
別れたいと言ってはいけないのだろうか
「夫が無職になって2年が経ちます」エツコさん(39歳)は暗い表情でそう言った。コロナ禍で夫が勤めていた会社が倒産してしまったのだという。
30歳のとき妊娠を機に、1年半つきあっていた彼と結婚した。4歳年上の彼は頼りがいのあるタイプだと思っていたが、つわりに苦しめられた新婚生活はギクシャクしてばかりいた。それでも娘が産まれると、夫はようやく実感がわいたのだろう。
「生後半年で私は仕事復帰しました。週末が休みとは限らないので、夫に預けて私は仕事ということもけっこうあったけど、夫は育児が楽しかったみたい。あんまりかわいいから寝顔を見ていたら2時間たってしまったというのを聞いて、幸せだなあと思った記憶があります」
だが、夫婦仲が必ずしも円満とは言えなかった。夫は娘が産まれてから、一度も夫婦としての行為をしようとしなかった。
「子どもを産んだら、私との関係は終わりということなのだろうかとずいぶん悩みました。私から誘っても、のらりくらりと逃げる。ふたりとも休日の前夜、ワインでも飲んで映画を観ようと言ったことがあるんです。リラックスして昔一緒に観た映画を楽しんだら、その気になってくれるかなと思って。でも夫は途中で寝ちゃって……」
「その気にならない」と夫
セックスレスが3年になったとき、意を決して、ずっとこのまま親としてだけの関係で生きていくつもりなのかと聞いてみた。すると夫は「その気になれないものはしょうがないだろ」と突き放すように言った。
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とはいえ、経済的にはふたりで働かないとやっていけない。仕事をして子どもをかわいがっている人を、夫として受け入れようと決めた。
離婚したいと毎日言いかけて
子どもを通して父と母としてやっていくしかない。そう思っていたところに、夫の失職である。夫は落ち込み、仕事を探すと言いながらずるずると家にいる生活が続いている。「夫の両親も来て心配してくれたりしたんですが、『オレは心身ともに疲れ切ってるんだ』と最初のうちは泣いていました。でもいつの間にか、昼間からパチンコに行ったりしている。生活費を切り詰めても意味がなくなっていて、とうとう貯金に手を着け始めたところなんです。
夫、必要か? ある日、そういう言葉が自分の中から出てきた。いらないじゃん、夫、必要ないじゃん。そう思いました」
お金だけのために一緒にいたわけではないが、そもそも夫婦関係は怪しい状態だった。そこへ夫が失業したとなれば、エツコさんが「夫、必要か?」と思うのもやむを得ないのかもしれない。
「オレなんかいらないよな?」と夫
「離婚しよう、別れたい。それが言えないんですが、私の態度に出ているんでしょうか。先日、『もうオレなんかいらないよな』と夫がつぶやいたんです。そうだねと言えればよかったけど、私は言葉が出なかった。夫の立場が弱いときに冷たいことは言いづらい。
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思いあまって義母に電話したんです。夫の両親は、生活費の足しにしてほしいと、夫の口座にお金を振り込んでいるとわかりました。でも夫はそのお金で遊んでいる。お願いだから見捨てないでと義母に言われたけど、もう無理……」
それから1ヶ月、彼女は夫に別れたいと言い出す機会を狙っている。腹は決まった。自分が「冷たい女だと思われたくなかった」だけなのだともわかった。たとえ冷たいと思われても、まだいくらか貯金があるうちに離婚しないと、今後の生活の不安が増すだけだという現実にも気づいた。
養育費だけは払ってほしい。うまく折り合いがつくようがんばってみます。彼女はそう言って元気よく去って行った。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))