投資教育を1年間受けた高校野球部生の人生は? 「株式投資か起業か就職か」

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2023年12月25日 17:31  webスポルティーバ

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奥野一成のマネー&スポーツ講座(最終回)〜会社員になるということ

 集英高校の野球部顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、経済に関するさまざまな話を聞いてきた3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と1年生部員の野球小僧・鈴木一郎。ふたりは1年近くにわたり、株式投資をはじめ、さまざまな投資活動について学び、投資家的思考法について学んできた。

 由紀は大学受験を控え、正式にはすでに野球部からは抜けていたが、放課後は毎日のように部室に顔を出し、雑談のかたわら、後輩たちにさまざまなアドバイスをしていた。推薦で私大に入ることもできたが、留学制度が整っていることで有名な大学にチャレンジしようと思ったのだ。ただ、成績は学年でもトップクラスで、難関大学への受験にも焦りはなかった。

 鈴木は野球の練習に熱心に取り組みながらも、「お金」「ビジネス」「成功」について漠然とした好奇心を持ち続けていた。今の自分に何ができるかを考えていたが、奥野先生の話を聞いているうちに、「すぐに焦ってバイトを詰め込んで稼ぎまくる」ことも「貯金を元手に投資を始めて一攫千金を狙う」ことも、ちょっと違うような気がして、あらためて何をすべきか考え込むのだった。

 ここ数回、ふたりは実践編として、野球などのスポーツに関するビジネスに携わる方法について考えをめぐらせ、さらに自分たちでアイデアを出して事業を起こす(起業)ことまでシミュレーションしてみた。だが、奥野先生が挙げた起業を成功させるための条件は、高校生にとって(というより、ほとんどの人にとって)あまりにも厳しいもので、たじろぐふたりだった。

 そして前回、奥野先生は「会社員も、起業するくらいの情熱と主体性を持たなければ成功できない」と言って終わった。果たしてその真意は?

鈴木「起業なんて難しいことは考えず、ラクな道を探そうかなと、一瞬、思ったんですが......」
由紀「どっちにしろ、そんなに甘くないってことですか」

【会社員人生と起業家人生】

奥野「起業するのは本当に大変なことで、前回、前々回も触れたように、起業経験のある有名投資家のベン・ホロウィッツさんは『不眠との戦い』だし、『吐き気がする』ものだと、著書でも書いているんだけど、じゃあ、会社員を選んだらラクなのかというと、これもまた違うんだ。やはり起業できるくらいの情熱と主体性を持たなければ、会社員としてもおそらく、面白くない人生を送ることになってしまうと思うよ。鈴木君が言うような、ラクな道なんてひとつもないのかもしれない」

鈴木「でも先生、会社員を選んでも起業するのと同じくらいの情熱と主体性が必要なのだとしたら、会社員を選ぶのって損ですよね。だって、起業家よりも断然、収入が少なそうだし......」

奥野「鋭いところを突いてきたね。確かにそうなんだけど、起業家というのは『人並外れた情熱』が必要になる。ここが会社員に求められる情熱とは、少し違うところかもしれないね。

 誰もが仕事に対して情熱を持つ必要はあるんだけど、そのなかでも起業家になれる人は、人並み外れた情熱を持っているんだよ。

 だから、自分のビジネスプランを方々で熱く語り、大勢の賛同者を得て出資を募ったり、あるいは優秀な人材を集めたりできるんだ。他人を巻き込めるだけの、人並み外れた情熱を持っているかどうか。これが会社員人生と起業家人生の分かれ道になるんじゃないかな」

由紀「会社員から起業する人も結構いらっしゃいますよね」

奥野「たとえば『LIXILグループ』の代表執行役社長兼CEOの瀬戸欣哉さんは、もともと『住友商事』に入社した後、間接資材販売で100年近い歴史があるアメリカの『グレンジャー』という会社と合弁で、『住商グレンジャー(現『MonotaRO』)』を社内ベンチャーとして立ち上げた人なんだけど、『住友商事』と『グレンジャー』という大企業2社からお金を出させて、日本の間接資材販売の業界慣習に穴を開けた。それは凄まじい情熱がなければ到底できないことだと思うよ。

 起業ではないけれど、現在『サントリー』の社長を務めている新浪剛史さんも、『三菱商事』に入社した後、コンビニエンスストア『ローソン』のビジネスモデルを作って、実際に『ローソン』の社長を務めていたよね」

【会社員になって学ぶとしたら...】

奥野「そういう意味では、絶対に起業家になるという情熱を持っている人も、最初は大きな会社に入ってがむしゃらに働いてみるのもいいと思うよ。社会とは、ビジネスとは、ということを最速で学ぶいい方法だと思うんだ。

 会社に入ったらどんな勉強ができるのか。たとえばどんな業種の企業でも、一定程度以上、大きい企業だと、経営企画部という部署があって、出世コースなどと言われている。当然、配属希望者が多いんだけど、もし将来、起業家になりたいと考えるなら、あまり勉強にならない部署だと言えるかもね。

 それは経営企画部なんかに配属されたりしたら、現場を見る機会がなくなってしまうから。それでは、ビジネスを一気通貫で理解することができない。だから僕は、どの業種で働くにしても、まずは辺境の支店・支社や子会社への配属を希望したほうがいいと思っているんだ。

 いきなり辺境の子会社に行けなんて言われたら、『飛ばされた』と思ってしまうかもしれないよね。でも子会社だと、入社間もない若い人でも、原材料を調達し、モノを作り、マーケティングをし、営業し、必要な人の採用も行ない、それらすべてにおいてリーダーシップを発揮することが求められる。会社の経営に必要なことをすべて、現場で学ぶことができるんだ。孤独にも耐えなければならないだろうし、どうすればこの戦いに勝てるかということも、すべて自分の頭で考えなければならない。

 こうした経験はめちゃくちゃ貴重で、やりきれるかどうかは、仕事に対する情熱がどのくらいあるのか次第だろうね。この経験を通じて学べることは、少なくとも起業を目指す人にとっては、海外のビジネススクールに入学してMBAを取得したり、弁護士資格や税理士資格、公認会計士資格を取得したりするよりも、はるかに意味があると思うんだ」

鈴木「でも、資格はないよりも、あるに越したことはないでしょ?」

奥野「そうだけど、僕が言いたいのは、資格取得が目的ではないということなんだ。資格取得はあくまでも手段にすぎない。

 現場でビジネスの流れを一気通貫で見るようになると、さまざまな実務をこなしていくなかで、『あ、この資格を持っていたほうが絶対にいい』というのが、自然に見えてくる。資格はそれから取っても全然遅くないはずだよ。むしろ何に使えるのかがわからない状態で、闇雲に資格だけを取っても、それを活かす方法がわからなければ、時間と費用がムダになるだけでしょう。

 日本だと、大学院に入る人は大学を卒業してそのまま進学するという人が大半のようだけど、海外の大学院で学んでいる人は、大学を卒業し、社会人として経験を積んだ後、『自分にはこれが足りない』『これを学べばもっとキャリアアップできるかもしれない』ということに気づいて、あらためて大学院で学び直すというケースが多いからね」

鈴木「辺境の子会社か......僕はやっぱり、普通にワークライフバランスを大切にして働きたいかな......」

【常に他人とは違うことを】

奥野「いや、もちろんワークライフバランスは大事だし、起業や経営に興味がない人にまで辺境の地への配属を希望しろとは言わないけど、与えられた場所で働かされマインドで『ワーク』するだけでは、どんどん貧しくなって『ライフ』も危うくなるかもしれない、という点は意識してもらいたいね。

 何を選ぶかは、結局のところ、人それぞれなんだけど、ひとつ言えるのは、成功する人は、常に他人とは違うことをやろうとするってこと。同じことをやったら、厳しい競争に巻き込まれるだけでしょう。商品・サービスと同じで、競争に巻き込まれたら最後、行き着くところはひたすら値引きをするしかなくなる。その結果、どんどん貧しくなってしまう。

 そうならないようにするためには、常に他の人とは違う視点と発想を持ち、人と違う行動を取ることができる胆力、勇気を持ち続けること。これは起業するだけでなく、会社勤めで成果を望むなら当てはまるはずだよ」

由紀「起業とか投資とか、いろいろなお話を聞かせてもらうようになって、もう1年です。まだまだですが、何となく投資家的な思考法がわかってきたような気がしますし、本気になって自分の将来を考えていきたいと思います」

奥野「そうだね。あわてて会社を作ったり、株を買ったりすることが『投資家になる』ということではないから。で、ふたりは将来についてどんなことを考えているのかな」

鈴木「あと1年は野球と勉強に集中して、自分が何をしたいのか真剣に考えてみたいと思います」
由紀「まずは留学制度が整っている大学に入学して、語学力を高めて、海外の学校に留学したいと考えています」

奥野「どういう道を歩むにしても、大事なのは『自分のオーナーになる』ことなんじゃないかな。『当たり前じゃん』と言われそうだけど、案外、そうでもなかったりするんだ。

 たとえば就職先や進学先を選ぶ時も、なんとなく親が行ってもらいたそうな会社を選んだり、周りの人から『かっこいいよ』なんて思われている会社を選んだり、そういうことって結構ありがち。でもそれは、自分が自分のオーナーになっていない、典型的な事例なんだ。

 親の目も周りの目も関係なくて、自分がやりたいことをやる、なりたいものになる。それができるようになった時、本当の意味で自分のオーナーになって自立できたっていうことなんだと思うよ。本当に自立できれば、成功そのものはそれほど問題ではなくなる。それが、もしかしたら成功を超越した『人生における幸福』に近いのじゃないかな」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は3000億円超を誇る。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。『マンガでわかるお金を増やす思考法』が発売中。

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