現役アイドル兼プロレスラーの渡辺未詩 情緒不安定状態で組まれた絶対エースとの一戦に「ここで変わらないと、たぶん一生このままだ」

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2024年02月28日 10:41  webスポルティーバ

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■『今こそ女子プロレス!』vol.16

渡辺未詩 前編

「みんなープロレスのこと好きかーーーーーーーー????? 私は大好きだーーーーーーーー!!」

 渡辺未詩の入場曲『チョコっとラブMEドゥー』。この曲のイメージが強いからか、彼女は根っからのプロレス好きという印象がある。「アップアップガールズ(仮)」の妹分として2017年8月にデビューした「アップアップガールズ(プロレス)」(以下、アプガプロレス)のメンバー。現役アイドルでもある彼女は、アイドルもプロレスも、とにかく楽しんでいる印象なのだ。

 得意技はジャイアントスイング。だれもが知っているこの技を、彼女は徹底的に磨き上げた。ソフトボールで鍛えた強い肩で、相手選手をブンブンと振り回す様は圧巻。2023年2月21日、武藤敬司の引退興行で披露した際には、東京ドームがどよめいた。Xのトレンドには、すぐさま「東京ドーム」「ジャイアントスイング」「アイドル」の文字が並んだ。

 3月31日に開催される東京女子プロレス両国国技館大会で、渡辺は団体最高峰のベルト「プリンセス・オブ・プリンセス王座」に挑戦する。キャリア6年。順風満帆に見えるが、ここに至るまでには葛藤があった。

「プロレスが大嫌いでした。『私、何やってるんだろう?』って、毎日泣いていました」

 挫折と絶望を繰り返した、渡辺未詩の半生とは――。

【アイドルへの憧れと現実】

 渡辺は1999年、埼玉県に長女として生まれた。彼女は「ごく普通の家族」と言うが、厳しく育てられたようだ。外出先で連絡を返さないと「携帯を解約する」と言われ、テレビを見過ぎるとB-CASカードを抜かれた。

 2000年代、モーニング娘。が大流行し、日常的にテレビでアイドルを目にして育った彼女は、物心ついた頃にはアイドルに憧れを抱いていた。小学校高学年になるとAKB48ブームが起こり、憧れは夢へと変わった。将来、自分もキラキラしたアイドルになりたいと思うようになった。

 中学はソフトボール部に入部。前田敦子主演の映画『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』に憧れて、「あっちゃんみたいな青春を送りたい!」と思ったのがきっかけだ。

 朝練から夜遅くまで、ソフトボール漬けの毎日が始まった。渡辺は筋肉がつきやすいタイプで、見る見るうちに筋肉質な体になっていった。

「華奢なのが正義だと思っていたので、すごく嫌でした。でもボールを捕るためには足腰と肩を強くしなければいけないから、逃げられなかった。たくさん日焼けもして、思い描いていたアイドル像からどんどんかけ離れていくのが本当につらかったです」

 中学3年生の時、受験を控え、クラスメイトたちが将来のことを考え始めた。渡辺の親友は、調理師になるために専門高校に行くという。衝撃を受け、「自分は何がやりたいんだろう?」と考えた時、「アイドルしかない」と思った。アイドルになるには、ルックスもスタイルも、何もかもが足りないと思ったが、好きなアイドルのサクセスストーリーを見聞きするうちに、「可能性はゼロではない」とも思うようになった。

 高校でもソフトボール部に入部。筋肉質だったことから「自分は太っている」と思い込み、不健康なダイエットを繰り返した。

「今考えると、たぶんそこまで太ってなかったんですよ。でも気になる年頃だったので、断食したり、キャベツに塩をかけて食べたり......。その反動でめっちゃ太って、『もう無理だ、アイドルなんてなれない』と絶望しました」

【ネガティブに思っていた「筋肉」が喜ばれたオーディション】

 アイドルになる夢は捨てられずにいた。時代は"アイドル戦国時代"。テレビに出られるアイドルは、ほんのひと握りだ。そんな中、ステージを中心に活動していた乙女新党のライブに行き、渡辺は「私はこれになりたい」と思った。高校2年生の時、乙女新党の解散ライブの際には、もう乙女新党にはなれないことが悔しくてたまらなかった。そこから"ステージアイドル"(と、渡辺は呼ぶ)のオーディションに応募するようになった。

 とあるグループの候補生に選ばれたが、グループ内のオーディションで落ちてしまう。それでもどこか諦めきれずにいたところ、高校3年生の夏休み直前に見つけたのが、アプガプロレスのオーディションだった。

 2017年8月にスタートした、アップアップガールズとDDTプロレスリングのコラボレーション企画。「歌って、踊って、闘える」最強のアイドルを目指すという。プロレスの知識はまったくなかったが、アップアップガールズ(仮)も富士山の山頂でライブをするなど"アスリート系アイドル"ではある。ももいろクローバーZもプロレスラーとよく絡んでいるし、ドラマ『豆腐プロレス』(テレビ朝日系)にもAKB48グループのメンバーが多数出演していた。漠然と「なんとかなるだろう」と思った。

「とりあえず『プロレスとは』で検索したんですよ。そうしたら『闘う』という言葉もあったけど、『世界最大級のエンターテイメント』とも書かれていて。訳がわからなかったです。とはいえ、大きい事務所だし、『プロレスはとりあえずいいや』くらいの気持ちでオーディションを受けました」

 書類審査を通過し、二次審査の面接に進んだ。筋肉を見せると、審査員に喜ばれた。それまで受けたオーディションでは、「もうちょっと痩せようか」「髪型を変えようか」と言われ、ダンスレッスンの時に鏡に映る自分の肩幅にネガティブな気持ちになっていたが、ここではそれが喜ばれる。何かを掴んだ気がした。

 選考が進む中、初めて東京女子プロレスの試合を生で観た時、「これは私がやりたいことにものすごく近い」と思った。

「アイドルって、いつもキラキラしていて、夢を与えてくれる。その一方で、10代、20代という人生において大切な時期に、いろんなものを犠牲にしていることへの儚さとか、美しさがあるんです。プロレスを初めて観た時、『同じ感覚だ!』と思いました」

 渡辺は最終オーディションの合格者4人(ミウ/現「渡辺未詩」、ラク/現「らく」、ヒカリ/現「乃蒼ヒカリ」、ヒナノ/後の「ぴぴぴぴぴなの」2019年4月に引退)の中に選ばれ、8月27日、横浜アリーナで開催された@JAM EXPOでステージデビューした。

【「ここで変わらないと、たぶん一生このままだ」】

 同年9月から、正式にプロレスの練習が始まった。プロレスラーとしてのデビューは2018年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会と決まっている。

 渡辺のモットーは「全力」。それまでは、どんなことに対しても全力で向き合って生きてきた。プロレスの練習も全力で頑張ろうと意気込んでいたが、やればやるほど「私、何をやってるんだろう?」と落ち込むようになった。

 筋肉をつけなければいけないのも嫌でしかたなかった。今でこそ"筋肉女子"がブームで、女性が筋トレをするのが当たり前になっているが、当時の渡辺にとっては「華奢が正義」。ジムで泣きながら筋トレをした。

「デビューしたらもう辞められない。『他のアイドルになるなら、筋肉がつく前に1分1秒でも早く辞めたほうがいい』と、らくちゃんと練習帰りにずっと話してましたね」

 ギリギリの状態で迎えたデビュー戦。スポーツ経験があった渡辺は、他のメンバーよりも頭ひとつ抜けていた。しかし、もともとプロレスラー志望だったヒカリに知識で負けている。デビューの翌週にはヒカリに丸め込みで負け、丸め込みの意味もわからぬまま負けたことに悔しさを覚えた。頑張りたいけれど、どこを目指したらいいかわからない。逃げることもできず、深みにはまった。

 6月27日、新宿FACEにて「アップアップ東京女子(プロレス)(仮)」という興行が開催されることになった。アプガプロレスのメンバー4人が、それぞれ先輩レスラーとシングルマッチを行なう。ラクと対戦することになった辰巳リカは、大会前の会見でこう言った。「アイドルもプロレスも、全力でやっているようには見えない」――。

「悔しかったですね。たぶん人生で一番悔しかったと思います。全力が自分のモットーだったはずなのに......。悔しすぎて、SHOWROOMの配信中にガチ泣きしました。告知の途中で『どうしたらいいかわかんないし!』って。情緒不安定でしたね」

 大会当日、渡辺は山下実優とシングルが組まれた。山下は東京女子プロレスの絶対エース。恐怖心もあったが、「ここで変わらないと、たぶん一生このままだ」と思い、やれることはすべてやった。悔しさ、もどかしさ......初めてすべての感情を試合でぶつけた。

 敗れはしたが、観客は大いに沸いた。大会終了後にファンから「感動した」「いつか倒そうね」といった言葉を掛けられ、初めてプロレスで充実感を得た。それまで何を目指せばいいかわからなかったが、「山下実優に勝てるようになるくらい頑張ればいいんだ」という目標ができた。

 人は、きっかけひとつで劇的に変わることがある。渡辺は山下との一戦をきっかけに、劇的な変化を遂げる――。

(後編:坂崎ユカの涙で気づかされたこと「ユカさんは世代交代を望んでいない...」>>)

【プロフィール】
●渡辺未詩(わたなべ・みう)

1999年10月19日、埼玉県生まれ。159cm。2017年8月、「アップアップガールズ(プロレス)」のオーディションに合格し、8月27日、@JAM EXPOでステージデビュー。2018年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会にて、ラク&ヒカリvs.ヒナノ&ミウ戦でプロレスデビューを果たす。2019年11月3日、辰巳リカとのタッグ「白昼夢」でプリンセスタッグ王座を戴冠。2022年10月9日、インターナショナル・プリンセス王座を戴冠。2024年1月6日、山下実優の持つプリンセス・オブ・プリンセス王座の挑戦権を賭けたバトルロイヤルで5選手による闘いを制し、挑戦権を得た。X:@uug_p_miu

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