進学校に通う金メダル候補、安楽宙斗17歳の悩み「同級生はすでに受験勉強をしている人もいて...」

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2024年02月09日 17:21  webスポルティーバ

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パリ五輪・スポーツクライミング日本代表
安楽宙斗(17歳)インタビュー前編

「僕はそんなに、器用なタイプではないんですよね」

 今夏のパリ五輪にスポーツクライミング日本代表として複合種目のボルダー&リードに出場する安楽宙斗(あんらく・そらと/17歳)選手。大事なシーズンの幕開けを控える安楽選手に、進路について訊ねると、悩ましそうに言葉を紡ぎ始めた。

「僕は目の前にあることしか見えなくなるんですよね。だから、ひとつのテーマに向き合って深く考えられればいいんですけど、今はそれが難しくて......」

 安楽選手は現在、高校2年生。この学年の正月を挟んだ冬の季節は、多くの人にとって"人生最初の選択"に迫られるタイミングだ。進学か、就職か、進学するならどんな学校に進みたいのか──。岐路を前にして立ち止まって考える。

 それは、オリンピアンになることが決まっている安楽選手であっても同じだ。ただ、安楽選手は自身としっかり向き合えないことに、ジレンマを抱えているという。

「進路志望はそろそろ決めないといけないんですけど、まだ迷っていて。迷うというか、なにも考えられなくて......。

 卒業後はクライミング一本で、と思っても、『将来を決めるのは、大学を出てからでもいいんじゃないか』って親からアドバイスされると『そうだよな』ってなっちゃう。じゃあ大学進学ってなっても、大学で何を学びたいのか、ぜんぜん思い浮かばなくて。萩野公介さんにお会いする機会があったんで、『どうやって決めたんですか』って聞いたんです」

 競泳日本代表として2016年リオデジャネイロ五輪・男子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した萩野さんが最初にオリンピックに出場したのは、作新学院高校3年生だった2012年ロンドン五輪。高校生オリンピアンとして進路志望を経験した"先輩"である。

【オリンピックが1年ずれてくれたらなあ...】

「萩野さんは、たくさんの選択肢ができるように準備したそうなんです。萩野さんが日本代表を決めたのはオリンピックイヤーの4月で、それまでは競技に集中して。もし日本代表になれなかった時に迷わないようにって。それでロンドン五輪に出たあと、用意しておいた選択肢からいろいろ考えて東洋大学に決めた──とアドバイスしてもらって。

 それを聞いて『なるほど!』と思ったんです。だけど、自分自身に当てはめてみたら、そんな器用なことができるタイプじゃないなあって(笑)。クライミングのことを考えだしたら、そればっかりになっちゃいますから」

 安楽選手が進路に悩むのは、目の当たりにする同級生たちの姿にもあるようだ。

「同級生はだいぶ決めていて、すでに受験勉強をしている人もいて。なのに、僕はまだ決めきれず......。決めなきゃいけない時期なんで『決めた!』と思っても、日が変わると考えが変わっちゃう。

 夏にはオリンピックがあって、そこに向かって全力で集中したいのに、進路のことも考えなきゃいけない。オリンピックが1年ずれてくれたらなあ......とさえ思っちゃいます」

 安楽選手が通う千葉県立八千代高校は、県下で進学校として知られている。高校受験の頃は、将来は何を目指していたのかを尋ねると──。

「将来の目標があったわけではなかったです。高校生の間にクライミングのワールドカップに出たいなあ......って思っていたくらいで。ただ、高校受験はその結果によって人生が大きく変わるくらい壮大なものだって思い込んでいたので、めちゃめちゃ勉強しました」

 安楽選手はユース年代の国内大会・世界大会で結果を残してきたが、受験勉強の最盛期にクライミングジムに行くのは週1回で2〜3時間ほど。それ以外はずっと勉強に打ち込んで、見事に志望校に入学。そこからの2年間の学校生活を振り返ってもらった。

「高校1年生の時は普通の学校生活でした。日本代表ではなかったので、国内大会は週末なのでちゃんと学校に通っていました。世界ユース大会で優勝してもニュースに取り上げられるわけではないので、学校の人たちも知らなかったんじゃないかな」

【友だちがオリンピックを忘れさせてくれる】

 それが、2023年シーズンは一変する。

 2月にあったボルダージャパンカップ、リードジャパンカップとも7位に終わったものの、4月のボルダー&リードジャパンカップで優勝。世界選手権の日本代表の座を射止めると、2週間後に開催されたボルダーワールドカップ八王子で、W杯初出場ながら5位。そこから快進撃が始まる。

 ボルダーW杯、リードW杯ともに年間1位を獲得。8月の世界選手権ではボルダー4位、リード2位、ボルダー&リード4位。そして11月、パリ五輪アジア大陸予選で優勝してパリ五輪への出場権を手にした。

 ニュースやスポーツ番組などで取り上げられることが一気に増えたことで、学校生活にも変化が生じたという。

「それでもクラスメイトは今までどおり普通に接してくれるんですけど、ほかのクラスの人や学年が違う人たちから"見られている"ようになりましたね。それが居心地が悪くて。でも、最近はそれも割りきれるようなったというか、慣れてきました」

 慣れたことでの割りきりは、メディアからの取材でもできるようになったと打ち明ける。

「最初の頃は取材が入ると、カメラマンが困らないように動こうとか気にしちゃって、練習に身が入らなかったんですよね。取材を受ける時も、ちゃんと伝わるようにと思ってしゃべりすぎてしまっていたんですけど、最近はそこも気にしないようにしています。回数を重ねて慣れたこともありますが、割りきれるようになりました」

 こうした変化の要因は、友だちの存在もあるという。

「去年はクライミングが忙しくて、友だちとぜんぜん遊べなくて。でも、オフシーズンにクライミングと関係ない友だちと一緒に遊ぶ時間がつくれて、すごくリフレッシュできたんですよね。クライミングとかオリンピックとかを忘れさせてくれる。

 もしかしたら、友だちが気を遣ってそう仕向けてくれているのかもしれないですけど、そうだとしてもそれがすごくありがたくて。そういう友だちがいることで、また次に向かう気持ちが湧いてきたという感じでした」

 安楽選手は進路志望に悩みながら、オフシーズンは昨年よりもバージョンアップできるようにトレーニングに取り組んできたという。インタビュー後編ではパリ五輪に向けた自信や、シーズン初戦となる2月のボルダージャパンカップやリードジャパンカップへの意気込みをお届けする。

(後編につづく)

◆安楽宙斗・後編>>「パリ五輪で1932年以来92年ぶりの快挙へ」


【profile】
安楽宙斗(あんらく・そらと)
2006年11月14日生まれ、千葉県八千代市出身。父の影響により小学2年生からクライミング競技を始める。世界ユース選手権のリード種目で2連覇(2021年〜2022年)するなど世代最強の実力を示してシニアに転向。2023年のワールドカップはボルダーとリード両方で総合優勝を果たし、同年11月にジャカルタで開催されたアジア大陸予選で優勝してパリ五輪への切符を獲得した。身長168cm。ウィングスパン182cm。

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