井上尚弥のパンチングパワーの秘密 八重樫東&鈴木康弘トレーナーが驚嘆する「力と型」

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2023年12月21日 10:31  webスポルティーバ

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井上尚弥のフィジカル面と技術面における強化を2年前から指導する八重樫東、鈴木康弘の両トレーナーは、日常的に「怪物」の変化をつぶさに目にしている人物だ。ある意味、対戦相手以上にその凄みを間近で感じ取っているともいえるが、ふたりから見た井上尚弥の凄さは、どのような部分にあるのか。

「井上尚弥・解体新書」後編

【パンチングパワーの秘密】

「スーパーバンタム級でも井上尚弥のボクシングをさせること」。これがいちばん大切なのだと八重樫東トレーナーは言う。

「勝つためのフィジカルを作る=体を大きくする、当たり負けしない、ことじゃないんです。ボクシングはコンタクト競技ですが、接触しない時間の方が長い。そこでフィジカルを(うまく)使えばいいんです。尚弥はジャブがうまい相手にも(ジャブの)差し合いで負けない。彼の足があれば、出入り(相手との距離を詰めたり離れたりすること)できるスピードがあるし、当てる感覚もある。そこのフィジカルを強くすればいい。出入りの連動性やストップ&ゴーのスピード。それが強いのが井上尚弥ですから」(八重樫トレーナー)

 モデルは、あのマニー・パッキャオ(フィリピン)。フライ級からスーパーウェルター級までの10階級を股にかけた6階級制覇の歴史的王者だ。パッキャオは、階級を上げていってもスピードを失うどころか逆にアップさせ、なおかつ強打もいかんなく発揮した。そして、井上尚弥もまた、まったく同種のボクシングを体現している。

 今年初め、スーパーバンタム級に階級を上げることを機に「尚弥の強みと弱みをしっかり認識するため」、八重樫トレーナーは知己のアスリート研究チームに尚弥の『走る』『体を捻る』、『ダッシュする』等のフォーム映像を基に動作解析を依頼。そこで驚異の事実が判明したのだという。

「尚弥がなぜ強いパンチを打てるか。例えば、硬いゴムやチューブを捻っていくと反対側にブルンって反動で回りますよね。その動きが尚弥の体の中で起こっているそうなんです。具体的に言うと、足からの連動です。床をドーンって踏み込んだ力を足首、ふくらはぎ......と上にどんどんパワーが移動していく過程で、回転する筋肉が関節に突き当たるごとに逆回転を起こして大きな渦となっていき、最終的に上体から拳へと巨大化したパワーが伝わっていく。

 ひねる、ねじる。これは"回旋競技"のボクシングの体の使い方としてとても大切ですが、その力こそが彼のパワーの源なのです」

【5階級差も乗り越える】

 今年5月から正式にジムトレーナーとして加わった鈴木氏は、2012年ロンドン五輪ウェルター級の日本代表。地元・札幌で後進の指導にあたっていたが、「浩樹のトレーニングを見てもらえませんか?」と尚弥から直々に誘いを受けて一念発起した。高校時代の尚弥とは、全日本メンバーとして寝食を共にした間柄で、浩樹は拓大の後輩でもある。

 当初こそ浩樹へのマンツーマン指導をしていたが、そのバラエティに富んだメニューに八重樫トレーナーが着眼。「マンネリにならないよう、常に新しいことをさせたい」という意思に基づき、"八重トレ"やジムワークとの連動トレーニングを共有するに至った。井上トリオのみならず、4回戦の選手も含め、誰彼構わず巻き込んでいる。ジム内には野獣の咆哮や悲鳴が轟くが、選手たちは「めちゃめちゃキツイけど、良い練習です」と心地よさげに大量の汗を流す。ウズベキスタン、カザフスタン、キューバなど、アマチュア大国が行なっているトレーニングメニューが礎なのだそうだ。

「自衛隊体育学校時代の師匠、本博国監督に現役時代、僕が課されていたメニューなんです。僕は6、7セットやっていたんですが、八重樫先輩は『じゃあ10セットやらせよう』って(笑)」

 尚弥は高校時代から「パンチ力もフィジカルもバケモンだった」と振り返るが、久しぶりに会った彼には腰を抜かすことの連続だという。

「バランスボールをお互いの間に挟んで押し合うメニューがあるんですが、フィジカルに自信のある僕が負けてしまう。どれだけ足腰が強いんだ......って」

 スーパーバンタム級(53.53kg〜55.34kg)vs.ウェルター級(63.51kg〜66.68kg)超。5階級差。普通では"ありえない"話だ。

 6歳からボクシングを始め、今年で25年目を迎えている井上尚弥。彼が、いまもなお最も大切にしているのが「フォーム」である。

 足先から指の先まで、数センチ単位で美しさにこだわる。シャドーボクシングで入念にチェックし、自分にとって正しいバランス、タイミング、角度で、打っては動き、を丁寧に繰り返す。その姿は名工の鉋削りのごとき職人技。何度見ても、吸い込まれてしまう。

 そしてもうひとつ。彼には強いこだわりがある。

「たとえばパンチ一発や腕立て伏せ1回にしても、ひとつも無駄にはしたくないんです。だって、それが1度の練習、1週間、1カ月、半年、1年......って時間が経過すると、そのたった1度をしっかりやらなかった人との差って、ものすごく開いてしまうから」

 尚弥が昔から常々語ってきた言葉だ。裏を返せば、彼は1度たりとも無駄にしてこなかったという宣言でもある。この積み重ねこそが、"モンスターたるゆえん"なのだとつくづく敬服する。

「当たり前のことを当たり前にやる」

 最も困難で、尊いことである。

◆前編:井上尚弥を鍛え上げる八重樫東と鈴木康弘 ふたりに白羽の矢が立った理由>>

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