんな薬が処方されることがあるのでしょうか? 口に入れる前にカプセルや錠剤などをいったん手に取りますが、素手で触るのはやめた方が安全なのでしょうか? 」
A. 触ると危険な薬はたくさんあります。薬剤師の説明通り服用すれば、過度な心配は不要です。
ほとんど知られていないかもしれませんが、そのような薬は意外とたくさんあります。実例をいくつか紹介しましょう。■抗がん剤
まず挙げられるのは、各種抗がん剤です。抗がん剤の多くは、DNAやタンパク質の合成などを阻害する作用をもっており、細胞に対して毒性を示します。
がん患者さんの場合は、この毒性によって体の中で異常に増殖するがん細胞を抑え込むことができるので、服薬するメリットがありますが、健康な人が抗がん剤にさらされると、体の中の正常な細胞に悪影響が出るだけで何のメリットもありません。健康な人が使うと、逆にがんを発症してしまうリスクもあります。
特に、薬剤師や看護師は、業務の中で抗がん剤を調製したり、患者さんに投与したりするときに、意図せず抗がん剤を空気と一緒に吸い込んでしまったり、直接手で触ってしまったりすることで、危険にさらされることがあります。十分な注意と対策が必要です。
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次に挙げられるのが、統合失調症などの一部の精神疾患の治療薬です。具体的には、クロルプロマジンという鎮静作用をもつ薬を含む「ウインタミン細粒」で、劇薬に指定されています。
接触皮膚炎、蕁麻疹等の過敏症状を起こすことがあるので、取り扱うときにはゴム手袋等を使用するなどして直接の接触を極力避け、付着のおそれのあるときはよく洗浄することとされています。
また、ネズミを用いた動物試験においては、大量投与によって胎児の死亡や流産等の胎児毒性が報告されているうえ、妊娠後期の女性が使用した場合、新生児に哺乳障害、傾眠、呼吸障害、振戦、筋緊張低下などの症状があらわれたとの報告があることから、妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないことが望ましいとされています。
生後6ヵ月未満の乳児への使用も避けることが望ましいとされています。
同様な作用をもつプロペリシアジンという薬を含む「ニューレプチル細粒」や、レボメプロマジンという薬を含む「ヒルナミン散」「ヒルナミン細粒」も、ほぼ同じように扱うべきだとされています。
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男性特有の病気である前立腺肥大症や男性型脱毛症の治療薬も、触ってはいけない薬に該当します。具体的には、男性ホルモンの働きを低下させる作用のあるデュタステリドという薬を含む「アボルブカプセル」(前立腺肥大症治療薬)や「ザガーロカプセル」(男性型脱毛症治療薬)です。
これらは劇薬に指定されており、添付文書には、重要な注意事項の一つとして「本剤は経皮吸収されることから、女性や小児はカプセルから漏れた薬剤に触れないこと。漏れた薬剤に触れた場合には、直ちに石鹸と水で洗うこと。」と記されています。
デュタステリドはほとんど水に溶けないので、脂肪分を添加したカプセルに充填された形で飲みますが、ソフトカプセルは一般に高温多湿の条件下で軟らかくなって、中身が漏れてしまうことがあるので取り扱いに注意が必要です。
また、女性と小児等には禁忌とされています。妊婦さんが飲んだ場合に、お腹の中の男児の生殖器官等の発達を阻害するおそれがあると考えられるからです。
さらに、水に溶けにくいということは、逆に油にはなじみやすく、皮膚についたときに体内に吸収されやすい、つまり経皮吸収性があるということですので、女性や子どもは絶対に触れてはいけないとされています。
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ただし、錠剤はしっかりコーティングされているので、PTP包装から取り出して手に取っただけで、フィナステリドそのものに接触してしまうことはありませんし、残された包装に薬が付着しているということもありません。しかし、錠剤が粉砕・破損した場合は、女性が取り扱ってはいけません。
他にも該当する薬はたくさんあります。触ると危険がある薬の場合は、薬の提供時に必ず薬剤師から注意喚起の説明があります。特に注意がなかったなら、「この薬は触ると危険なのだろうか?」などといちいち不安に思う必要はありません。
また、素手で触ってはいけない薬も、ほとんどのものは通常の取り扱いでも問題がないように、カプセルや錠剤などで製剤化されています。もらった薬は指示通りに使用することが重要です。勝手にカプセルを開けて中身を取り出したり、錠剤を砕いて飲んだりすることはやめましょう。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))