赤井沙希が明かす「引退ロード」の裏側 試練の連続でパンクし、10年間で初の欠場も考えた

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2023年12月07日 10:21  webスポルティーバ

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赤井沙希 引退インタビュー 前編

 今年5月24日、プロレス界に衝撃が走った。DDTプロレスリングの赤井沙希が記者会見を開き、11月12日、両国国技館で引退することを発表したのだ。

 赤井は、元プロボクサー赤井英和の前妻の娘。モデル、タレントとして活動していたが、DDT高木三四郎社長にスカウトされ、2013年8月18日にDDT両国国技館大会でプロレスデビューした。

 デビュー当時、壮絶なバッシングに遭った。「タレントのくせに」「細い体でプロレスやれんのか」――。プロレスファンから毎日のように誹謗中傷のDMが届き、女子プロレス団体からも嫌われていたという。しかし、ひたむきに闘い続ける彼女を見て、いつしか風向きが変わった。この10年間で、赤井がプロレス界に持ち込んだ"美意識"が浸透。その功績は大きく、だれもが彼女の引退を惜しんだ。

【引退の報告に、DDTの選手たちは放心状態】

 引退の日程を決めたのは今年2月。5月の記者会見まではファンに嘘をついているような気持ちになり、ずっと苦しかったという。

「地方大会で『沙希ちゃん、また来年も来てね!』と言われて、『うん』と言っていたけど、『来年は私いないんだよなあ』とか。でも、時間がどんどん過ぎていって、引退会見ではどうやったらみんなに私の気持ちを真っ直ぐ理解してもらえるか、慎重に言葉選びをしました」

 記者会見当日、オフだったにもかかわらず、DDTの社員や選手が見守りに来てくれた。緊張が止まらない......。試合だと思うことにして、気合を入れるため「ハッ!」と声を出し、ストレッチをしていたら、入場曲が流れた瞬間にひっくり返った。しかし、さすが現役プロレスラー。ちゃんと受け身を取って後転したという。

「坂口(征夫)さんたちが『大丈夫か!』って来てくれたんですけど、みんな私じゃなくて、ドレスの心配をしてたんですよ。『そっちかよ!』とか言いながら、慌てて会見場に入りました。しっとりした感じで(笑)」

 会見は厳かに行なわれた。「私は枯れて朽ちていく花ではなく、美しいまま散る花でいたい」――。マスコミの質疑応答で「ファンの方にひと言ありますか?」と聞かれた時、「ついに引退を知られてしまった」と心がざわついた。傷つけたんじゃないかな、悲しい思いをさせてないかな、ショックを受けているんじゃないかな......。ファンの心情が気になったが、SNSを見る暇もなく、翌日には試合のためシンガポールへ旅立った。

 帰国後の最初の大会で、ついにファンと顔を合わせた。泣きながら売店に来たファンに「ショックだけど、ちゃんと見届ける」と言われた時、この人たちを絶対に悲しませてはいけないし、守っていかなければいけないと思った。

 DDTの選手たちには、会見の数日前に選手全員の前に立ち、引退することを報告した。「残り半年ですが、DDTを盛り上げていきたいと思います」と言ったが、リアクションがまったく返ってこなかった。

「みんな、魂が抜けたようになっていて。『あれ、私の気持ち、あんまり刺さらへんかった?』と思いました。東京女子(プロレス)の子たちは、『いやー!』『辞めないでー!』という感じだったので、男女の違いを感じましたね。恋人と別れるとき、女性は『別れたくない!』とか言うけど、男性は『それはそうと、ご飯どうする?』みたいな反応だったりしますよね。まさにそんな感じでした」

【クリス・ブルックスが持つKO-D無差別級王座に挑戦】

 3月21日、「赤井沙希デビュー10周年記念試合Vol.1」として高梨将弘とのシングルマッチが行なわれていたが、引退が発表されてから意味合いが変わり、「引退ロード」として記念試合が行なわれることになった。Vol.2は赤井沙希&雪妃真矢&朱崇花(現VENY)vs.彩羽匠&山下りな&中島翔子。Vol.3は男色ディーノ。

 そんな中、9月23日、クリス・ブルックスが持つKO-D無差別級王座に初めて挑戦することになった。クリスとは2021年5月4日、DDT EXTREAM&アイアンマンヘビーメタル級両王座を賭けて対戦し、クリスが勝利している。赤井にとって"キャリアベストバウト"と称された試合だ。

 実はあの時、前哨戦で膝の靭帯を損傷していたことを『強く、気高く、美しく 赤井沙希・自伝』(イースト・プレス)の中で告白している。ケガを公表しなかったのは、ファンに「膝はしんどいけど頑張れ」ではなく、「てめえのメンツ、自分で立ててこい」という目線で見てほしかったから。「あの試合を経験するとしないでは、私のプロレス人生はまったく違っていただろうと思う」と綴っている。

「あの状態であの試合をしたんだから大丈夫、という自信がついたんですよね。それ以降、いろんな経験を積んでからのKO-D無差別級タイトルマッチ。クリスは私を指名した以上、勝たないといけないし、私はもう後がないという強さはあったと思います。引退の記念とか思い出にするつもりはなかった。寒いじゃないですか、そんなの」

 2年4カ月前と比べて、技が増えたわけではない。ファイトスタイルが変わったわけでもない。しかし、赤井は見違えるように強くなっていた。結果は負けてしまったが、ミックスドマッチの概念を超え、人がここまで強くなれること、プロレスでここまで輝けることにただただ驚かされた。

「場外でマットもないところに叩きつけられた時、全身が痺れたんですよ。私、腰骨が出ているので、骨が直接当たってしまったんですよね。あの瞬間、『プロレスラーは肉をつけろって、こういうことか!』と思いました。ずっと『もっと体をデカくしろ』と言われてきたけど、引退直前に身をもってその意味を知りました」

【タッグパートナー荒井優希と最初で最後のシングルマッチ】

 東京女子プロレスのリングで赤井とタッグを組んでいた、SKE48の荒井優希。赤井も荒井もプロレス大賞新人賞を受賞しており、同じ京都出身。タレント活動をしている共通点もあり、2022年4月にタッグチーム「令和のAA砲」を結成した。

『赤井沙希・自伝』の中では「できれば対戦したくない」と綴っていたが、10月27日、東京女子プロレス後楽園ホール大会でシングルマッチが組まれた。「優希ちゃんの顔は蹴れない」と思っていた赤井だが、この日、荒井の顔面を容赦なく蹴りまくった。

「これまでアジャ(コング)さんとか、いろんな先輩が厳しくしてくれたから、私は今の自分になれた。だから優希ちゃんを試すじゃないけど、『これくらいでひっくり返ってたら、どうすんの?』というつもりで試合しました。リスペクトも込めて」

 赤井はずっと、荒井に「どんなにやられていても、相手の目を見なさい」と言ってきた。この日、荒井は赤井の目を見て睨みつけた。赤井の技「新人賞」をぶつける一幕もあった。荒井の成長と覚悟を感じて、嬉しかったという。

「最後はケツァル・コアトルで勝ちました。正直、出さなくても勝てたと思うんですけど、自分の一番大きいフィニッシュムーブをプレゼントしたかった。もう、彼女にそれを味わわせることはできなくなるので」

 ケツァル・コアトルを荒井に伝授することはしなかった。背負わせてしまうことで、身動きを取れなくするのは可哀想だと思ったからだ。荒井のブーツを初めて食らって、あまりの痛さに驚くとともに嬉しくなった。荒井には好きなようにやりたいことだけやってほしいと、赤井は願っている。

【初めて欠場を考えた夜】

 赤井の引退試合で解説を務めた大鷲透は、「何か物事をやめると決めたら、それに対してのモチベーションは少なからず下がる。だけど赤井さんは引退ロードで、これまでにないくらいの試練を次々と乗り越えた」と話した。大鷲の言うとおり、「これが本当に引退する選手の闘いなのか?」と思うほど、赤井の引退ロードは激しく、彼女は最後の最後までどんどん強くなっていった。

 しかし一度だけ、パンクして心が折れそうになったことがあるという。8月29日、上野ビアガーデンプロレスの「ドランクマッチ」前夜のこと。写真集の発売、自伝の執筆、芸能の仕事、DDTの裏方業務、赤井が経営するサロン「Riviera」の仕事、プロレスの試合、体のダメージ......いろいろなことが重なり、パンクした。

 10年間、一度も欠場したことがなかった赤井が、初めて欠場を考えた。こんな状態で試合をするのはファンに対して失礼だと思ったのだ。しかしそんな彼女を奮い立たせたのは、SNSのファンの声だった。

「『あと沙希ちゃんを見られるのは、この試合とこの試合』と書いてくれてたり、これまでの試合の写真をたくさん載せてくれてたり、想いを綴ってくれてたり。私が今ここで潰れたら、この人たちの気持ちはどこに向かうんだろうと思ったら、操り人形でもいいからとりあえずリングに立とうと思いました」

 数々の試練を乗り越え、引退ロードを駆け抜けた赤井。11月12日、ついに引退試合当日を迎える。波乱の一日の幕開けだった――。

(後編:引退試合で爆切れ大号泣 初めて見た両国国技館の天井、仲間からの思わぬ言葉>>)

【プロフィール】
赤井沙希(あかい・さき)

1987年1月24日生まれ。京都府出身。父はプロボクサーで俳優の赤井英和。2013年8月13日、DDTプロレスリング両国国技館大会でプロレスデビュー。2014年、東京スポーツ新聞社制定「プロレス大賞」新人賞を女子プロレスラーとして初めて受賞。2023年11月12日、DDT両国国技館大会で引退。獲得タイトルはKO-D6人タッグ、全日本プロレスTV認定6人タッグ、TOKYOプリンセスタッグ、アイアンマンヘビーメタル級など。
X:@SakiAkai

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