85年間続いた銭湯をクラフトビールの醸造所に改装。人口減少にあえぐ秋田の産業の起爆剤となれ!

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2023年11月28日 17:41  週プレNEWS

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HOPDOG BREWING代表、長谷川信さん

世はクラフトビール・ブームの真っ只中。マイクロブルワリーと呼ばれる小規模にビール醸造を手掛ける事業者は、この10年で3.5倍に増加し、現在その数は730超に達している。

興味深いのは、その多くが単なるビールメーカーではなく、地方創生の文脈に立脚している点だ。地域に新たな産業を興し、経済の活性化を目指す。今年4月に誕生したばかりの「HOPDOG BREWING」(秋田県秋田市)もまた、そうした志のもとに激戦区のクラフトビール市場に登場した醸造所である。

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【写真】改装する前の「星の湯」

■10年連続、人口減少率ワーストの窮地

過疎化や経済の停滞は昨今、あらゆるローカルに付きまとう慢性的な課題だ。とりわけ秋田県の場合、10年連続で人口減少率がワーストという深刻な状況にあり、地方自治の先行きが懸念されて久しい。

実際、秋田市内に目をやると、最大の繁華街であるはずの川反(かわばた)エリアですら、空きテナントや廃屋が随所に目につく。きりたんぽになまはげ、稲庭うどんなど、固有の名物を多く備えた土地柄ながら、徐々に活気を失っていく様子はいかにも物寂しい。

そんな秋田市内で気を吐いている数少ない分野が、実はクラフトビールである。現在、JR秋田駅から川反エリアに向かう、ごく限られたエリアに3つの醸造所が密集し、密かにフリークの注目を浴びている。

中でも、今年の4月に産声を上げて以来、凄まじい勢いで存在感を増しているのが「HOPDOG BREWING」だ。

注目される理由のひとつは、当然ながらその品質にある。「HOPDOG BREWING」が醸す美しい酒質のビールは、各地で今夏開催されたビアフェスで着実にファンを増やし、その確かな腕前でうるさ型のマニアを唸らせた。

それもそのはず、同醸造所の代表である長谷川信さんは、同じ秋田市内の老舗醸造所「あくら」で長年ヘッドブルワー(醸造長)を務めたキャリアを持つ、業界では知られた人物なのだ。

■ビールづくりが地域の再興につながるわけ

では、秋田のクラフトビール業界の顔とも言える長谷川さんが、17年勤めた「あくら」を辞めて独立したのはなぜか?

「ひとつのきっかけは、今年5歳になる息子の存在でした。彼が高校卒業まで秋田にいるとして、あと13年ほど。息子が進学や就職で県外へ出た場合、その後また戻ってきてくれるような秋田にするためには、それなりに経済が回っていなければいけません。しかし、秋田は少子高齢化が著しく、人口が毎年1万人単位で減っているような状況です。自分が動けるうちに、これはどうにかしなければと思い立ちました」

どうにか地域の衰退を食い止め、戻って来たくなる楽しい秋田にするためには、会社員の立場を脱してより自由に動く必要があったのだと長谷川さんは語る。

目指すのは、ビールを通した秋田の再興。そこでHOPDOG BREWINGでは、県産の原材料を使うことにこだわってる。たとえば、秋田県横手(よこて)市産のホップである。

「横手市は50年近いホップ栽培の歴史を持っていて、非常に高い技術を持っています。ところが、現在のホップ農家の平均年齢はすでに70歳。新規で就農した50代以下の若手も、5人しかいません。つまり、10〜20年後には現実的にホップ農家は5人しか残らない計算で、産地としては一気に衰退する未来が見えています」

そこで長谷川さんは、横手市の若手農家と連携し、ホップの品質評価やそれを使った試作を通して意見交換を重ねるなど、ホップ産業の維持を目指して水面下で取り組んでいる。

一方で、秋田は果実を多く栽培している土地柄でもある。たとえばラズベリーの収穫量は日本一であり、「そうした誇るべき産品を見過ごしてはいけない」との思いから、HOPDOG BREWINGでは創業時から「BEER & CIDER」をコンセプトに掲げている。

「CIDER」とはサイダー、あるいはシードルのこと。この場合の意味するところは、果実などさまざまな副原料を用いたアルコール飲料であり、日本では発泡酒免許で醸造できることから、クラフトビールと同じ領域で取り扱われている。

長谷川さんはすでに、クラフトビールだけでなく、秋田県産のりんごを使ったシードルを生産・販売し、好評を博している。たしかに、ビールとシードルの組み合わせは、地域の魅力を発信するのにうってつけかもしれない。

■85年続いた銭湯を醸造所に!

そんなHOPDOG BREWINGを語る上ではもうひとつ、大きな特徴がある。それは、醸造所が秋田県秋田市で85年続いた銭湯を改装したものである点だ。

「当初は手頃な空き倉庫でもあればと模索していたのですが、このあたりは工業地帯ではないので、なかなか思うような物件に出会えず。やはり醸造をやるなら最低でも30坪くらいの広さはほしいですし、排水設備も一から造るよりも最初から整っているほうがありがたいわけです。だから、たまたまこの銭湯の前を通りがかったとき、"テナント募集"の張り紙を見てすぐにピンときました」

閉業から1年を経ていた元銭湯は、当然ながら随所にガタがきており、醸造所としてアレンジするにあたっては床を張替え、壁を塗り替えるなど、さまざまな部分に手を加えなければならなかった。

施設内には銭湯だったころの名残が、今も色濃く残っており、今回の取材を行なった事務所の一角はかつて脱衣所だったことがはっきりと見て取れるし、傍らには物置になっている番台もそのまま残されている。

なにより、醸造タンクが複数持ち込まれた醸造スペースは、完全に浴場の雰囲気が残されているのが面白い。

世は空前のサウナブームだが、長谷川さんによると「星の湯」は、そうしたトレンドとは無縁の、実用的な街の浴場として長く市民に愛された銭湯だったという。そのため、インターネット上にもほとんど話題になった痕跡は残っておらず、85年の歴史に幕を閉じる際も大きなニュースになることもなかった。

それでも施設の外に「星の湯」の看板を残しているのは、次のような想いがあってのことだ。

「もう存在しない施設の看板だから処分するべきなのかもしれないけど、この場所のルーツというか、アイデンティティのようなものは大切にしたいと思っています。こんな田舎でも、再開発で風景が変わると、『あれ、前はここに何があったんだっけ?』となりますから、せめて近隣の皆さんの心に、銭湯だった頃の思い出を残していただきたくて」

クラフトビール市場はまだまだ拡大基調にある。全国はもちろん、秋田県内だけを見ても、まだまだいくつもの新規参入が予定されている。こうした動きを、長谷川さんは歓迎しているようだ。

「どのようなジャンルであれ、プレイヤーが増えるというのは大切なことですよ。数が増えなければそもそも人目につかないですし、プレイヤー同士のつながりが業界の下支えにもなるでしょう。クラフトビールをもっと多くの人に知ってもらうために、まだまだできることはたくさんあると考えています」

ますます賑やかになりそうなクラフトビール市場において、今夏出帆したばかりのHOPDOG BREWINGがこれからどのようなビールを生み出し、業界をどう盛り上げていくのか、楽しみに見守りたい。

取材・文・撮影/友清 哲

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