目指すは"アタマオカシイ本屋"。熱心なファンと向き合う趣味の書店・書泉を支える「企画力」

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2023年12月03日 13:21  週プレNEWS

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『中世への旅 騎士と城』(白水社)の復刊で話題になった書泉だが、10月から「中世ヨーロッパコーナー」も展開。現在は武器も販売している


東京都は神保町・秋葉原に店舗を構える、中規模書店グループの「書泉」。ひとりの書店販売員の熱意がきっかけで、流通がとだえていた『中世への旅 騎士と城』(白水社)を復活させ、神保町にある書泉グランデだけでシリーズ累計3万冊の売り上げを記録したことで話題になった。

企画にGOサインを出したのは、代表取締役の手林大輔氏。同氏は、教育業界から転職して社長に就任したという異色のキャリアの持ち主だ。前編では、中世ヨーロッパシリーズ復刻の経緯や広がりについて聞いたが、後編では赤字経営の本屋を任された手林氏が打つ、次の「一手」を探った。

【写真】異色の書店が作った北斗の拳カレー

■熱狂から始まる1冊

――8月からは『書泉と、10冊』を、さらに10月から『芳林堂書店と、10冊』として毎月1冊、復刻重版する企画が始まりました。これは、中世ヨーロッパシリーズ販売の成功があったからでしょうか。

「そうですね。でも、実はこの企画を発案した時は......次の1冊すら、な〜んにも決まってなかったんです(笑)。でも言ったらやるしかない、売るしかないから、しれっと始めました(笑)。」

――復活重版の候補作品は、どのように決まったのでしょうか。

「アルバイトも含めて社内で『300冊は売る自信がある復刊本』を聞いたところ、50冊くらいバーッと上がってきました。それで第2弾が『バスジャパン・ハンドブックシリーズ』になったんです。」

――売れる算段があったのでしょうか。50冊の提案を勝ち抜いたということですよね?

「いや、選抜していません。その50タイトルから、順番にひとつひとつ出版社に当たって、交渉して......という感じです。というのは、買い切りで復刻重版を、と持ちかけても結構断られるんです。話すら聞いてくれない出版社さんもあって、反応はもうさまざまでした。」


――では50冊の候補から、順番に実現可能な本を探っていたと。

「そうです。途中まで話がうまく進んでも、出版当時の担当編集さんや著者と連絡がとれず頓挫したケースもあります。特にここ20〜30年くらいの間のものは、データがデジタル化される狭間(はざま)にあるので、再刷しようにもすぐできない。『バスジャパン・ハンドブックシリーズ』もすでに版下データが無く、元本を全てスキャンして本に仕上げ直したんです。それを3シリーズ制作したところ、全部で400冊ぐらい売れました。」

――今はもう無き、80〜90年代のバス路線情報をまとめたシリーズですね。権利交渉やスキャンデータ化など、地道な作業の積み重ねでできたんですね。

「昔は紀伊國屋書店さんなど大手の書店さんも、かつては買い切り復刻重版をしていたらしいんですよね。だけど大型書店さんともなると、復刻の手間や時間など考えると利益率が見合わないと思うんです。それなら通常通り大量に本を仕入れて、大量に売る方が効率はいい。書泉のような中規模経営のサイズ感だからできることかもしれません」

■「熱心なファン(マニア?)」と向き合ってきた書泉の強み

――手林さんは、本の候補をあげてきた担当者の意見を信じて、実際の交渉に1冊1冊動いていたということでしょうか。

「そうですね。だって、僕より現場のみんなの方が売れる本のことをわかっていますから。書泉の書店員たちは、『この本は100冊出ます。こっちは200冊売れます!』と物怖じせずに言ってきます。もちろん都心の店舗で客数が多いこともありますが、長いこと趣味の世界に特化してきた本屋だからだと思います。みんな、自分の売り場でいろんなジャンルの「熱心なファン=マニア」のお客様たちとしっかりと付き合ってきた。その経験があるから、売れる本を見抜く感覚が鋭いんだと思います」

――出版社や取次の人間には、生のお客さんのニーズや声はなかなか見えません。それを拾える、書泉で働く店員の強みを打ち出したということですね。

「はい。経営者として、数字にはシビアになるべきとは思います。でも結局、その数字を作ってくるのはひとりの熱狂からだと思うんです。熱狂が企画になり、それがやがて数字になる。

僕自身はたぶん企画から数字作りへのガイドはできると思います。だけど、まず大元の熱狂が必要なんです。個性的なスタッフがいっぱいいるんで、大変なんですけどね(笑)」


――そうすると、自身の好みと売り場が一致している書店員さんは多いのでしょうか。

「ところが全然そんなことはないんです。書泉のスタッフには、中世ヨーロッパ担当者のように趣味と実務が一致するタイプと、もっと客観的に仕入れをするタイプと2種類います。そのバランスが面白いのかもしれません。

たとえば、鉄道フロアの担当書店員は自身の趣味とはかけ離れていても、神保町店の売り上げの20%を計上します。僕が『どうして興味がない分野なのに、売れる本の仕入れができるの?』と聞いたら、『仕事だからこそ、お客さんの好みを冷静に見つめて把握できます。業界の時事ニュースや人気を調べると、現場で次に動く本や売れるグッズの予測を立てられますから』と、職人肌な答えでした」

――実際のお客さんと丁寧に接しているだけに、どちらのタイプの書店員さんも熱狂や自信を持ち合わせているということですね。まさにプロの書店員さんだと思います。

「だから現場の声が強いのが、書泉の強みだと思います。書泉では、本の仕入れはすべて現場に裁量がある。良くも悪くも、長い間ほとんどマニュアル化されずに、仕入れも陳列も現場の人間が力を発揮してきた文化があります。」

■推し活を全力で応援したい

――『書泉と、10冊』で復活させた書籍の価格はどう決めるのでしょうか?

「そこなんです! この企画で非常に興味深かったのは、『本屋が本の値段を決められる』こと。今は紙や印刷代の原価も当然上がっているので、値段はいちから決め直しです。出版社の皆さんや企画発案の書店員は、みんな良い人だから元の本が2000円だったら『じゃあ復刊は税込みの2200円で』とか言っちゃうんですね」

――物価高騰の現代に昔の価格で......。

「でもモノを安くすると、絶対どこかに無理が出ます。本の価格が安ければ出版社も無理が来るし、取次の利益も書店の利益も減る。それではどこもやっていけません。自分たちで首をしめることになります。

そして僕からしたら、本当に読みたい人にとっての価格は以前の価格を参考にしなくてよいのでは?と思ったんですね。先日復刊させた『堕天使拷問刑』なんて、そもそも古書が
プレミアム価格で4万円も付いている本なんですから。それに著者の書き下ろしなど新たな付加価値を加えれば、しっかり値段を再設定してもいいはず、と信じています」


――薄利多売ではなく、丁寧に作り直したものを、欲しい人に改めて届けるわけですからね。

「はい。でも提案した担当者は、僕が有償特典付きを4400円で売ると決めたら、かなりビビってましたね(笑)。『自信ないですよ、4000円超えたら買う人はいるのかなぁ』と。そこは僕が『いや〜、売れると思うよ』と説得して。蓋を開けたら、しっかりと十分な数字をお買い上げいただきました」

――値段については手林さんの采配が入ったと。書店員さんは売れる本の予測はできるけど、本そのものの値段は出版社が決めて売られているわけですからね。

「そうですね。値付けや仕入れ額交渉の習慣は当然なかったわけです。そこは他業種から来た私自身の経験が活きたのかもと思います。とはいえ、ただ高く設定すればいいというわけでは当然ない。読んで欲しいものは、なるべくたくさんの人に手にとってもらいたいからです。

だから総合的に、売る側、買う側、制作側、みんなにとって一番いいバランスの値段をつけることが、書を送り出す側としての責任だと思っています。そして値段から生まれる利益をきちんと全員が享受できるようなシステムにて、とにかく持続可能な本屋にしていきたいなと」


――持続可能な本屋という点でいうと、書店空間そのもののエンタメ化にも力を入れていますよね。おもわずフロアをのぞきたくなる売り場作りというか。まさか『北斗の拳』とコラボしたカレーも売っているのには驚きました。

「はい。神保町にある『書泉グランデ』という店に、もっと気軽に足を運んでもらいたくて、『神田カレーグランプリ』と『北斗の拳』とコラボしたカレーもうちで作りました。神保町って、けっこう磁力がある街だと僕は思ってるんですね。だけど本関係のイベントに集まる多くは、やっぱり高齢の方です。それではあまりにももったいない。

学生さんも多いし、海外観光客も増えてきたし、神保町をもっと観光地化させられないものかと。そこで10年以上続いている『神田カレーグランプリ』があるんだから、書籍という形にこだわらず書泉をPRしながら、街の活性化に協力できればとコラボカレーを作りました」

――各階の物販コーナーも充実していますね。

「うちは取扱雑貨点数がとにかく多いんです。鉄道フロアでは、書泉がライセンスを取得したオリジナルグッズ販売も前々から手掛けています。そういった雑貨販売は、今後も変わらずに続けていく部分だと思います。

それからアイドル本のフロアには、インディーズのアイドルのチラシ等もあえて置くようにしました。そうした情報発信としての空間が、いつか本屋の価値になるとも思っているので。僕たちは、『誰かや何かを推している人を、推しまくる本屋』になりたいんです。『推しのグッズがない? じゃあ僕たちが作ります!』とまでゆくゆくは提案したい」


――やはり「熱狂」がキーワードですね。

「僕らの品揃えはよく『アタマオカシイ』って言われます。でも、もっと言われたいんです(笑)。褒め言葉として、『頭おかしいんだよね、あそこの本屋!』と思われたい。お客さんに『ここはイカれてる!』と感じてもらうくらい、品揃えからイベント作りまでとことんやらないと、僕たち本屋の声は届かないなと思っています。『頭のおかしい本屋』として、突き進んでいきたい。

趣味人のお客様というのは、自分の楽しさのためにお金と時間をまず使っているわけです。だから書泉は、その趣味を満たすための『お金と時間を使ってもいい場所』になるしかない。今後もますます、『エンタメそのものとしての本屋』を深めていく必要があると思っています」

■手林大輔(てばやし・だいすけ) 
株式会社書泉・代表取締役社長。1970年生まれ、富山県出身。1993年から2022年7月まで、教育業界大手会社の幼児向けコンテンツ制作分野にて活躍。2022年7月に退職し、同年9月より現職。スーツを着用することは少なく、Tシャツスタイルで現場に赴く。

■株式会社書泉 
都心と関東近郊を中心に「書泉」、「芳林堂書店」の4店舗を展開する。神保町「書泉グランデ」、秋葉原「書泉ブックタワー」はアイドル・鉄道・格闘技などなどエンタメ各分野の専門書籍に強く、キャッチフレーズは「アタマオカシイ本屋」。親会社は株式会社アニメイトホールディングス。
「書泉と、10冊」「芳林堂書店と、10冊」特設ページはこちらから

取材・文/赤谷まりえ

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