伊藤雅浩×板倉陽一郎 異能弁護士がキャリア構築の“ワザ”を披露「その道のトップになるには?」

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2024年01月15日 10:11  弁護士ドットコム

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多様な背景を持つ法曹が必要だとして創設されたロースクール(法科大学院)は、2024年春で開校20年となる。初年度の2004年に入学した社会人経験者の割合は48.4%と活況で、多様かつ多彩な人材が法曹を志してロースクールの門を叩いた。しかし、現在は社会人経験者は2割を切るまでに減少し、「予備試験」受験者数が増え続けるなど厳しい状況におかれている。


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2004年に法学未修者1期生として入学した2人、ソフトウェア知財・法務を専門とし社会人経験後に総合1位で司法試験を突破した伊藤雅浩弁護士と、個人情報保護制度の分野におけるトップランナーで業界から引っ張りだことも言われる板倉陽一郎弁護士がこのほど、弁護士ドットコム主催のトークイベントに出演。ロースクール卒業後のキャリアについて意見を交わした。



「法律事務所の採用に全然通らなかった」と口をそろえて語る両弁護士だが、その後現在に至るまでどのようにキャリアを築いてきたのか。若手弁護士のキャリア構築の指針、弁護士としての働き方、後進育成、今後のキャリアプランなど多岐にわたって語ってくれた。



●求められていたはずの社会人経験「実際にはあまり歓迎されていないな」



司会:伊藤先生は司法試験に合格したあとに、法律事務所への就職に苦労されたそうですが具体的に教えてください。



伊藤雅浩弁護士(以下、伊藤):大袈裟でなく本当に20以上の事務所で落とされました。法律事務所のグループ面接を受けたり会食に参加したりした際に、「未修1期生で社会人経験者です」と言うと、「あなたみたいな人を、ロースクール制度は待っていました」と言っていただくのですが、次の日には、(不合格を伝える)お祈りメールが来る。通ったのが1つか2つの事務所だけなので、(業界からは)実際にはあまり歓迎されていないなと、その時に肌で感じました。



板倉陽一郎弁護士(以下、板倉):私も全然、通りませんでした。その時から「IT関係をやりたい」と言っていたのですが、今から考えれば、当時はあまりお金にならない分野でした。面接に行っても通らなくて今の事務所のボスに拾ってもらいました。ただ今でも、大手事務所ですらデータプロテクションのチームは数名で構成されているので、それで採用されるのは厳しいですよね。私の場合は別にデータ保護をやりたいと言っていた訳ではないのですが、ITに法律を絡めてとなると今でもかなり戦略を練らないといけない。



伊藤:就職の時に「これやりたいです」とあまりに決めうちしている人は、採用する側としては取りにくいというのはありますね。熱意はいいのですが、採用した後に期待する案件が渡せるか自信もないし、他の分野はやりたくないのかなと考えてしまいます。これから応募する人は、何かやりたいものがあっても、そればっかり言わない方が本当はいいのかなと思います。



●官庁出向は早いうちに「自分のお客さんを置いてはいけない」

司会:「弁護士キャリアのこれまでとこれから」について聞きます。弁護士として働きはじめるにあたり、どのようなキャリアを築こう、取り組んでいこうと考えていたのでしょうか。



伊藤:私が法曹界に入るきっかけは、IT業界のトラブルを現場側で経験したからです。相談した弁護士がご高齢で、私は法律や契約のことが分からなかった一方で、業務や技術の話はなかなか話をわかっていただけない人だったので自分でやりたいと思ったのと、弁護士になったらIT分野を取り扱いたいと考えていました。ですので少しでもそういう案件がある事務所を探して就職しましたが、事務所にいるだけで希望する案件が来る訳ではないので、自分で探し回っていました。



板倉:私はITとか知財とかやらせて欲しいと言って事務所に入ったので、案件はありました。ただ変わった事件の依頼が色々とあったので、それで勉強させていただきました。事務所に入ってすぐ大学の投資失敗がありました。2008年とか2009年頃です。投資失敗の後始末をしていました。2年目に消費者庁に出向して、役所から帰ってきてからデータ保護をやっていましたが、事務所のボスが厚生年金基金の後始末を受任したのでそれを手伝いました。BtoBですが大学の投資失敗も厚生年金基金の問題も巨大消費者被害みたいなもので、ものすごい勉強になりました。やりたい分野があるのはもちろんいいのですが、来たものを何でもやれば勉強にはなるし、どんな事件でも一生懸命調べると載っていないことはあるので、それは意識してやっていました。



伊藤:今でこそ大手事務所の若い人も官庁に任期つきで出向しますが、2年目で消費者庁を選んだのはどういうきっかけですか?



板倉:思いつきでしょうが、ボスが「若手はどこかに出向した方がいい」と言っていた。弁護士ポストではありませんでしたが募集がかかったので出向しました。官庁に出向する場合、だいたい弁護士を3年から5年は経験してくださいと言われます。しかし私の前任者は加藤隆之さん(現・東洋大教授)で、その前も宮下紘さん(現・中央大教授)と、続けて学者がやっていたポストでした。そのため大学院や修習中も経験にカウントしてくれて採用となりました。1回くらいは出向した方がいいと考えていたものの、自分のお客さんがつくと行けなくなるし、給料はアソシエイトと比べると下がるので、募集がかかってパッと行ってしまったという感じです。



伊藤:ということは若い人は早めに行った方がいい?



板倉:早めに行くか、インハウスで出戻った時に行くのがいいでしょう。やはり自分のお客さんを置いてはいけないです。しがらみがあるので、事務所のお客さんの案件に対応しているうちに行かないと行きそびれるというのはありますね。



司会:お二人とも公的機関の仕事や企業の監査役、社外取締役の依頼はどのようなきっかけですか。



伊藤:社外役員の依頼のほとんどはすでに付き合いのある人からです。知り合いの弁護士から顧問先の会社が上場するので必要でお声がけいただいたり、自分の顧問先から顧問弁護士は他の人を探すから社外監査役をやって欲しいと言われるパターンがほとんど。突然知らない人から紹介が来ることは1回もありませんね。



板倉:僕が監査役をやっている会社は飛び込みでした。



伊藤:あ。そうなんだ。



板倉:珍しいですよね。でも誰かから聞いて存在は知っていて、面談してという形なので、誰かが話してくれているのがほとんどです。さすがに役員とかはそうなりますよね。出向で役所の中身がよく分かるので、戻って来てからも役所からは(有識者委員等で)割とすぐに呼ばれます。役所は横に有識者を紹介するので、「ここから聞いたのですけど」と言われると断れなくて、いっぱい依頼が来るみたいな感じです。



●活躍したければ「今思いつかないようなところに行く」

司会:先生方は専門分野を持っていますが、弁護士の活躍の機会がまだ眠っている分野はありますか。



伊藤:多分どこかにはあると言うと無責任だと怒られちゃうのですが、絶対にあるとは思います。実際に新たな分野を開拓されている人もいますが、全てが計算ずくではないですよね。弁護士人口がどんどん増えていて食えないと言われているけど、本当に増えた分が全部食えないかというとそうでもない気がする。やはりパイは広がっていると感じますね。



板倉:今、思いつかないようなところに行くのがいい。例えば、役所に出向する時にはみんな、会社法や金商法、独禁法を改正したいと思いますが、そういう分野は立派な先生が山ほど先輩にいるわけです。そこで稼げるようになるのは大変でしょう。だから弁護士がいないところに行くのがいい。自分しかいないから相談が来る。あとは、新しくできた役所。例えば、カジノ管理委員会やデジタル庁も今は弁護士がいます。出来立てのところでも全部の機能があって、一通り見られるので面白い。僕が消費者庁に出向したのもできたばかりの頃でした。個人情報の国際担当で勉強になりましたが、それよりもメールを読んでいたことが勉強になりました。役所はちょっとでも関係すると全メールのCCに入れますが、ほとんどの人が読んでいない状況です。出向中は、弁護士の時より暇だったので全メールを読んでいました。そうすると役所がどういう風に、何を考えているのかがだいぶ分かって勉強できました。だから小さいところに行くといいですよね。



伊藤:でも若い人の中には、つぶしがきくかどうか気にする人もいるじゃないですか?



板倉:どんなに訳の分からないと思われる分野でも、訳の分からない団体があって、訳の分からないおじさんたちが飯を食っているのだから、弁護士1人くらいが飯を食うくらいの仕事は絶対にあります。だいたい、そういう人はあまり法律を気にしないで生きているので、法律を気にする人が1人生きていくくらいの金は回っているので大丈夫です。



伊藤:確かに弁護士が食えるような市場はめちゃくちゃ小さくてよくて、マーケットが大きいかという話はあまり気にしなくていいのではないでしょうか。でも既存の分野だと例えば、「知財」という分野は専門家をかたる人が日本には多分、何千人もいるけどマーケットはそんなにありませんよね。



板倉:ないない。知財関係訴訟が年間何件あるのか見たらいいじゃないですか(編注:知的財産権関係民事事件の新受件数は2022年の全国地裁第一審で557件、知財高裁控訴審は126件)。そう考えると、専門家になるためのマテリアルはいっぱいあるし、ルートもあるけど、そんなにパイはないので大変でしょうね。



●「自分の好きなところでどうやって営業しようかと考えるべき」



司会:専門分野がない人はどう「強み」を構築すればいいですか。



伊藤:弁護士の市場は小さくてもいいのです。何も専門家としてスペシャリストで食っていくだけではなくて、自分のことを気に入ってくれている社長が数人いて、その人がまた誰かを紹介してくれる。社長じゃなくても部活の先輩に自分のファンがいるという状態で食っていくことはできるのではないでしょうか。それは、人に気に入られるスキルが重要だし、それで羽振りのいい先生方はたくさんいます。企業法務で疲れ果てている人よりも、気の合う人から仕事をもらって楽しく暮らしていけるのかなと思います。ついでにお話すると、独禁法や知財などの切り口じゃなくて、法律以外の業界に入っていかないと仲間に入れてもらえませんよ。板倉さんのデータや、最近だとファッションやゲームなどもそうですが、知財法の講義をしますと近寄っていってもイタい人に見られるだけです。本当にその業界のことを好きで分かっている、あるいは教えてくださいという謙虚な姿勢でいく。そういうところで仲間になると、そこから先はだいぶ早いので、あまり法律という切り口でいかない方がいいですね。



司会:ブログやSNSの発信の仕方についてはどうですか。伊藤先生はX(旧ツイッター)を利用されていますが、お仕事との関係はいかがでしょうか。



伊藤:仕事のためという感覚はほぼありません。自分の好きなことを何となく書いたり、好きなことを書いている人をフォローしているうちに面白い情報が入ってきたりして、結果として仕事に繋がっているというところです。我々の業界でも営業臭の強いアカウントはありますが、自分はそういう風になりきれません。板倉さんはFacebookにとてもオリジナリティあふれるコミュニティをお持ちですが、どう運営されていますか。



板倉:僕は何もしていません。ただ見た記事をシェアしているだけです。ツイッターは少しやりましたが、これは1日中喧嘩するなと考えてやめました。向いているところでやった方がいいし、向いていないところは体を壊します。向かないところで頑張っても気の合う人は得られません。飲めないのに酒で仕事を取ろうとするとか、ゴルフしないのに無理にしても続きません。僕のお客さんはどこから来ているかというと、多くは講演を聞いたり論文を読んでくれたりする人です。学会まで聞きに来るような人は理屈っぽいですが、私としては楽なんです。でも、嫌いな人はつらいだろうし、学者と話したくない人もいるだろうから、自分の好きなところでお客さんを探さないと無理したら絶対にもちません。無理はしないで自分の好きなところでどうやって営業しようかと考えるべきであって、先に何が営業になるかを考えたら絶対に疲れますね。



伊藤:私もまったく同感です。次から次へと本を出版されている松尾剛行先生は営業のためと思っていないはずです。でもあれだけ出版していると多分、仕事はひっきりなしに来ていそうですし、やはり好きなやり方がいいのかなと思います。



●業界のために「仕事の独占も知識の出し惜しみもしない」



司会:アソシエイトの育成法や組織の構築についてはどうお考えですか。



伊藤:以前在籍していた弁護士法人内田・鮫島法律事務所は、私が入った時には弁護士5人くらいでしたが、出る時には25人くらいまでになりました。当時在籍したほとんどのアソシエイトと一緒に仕事をしたことがあります。



今の事務所では一緒に働くアソシエイトは3人くらいいますが、育成できているとは全く思いません。むしろ最近は何とかしてアソシエイトに嫌われないように、お願いしてやっていただくみたいな感じです(笑)。自分の得意ではないところをうまく拾ってくれているので、育成というよりは気持ちよく働いてもらうためにはどうしたらいいかと10年以上試行錯誤しているので、語れることは本当にありません。



司会:具体的に指導することはありますか。



伊藤:指導といっても起案をレビューしたり、案件について一緒に考えることはありますが、それはどの事務所でもどの先生だってやっていることです。目の前にある案件の指導はしますが、長期的な本人のキャリアを考慮して育成しているということはできてません。できればずっと一緒に働いて欲しいなと思うので、ここにいると楽しいでしょと機嫌を取るというか。ただ相手からは全く違う感想を持たれていると思うので、「何を言ってんだ!」と思われていそうな気もしますけどね。



板倉:僕はイソ弁を全く採用できていないので、その点は反省しています。事務所自体は大きくなって弁護士が30人くらいいますが、事務所でかかる経費は徹底して共同分担なので、イソ弁を採用するインセンティブがありません。横でパートナーでやれてしまうのです。ある分野に特化した事務所には、その依頼しか来ません。イソ弁に育ってもらうためには雑件といったら申し訳ないですが、いろいろな案件が来ないといけませんよね。私の場合はデータだけこの人に頼むという案件が多いのです。例えば、僕の依頼先は単なる法務部ではなく、インハウスの弁護士であることが結構あります。そうすると、案件のことや他の事務所のこともよく知った上で、「板倉に聞いたら15分で片付くぞ、高コストでも得だぞ」と分かって聞いてくるのですよね。逆にいうと昔の顧問先はよく分からない相談もいっぱい来たので、それはしばらく経ったらイソ弁にやらせておくというビジネスモデルが出来ましたが、いま僕のところにはよく分からないけど聞くという相談がほぼありません。そういうのがたくさんないとイソ弁は雇えないので、現実問題としては難しい。それは分野に特化した事務所に聞くとみんな同じことを言いますね。そうなると経験者と一緒にやることになりますが、事務所の継続性が難しくなるので、困ったなと思っています。あと何人かデータ専門の弁護士がいれば、何人かで1人のイソ弁を採用できるでしょうが、1人あたり10時間かかるところを30分で終わらせるビジネスモデルなので、なかなか難しいですね。



伊藤:私も板倉さんの話と半分重なっています。いわゆるゴリゴリのシステム開発の紛争など技術的な案件が仕事の半分くらいで、残りの半分くらいはスタートアップの法務全般です。後者はいつも、アソシエイトと一緒に対応することが多くて、前者は訴訟になると一緒に進めますが、その前さばきなどは自分1人で対応してしまいます。板倉さんが言うように、スキルトランスファーが全然進んでいないのが悩みの種ではあります。



司会:お二人の今後のキャリアプランは。



板倉:結構前から、頂いている案件をこなしているのがほとんどで、プランのようなものはありませんが、自分がイソ弁を採用できていない申し訳なさもあって、なるべくたくさんの人にデータはやって欲しいと思っています。1日は24時間しかないので、独占する気もないし知識を出し惜しみする気もない。どう考えてもあらゆる企業でデータについての法務は足りていないので、どんどんみんなにやって欲しいし、いろいろな会社でちゃんとデータはやって欲しいなとは思っています。あらゆる面で業界団体もお手伝いしますし、学会でも話します。その他でも講演の依頼はよっぽどではない限り全部OKしています。



伊藤:前職は8年間、かなり濃密に働いたんですが、気づいたら弁護士はその倍くらいの15年しています。もう50歳を過ぎていてもまだ「これから何をしようか」と考えますし、割と親しい人と飲んだ時はいつまで弁護士を続けられるかという話で毎回盛り上がっています(笑)。何か面白いことがあったらいつでも仕事を変えたいなとも思っています。



●昼寝しても怒られない「弁護士最高だなと」

(ここからは質疑応答でのやり取り)



質問者:専門特化の弁護士でいると、ある程度の顧問先数と案件量を超えたらどんな超人でも処理できないラインがある。どこかで自分の分身的な人を育てていく方向にいくしかないのですが、どう考えていますか。



板倉:裾野を広げてみんなが対応してくれるようになるしかない。うちの事務所でデータばかり扱っているのは今のところ僕しかいない。もうあと1人か2人来てくれたら、共有のアソシエイトがいてくれると少し教えられていいかなとは考えています。なかなかきっかけがないのですよね。30期代とか40期代の先生は本当にえらいなと思います。何人もアソシエイトを採用していたのです。ああいう度胸がないのは不甲斐ないです。やはり怪物みたいな先生はたくさんいる。弁護士会の活動で上の期の先生とお話ししますが、すごいですね。



伊藤:そうですよね。私も前の事務所のボスは仕事が増えたら人を採用するのではなく、人を採用すれば仕事が来るのだと言っていました。アソシエイトを採用したら仕事が増えると言うのは何の理論かと思っていましたが、不思議とそれが実現しています。その胆力は見習えません(笑)。自分の分身を作りたいと私も思うのですが、一方でお客さんによっては「お前に頼んでいるのだよ」という人もいて、そこは大事にしたいです。気にせずに、営業してきて最初の相談からアソシエイトに豪快に案件を投げられる人は羨ましいです。自分は、どのタイミングでアソシエイトを同席させようか、なかなか難しいなといつも思っています。



質問者:弁護士の営業には、お客さんになりそうな人にお会いするドブ板的な方法と、すごい楽しいけれど効率は悪い、ものを書いたり情報発信して自分の存在を示す方法がある。ドブ板ではない方法を選ぶ意義はありますか。またIT分野に取り組んでいる弁護士の中には、ITには詳しいけど法律知識は浅い人がいる。そういう人に対してお二人が思うことがあれば教えてください。



板倉:僕は始終書いているので、コスパについては考えたことはありません。僕のところに来るお客さんは割と理性的な人が多いのです。わざわざ休日に学会まで行って話を聞いて依頼してくる人は、会社でも恐らく変わっています。そういう理屈好きな人なので、僕は大変ではないです。理屈の話をして仕事ができればそれでいいみたいなお客さんが多い。自分のタイプにあった人と付き合った方がいいです。自分が嫌なことしてやって来るお客さんは、多分合わないのでしょうがないと考えています。ITに詳しい弁護士は「詳しいレベル」がどこまでなのかですよね。情報法制学会や情報ネットワーク法学会では理事も務めましたし、(所属しているのは情報処理学会だけですが)情報系の学会である人工知能学会や電子情報通信学会にまで顔を出していると、本当の専門家と言うのはどういうものかが分かります。僕は絶対に弁護士が入り込んでいないようなところまで行きます。そこまでやる人はいませんよ。ずっと続けていると、そこまでしつこくやる人がだんだんいなくなるので、弁護士1人しかいなければ、食っていけるのですよね。そういうものだと思ってやっていただくと、絶対に何とかなります。



伊藤:私は原稿を書いたりすることはコスパが悪いというのはそうかなとも思うのですが、ただお仕事が来るというのは一つの要素だけではないはずです。飲み会で名刺を配って翌週に仕事が来ることは10年やっても1回くらいだった気がします。情報発信は、自分の力をつけることにつながるとともに営業の観点からは種まきなのです。CMを見てすぐにお店に買いに行く人がいないのと一緒で、お店でパッと見た時に、これCMでやっていたなと思い出してもらえるような感じです。どこかに露出することで、企業の担当者であれば、弁護士にお願いしたいと思った時に記事が出ていると、決め手の一つの要素にはなる。そういう意味では薄く営業にも貢献している。自分たちが思っているほどにはコスパは悪くないのではと信じて続けています。



司会:次は事前にいただいた質問です。最近、お仕事楽しいですか。



伊藤:自分の性格的に、思い通りにならなかったマイナスの記憶ばかりが浮かんでしまいます。まさかこんな事件で負けるかみたいなことや、あんなに梯子を外されたとか。もちろん楽しい瞬間もありますけどね。



板倉:僕はとにかくデータばかりやっていて、最高級に難しい案件が多いのでそれを解いているのは楽しいですよ。小さな話でいうと、何か質問をもらって10行でも20行でも答えた後に、「非常に分かりやすくて勉強になりました」と返事がくると、どれどれとなってもう一度自分の書いたものを読んで嬉しくなります。おじさんになってくると、そういう風に褒められることもなくなってくるので、たまにはこういうこともないとなとは思いますけどね。



司会:生活とのバランスや余暇はどう取られていますか。



板倉:土日は子どもと過ごしていることが多いので、あまり働きません。でも弁護士はみんなそうですが、昼寝したって、夕方寝たって怒られないでしょ。これ最高だなと思うのです。横になって怒られない仕事は他にないですよね。事務所の執務室にベッドを入れているので、疲れたらすぐ寝るのですが、仕事さえ終わっていれば誰にも怒られません。楽でストレスがないですよ。過労で疲れる方がいっぱいおられるけど、それは単に仕事の時間が長いからではなく、コントロールできない時間が長いから大変なのです。自分で選んでいるので、事件を受けるのも執筆を受けるのも、役所の委員もストレスみたいなのはないですね。ただ最近はポケモンスリープをやっているので、あまりに遅い時間だとポイントが少ないので夜の12時くらいには帰るようにはしています(笑)。



伊藤:夜の12時は長いなと思います。コロナ禍になって劇的に労働時間が減って、夜の9時くらいまで働いている日の方が少ないですし、土日に仕事をしていることもほとんどありません。いわゆるビラブル時間はあまり変わっていないので、移動や通勤がなくなったのが非常に大きいです。そういう意味ではちょっとよかった。今から夜の12時まで働けと言われたらできないかなと思います。夜の9時まで仕事した時でも、(夕方頃に)子どもを迎えに行ったり、そこから1〜2時間仕事したりとかしてなので、比較的緩くやらせてもらっています。あとは映画が見たいと思いたった時に午前中に打ち合わせがなければ行ってこられたり、そういう働き方は会社員には難しいでしょうからこの仕事をしていてよかったと思える瞬間です。



質問者:お二人は専門分野も確立されて、若手からすると憧れの存在です。自分がブレークしたなと思った時期やエポックメイキングな出来事、やっておいて良かったことがあれば教えてください。



板倉:マイナンバーもGDPR(EU一般データ保護規則)も大変なことになると、どれだけ忠告しても誰もいうことを聞いてくれなかったので、俺1人くらいは何とかなるかなと思いました。あとは海外に行くと専門家が山ほどいたのですが、日本はほとんどいなかったので、しばらくはこの人たちみたいなことをやっていれば何とかなるかなと思ったまま、10年くらいやっています。わりと早いうちに、外の世界を見たのでデータの専門家は何とかなるなとは思いました。



伊藤:私の場合、特にそういう印象的なことはありません。ちまちまと判例を紹介するブログを弁護士1年目の時に始めて、5〜6年目くらいになった時に、知っている人がそれなりに増えだしたと思います。セミナーのお誘いや雑誌『Business Law Journal』(現在は休刊)への寄稿、書籍の執筆依頼などが来るようになり、いまに繋がっています。そこからは仕事が途切れることはなくなりました。最初の2〜3年目なんて、誰もブログを読んでいなかったことからすると、結局しつこさというか、続けている人があまりいないということが有利になったかな。



司会:お二人がバトンを渡すとしたらどなたでしょうか。



伊藤:Xを見ていると、若くて面白い優秀な人はいっぱいいますよね。これからどうしたいかですか?そういう若くてピカピカの先生のところで、もう一度、アソシエイトになりたいです(笑)。



板倉:誰というのはないですが、二弁(第二東京弁護士会)の情報問題個人情報委員会の若手に、データ保護のニュースをまとめてもらっていますが、海外までさっと調べてやってくれる。ぜひみんなデータをやってください。法律も1つになったので昔よりはマシでしょ。その代わり本を書くのは大変でなかなか出せませんが、本当にどこの会社でもどこの団体でも必要なので。世間のプライバシーポリシーが駄目なのはよく分かっていますが、人が増えないと直らないので、どんどんやって欲しいと思っています。誰にでも引き継ぎますので、僕より早くできるようになってください。




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