「巨人だからチャンスがないという選手の環境を変えたかった」元プロスカウト・香坂英典が語るトレード成功のための裏話

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2023年12月07日 10:41  webスポルティーバ

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元巨人・香坂英典が語る「プロスカウト」のお仕事(前編)

 プロ野球のスカウトといえば、アマチュア選手の獲得に動く担当。では、プロスカウトをご存じだろうか。その名のとおり、プロ選手のスカウト。つまり他球団の選手を、おもにトレードやFAで獲得する際のデータ収集をして、シーズンを通してチェックするのが仕事だ。そんなプロスカウトを巨人で都合10年間務めてきたのが香坂英典氏である。はたして、プロスカウトとはどのような仕事なのか、香坂氏に聞く。

【トレードは誇れるもの】

「トレードといえば、今でも"出す""出される""放出"というイメージがありますけど、実際は違います。環境を変えることで、実力を発揮する選手はいます。トレードは望み、望まれて実現するもの。選手の立場としては誇れるものであり、むしろ胸を張って新しい環境に臨んでほしいと思ってやっていました」

 香坂氏が巨人を退団し、プロスカウトの仕事から離れて3年が経つ。それでも今も現職のように熱を込めて語るのは、それだけ彼がこの仕事にやりがいを持ち、天職のように励んでいたからにほかならない。

 それにしても、このプロスカウトという仕事は想像以上に多岐にわたり複雑だ。

「トレード担当ですから、基本的には全球団の選手を知る必要があります。知るというのは、ただ名前と顔が一致すればいいというレベルじゃない。技術面では長所、短所、性格やプレー以外の立ち振る舞いまで知る必要があります。それを一軍、二軍、三軍や独立リーグまで視察し、把握していく。自分のチームの選手も加えれば、概算で800人くらいになるかな。もちろん1年では完全に網羅するのは無理です。少なくとも3年くらいを要してようやくわかってきます」

 香坂氏の場合、投手として巨人入りしたが5年で引退。その後はスコアラーや広報などを歴任するが、コーチ経験はなかった。それだけに"現場感覚"として、他チームの選手を知る機会に乏しかったから大変だった。それでも日々視察を続けるうちに顔と名前はおろか、いろんなことがわかるようになってきた。

 才能があるのに一軍出場のチャンスになかなか恵まれない選手には、当然、何かしらの理由がある。それを視察のなかで考えながら続けていく。

「高校時代に騒がれてプロ入りしたのに、一向に一軍に上がったという話を聞かない選手がいたとします。そんな選手は、技術よりも精神面での問題が大きかったりします。もともと弱気な性格だったり、数年やって壁にぶつかり意欲を失いかけていたり......。そうした選手ほど環境を変えると、本来の潜在能力を発揮するケースもあります」

"目の情報"とともに大事なのが"耳の情報"だ。たとえば、二軍の試合を見続けるなかで、「この選手なんで使われないんだろう」「二軍で打っているのに、一軍からまったく声がかからない」という選手がいたとする。そうした選手は、監督やコーチとうまくいっていないと言ったケースだってあると香坂氏は語る。

「練習もするし、実際にいいバッター。でも話を聞いてみると、"自分で限界を決めてしまっている"とか"自分の考え方はこう"とか決めてしまっている選手が意外に多い。コーチはその殻を破ってほしい。そういう選手は、どうしてもコーチとぶつかるんですよね。コーチだって放っておくわけにはいかない。これは見ているだけではわかりません。こんないさかいの情報は手を変え、品を変えすればキャッチできると思います。要は聞き込みです。こうした重要な情報をいかにつかむかどうかというところが大事になってきます」

 いずれにせよ、目や耳で情報を集め、GMなど編成本部から補強の指示が出た時、すぐに対応できるように準備するのだ。

【伝統ある人気球団ゆえの事情】

 トレード期間はそのシーズン中の7月31日までが期限で、それまでに補強が必要となる場合がある。そのシーズンの後半戦に向けて最後の補強のチャンスに賭ける。

「主力に故障者が出たとか、期待した選手が思ったほど結果を残せないとか。たとえば『左の中継ぎでいい投手はいないか』『長打が期待できる右打者がほしい』など、編成のトップから要請があります」

 そうした指示にすぐ対応できるように、2月のキャンプから視察行動を開始しますが、それまでの期間はシーズンオフだからといって、休んでもいられない。ドラフト指名選手、新外国人選手やトレード、戦力外選手の獲得などによる新加入戦力など、常に新陳代謝を繰り返す球界の情報収集は通年行なっていました。

「それだけに"準備"が必要です。プロ野球のチームにはいろいろな部署がありますが、プロスカウトほど準備が大事な部署もないですね」

 交換トレードとなると、どこで妥協点を見つけるのか重要になると香坂氏は語る。

「どの球団もトレードした選手が行った先で活躍されると困るというのが本音としてはあるようです。だから、同リーグ同士のトレードは比較的少なく、シーズン中となるとなおさらです。僕個人としてはトレードした結果の良し悪しというのは仕方のないものだと思うし、無責任な言い方になるかもしれないけれど、やはりやって見ないとわからないとしか言えません。だから、その想定の難しさは常にありましたね」

 また、巨人という伝統ある人気球団ゆえの事情もあったという。

「巨人はどこよりも常勝を課せられるという意味でも、注目されるチームです。そのため、ほかのチームなら我慢して使い続けることができても、巨人だからチャンスがないとか、現実にそうした状況もあったので......そういう選手には環境を変えてあげてチャンスをつかんでほしいという意味でトレードは個人的には積極的にしたかった。

 その反面、迎え入れた選手がそうした特殊な環境で能力を発揮できない場合もある。また逆に巨人のように多くのファンやマスコミから注目される環境が選手本人のモチベーションアップにつながるケースもあり、それがそれぞれどう作用するかの判断については正直いって難しいということもありました。だから、その正しい判断をするための調査をしっかりと行なうのです」

 さまざまな制約のなかでトレードを実現させるわけだが、1年に数件あるかどうか。トレードがないシーズンだってあった。それでも毎日、一軍、二軍を問わず球場に足を運び、視察球団の関係者、他球団プロスカウトらと情報交換を行なう。なにより重要になるのが、ケガの有無だ。

「基本的に故障の有無は、トレードが成立に近づいた場合、お互いの担当者の間で共有し合うのが暗黙の了解です。またケガ、病気などがあっても、今後のプレーには支障がないと判断できるケースもある」

 ただ医療関係者が判明したとしても、守秘義務があるため教えてもらえない。

「それでも調べていけば、大体わかるものですけどね」

 ただこれがFAとなると、トレードとはやり方が変わってくる。

「要は来てくれるかどうかですからね。とはいえ、直接本人に話したりするとタンパリングになる。これはトレードも同じです。そこで、まずは選手本人の人間関係の調査は大事になります。家族、友人など、とくに近しい存在の人たちです。妻帯者であれば奥さんの意向、存在は大きかったかなと思います。

 僕が担当していた時はFA選手については、少なくとも3年前から調査していました。来てくれる気があるかどうかはもちろん、故障や性格、人間性など問題はないかなどは調べましたね。FAの3年前のキャンプや試合に視察に行った時は、必ず選手の写真を撮影し、FA交渉時に見せるリポートに添付しました。これのリポートは"これだけ前からあなたを追いかけていた"というメッセージになります。これは当時の球団編成本部からの指令として行なっていたことです」

 まさに調査が主目的といっていいのが、プロスカウトという仕事だ。

後編につづく>>


香坂英典(こうさか・ひでのり)/1957年10月19日、埼玉県生まれ。川越工業高から中央大を経て、79年ドラフト外で巨人に入団。4年目の83年にプロ初勝利を挙げるも、翌年現役を引退。引退後は打撃投手をはじめ、スコアラー、広報、プロスカウトなどを歴任。2020年に巨人を退団し、21年秋からクラブチームの全府中野球倶楽部でコーチを務めている

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