東京女子プロレスのパワーファイター渡辺未詩が坂崎ユカの涙で気づかされたこと「ユカさんは世代交代を望んでいない...」

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2024年02月28日 10:41  webスポルティーバ

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■『今こそ女子プロレス!』vol.16

渡辺未詩 後編

(前編:情緒不安定状態で組まれた絶対エースとの一戦に「ここで変わらないと、たぶん一生このままだ」>>)

 2018年1月4日の東京女子プロレス後楽園ホール大会で、リングネーム「ミウ」でプロレスデビューした「アップアップガールズ(プロレス)」(以下、アプガプロレス)の渡辺未詩。アイドル志望だった彼女はプロレスに対して前向きになれず、何を目指せばいいのかわからずにいた。しかし6月、山下実優とシングルマッチをしたことで、意識がガラリと変わる。そこから劇的な変化を遂げた。

【人の"倍"練習するようになった意外な理由】

 プロレスと本気で向き合うようになり、それまでプロレスを観てこなかったことをコンプレックスに感じるようになった。同じアプガプロレスのメンバー、ヒカリ(現「乃蒼ヒカリ」)はプロレス志望で入ってきている。中学時代からプロレスファンのヒカリには、知識では追いつけない。

 事務所の社長に「とにかくプロレスをたくさん観なさい」と言われたが、プロレスを長く観るのはしんどかった。理由のひとつとして、プロレスラーは肌の露出が多い。アイドルしか見てこなかった渡辺は、そこに抵抗を感じた。

「プロレスラーのコスチュームの布の面積が少ないことに見慣れてないせいもあったと思います。自分が露出するのも嫌でしたから。お腹を出すのも嫌だし、コスチュームも嫌だった。ピンクだったのがせめてもの救いでしたね」

 プロレスの知識もない。プロレスを観るのも抵抗がある。ならば、人より多く練習するしかないと思った。

 東京女子プロレスの選手が増えた時、合同練習の時間を先輩後輩で分けることになった。ダンスレッスンでも"うまい人を見て学ぶ"という認識だった渡辺は、先輩がいなければ上達できないと思い、「見学だけでもさせてほしい」と直訴。見学しているうちに「どうせなら練習してもいいよ」と言われ、1部も2部も練習するようになった。文字通り、人の"倍"の量を練習するようになったのだ。

 8月3日、アプガプロレスは世界最大級のアイドルフェス「TOKYO IDOL FESTIVAL2018」(通称「TIF」)に出演。会場で路上プロレスも行なった。アイドルオタクの渡辺には、TIFでプロレスの企画が開催されることのすごさがよくわかった。プロレスはすごいのかもしれない。自分たちにしかできないことをしよう――。プロレスに対するモチベーションが上がった。

【肉体改造し、パワーファイターとして開花】

 11月17日、新木場大会で乃蒼とタッグを組み、マジカルシュガーラビッツ(坂崎ユカ&瑞希)が持つプリンセスタッグ王座のベルトに挑戦。敗れたものの、初めてタイトルマッチを経験して「ここを目指せばいいんだ」という明確な目標ができた。技術はまだまだ足りないが、自分にはパワーがある。パワーを活かせば上に行けるかもしれないと考えるようになった。

 12月31日、アプガプロレス初の単独ライブが決まった。1カ月間前から、メンバーそれぞれが単独ライブに向けて何かに挑戦する企画が始まった。ラク(現「らく」)はチョップ強化、ヒカリは動画撮影。渡辺に言い渡されたのは「肉体改造」だった。

「その時もまだ筋肉をつけるのが嫌すぎて、毎日泣いてたし、プロテインも隠れて捨ててたくらい。でも自分はパワーで生きていかなきゃいけないと思って、とりあえず3日、とりあえず5日みたいに続けてたら、1カ月、毎日ジムに通えたんです。かなり体が変わって、褒められるとすごい嬉しくて。ジムと道場と家の往復の日々が始まりました」

 その単独ライブを機に、メンバーはリングネームを変更。「渡辺未詩」と名前を変えてからの、彼女の活躍は目覚ましい。2019年11月3日のDDT両国国技館大会にて、辰巳リカとのタッグ「白昼夢」で沙希様&操と対戦し、プリンセスタッグ王座を戴冠。2021年2月11日の後楽園ホール大会で、東京女子プロレス最高峰のタイトル「プリンセス・オブ・プリンセス王座」に挑戦。王者・辰巳に惜しくも敗れたが、見事なパワーファイターぶりを発揮した。

【「世代交代」という言葉の呪縛】

 2022年7月から開催された東京プリンセスカップで、渡辺は東京女子プロレス旗揚げメンバーの中島翔子、山下実優を下し、決勝に駒を進めた。決勝戦の相手は、やはり旗揚げメンバーのひとりである坂崎ユカ。ファンの間で世代交代の期待が高まり、渡辺もそれに応えるかのように「先輩の壁を越えられるように頑張りたい」とコメントした。

 8月14日に迎えた決勝戦は凄まじい試合だった。坂崎のプロレスは、いつもは強さの中にどこか相手を包み込むような優しさが感じられる。しかし、この時は違った。明らかに渡辺を本気で潰しにかかっていた。渡辺がジャイアントスイングを仕掛けると、坂崎は驚異的な腹筋の力で起き上がり、ブレーンバスターで返してみせた。

 女子プロレスの魅力が「男子よりも感情が出やすい」ところにあるならば、この試合ほどその魅力に溢れた試合はそうそうないだろう。双方の感情があまりにも剝き出しで、見ているのがツラくなるほどだった。特に坂崎にとって、絶対に負けられない試合なのは明白だった。

 結果は、坂崎の勝利。優勝トロフィーを抱えた彼女は、泣きながらこう言った。「私だって、応援されたい」――。

「私はアイドルオタクだから、AKBの総選挙とかを見てきたし、ファンの人たちが世代交代を望む気持ちがよくわかるんです。でもユカさんと闘って、当たり前なんですけど、ユカさんはそれを望んでいないことに気づかされました」

 トーナメントで負けた悔しさよりも、周りの人に話を合わせるように自分も「世代交代したい」と思ってしまったことが悔しかった。恥ずかしかった。坂崎に謝りたかった。しかし、謝って済む問題ではない。どうしようもできない悔しさでいっぱいだった。人生は難しいと思った。

 10月9日、TOKYO DOME CITY HALL大会にて、アレックス・ウィンザーが持つインターナショナル・プリンセス王座のベルトに挑戦し、戴冠した。宮本もか、トリッシュ・アドラ、ジャナイ・カイを相手に防衛を重ねた。

 8月の坂崎戦をきっかけに、「自分はプロレスラーである前に、人として成長しなければいけない」と思った。人として、まだまだ知らないことが多すぎる。それがプロレスラーとしても弱みになっていると感じた。

 坂崎も山下も伊藤麻希も、海外経験を経て手にした強さがある。渡辺はインターナショナルのベルトを持って外国人選手と闘うことで、未知との遭遇を楽しんだ。

 2023年3月18日、有明コロシアム大会にて、辰巳リカの挑戦を受けた。渡辺にとって辰巳は先輩であり、タッグパートナー。ずっと自分をリードしてくれている尊敬する辰巳に挑戦されたことで、坂崎戦以降、考え続けていたことの答えが出た。

「先輩たちも成長しているということを、リカさんと闘ってあらためて肌で感じました。リカさんは普段から何が起きるかわからない闘いをしているし、いつも道場で会う中島さんも『いまだに、そんな知らない動きをやろうとしてるの?』っていうくらい向上心があって、ずっと成長しようと努力し続けてるんです。『止まらないな、この人たち』という気持ち。そんな先輩たちのことを壁に例えるなんて、不適切すぎる」

 辰巳に敗れ、ベルトを落とした。しかし、自問自答しながら成長できた一戦だった。

【東京女子プロレスという「マラソン」の先頭へ】

 今年1月6日、新宿FACE大会にて、山下が持つプリンセス・オブ・プリンセス王座の挑戦権を賭けたバトルロイヤルが行なわれた。渡辺は5選手による闘いを制して挑戦権を得た。そして3月31日、両国国技館大会で山下とタイトルマッチを行なう。

「初めて山下さんとシングルで闘った日(2018年6月27日)に思った、『山下さんを倒したい』という目標を大切にしたい。ただただ、私が山下さんに勝ちたいという感情なので、世代交代という見方はしていないし、しないでほしい」

 渡辺は「東京女子プロレスはマラソンだ」と考えている。最初はずっと山下が先頭を走っていて、次に坂崎と中島が先頭を走り、辰巳やハイパーミサヲがいて、瑞希が入って来て、瑞希が坂崎を追い抜き、今はまた山下が先頭を走っている。渡辺はずっと一番後ろを走っていて、2022年の夏に一瞬並んだが、そこからまた猛スピードで先輩たちが走り始めた。渡辺も「山下さんはまだ背後からしか見えない」と話す。

 山下のことは、2022年の東京プリンセスカップ準決勝で一度倒している。そういう意味で、今度のタイトルマッチで再び"並ぶ"ことはできるかもしれない。しかし彼女を追い越して、その後も先頭を走り続けるためには、3月31日までに今よりもっと成長しなければならないと感じている。

 東京女子プロレスの選手にインタビューをすると、「東京女子が大好き」と口を揃えて言う。本当に全員が同じことを言うので、こちらが困ってしまうくらいだ。

「東京女子って、ただただ幸せしかない空間なんですよ。みんながキラキラしていて、嫌なものとか嫌なこととかが一切ない。純粋に、『もっと強くなりたい』『もっとキラキラしたい』と頑張っている人たちの集まりなんです」

 子供の頃からアイドルに憧れていた渡辺。アイドル兼プロレスラーとしてデビューして、最初はプロレスが嫌いでしかたなかった。毎日泣いていた。しかし気がつけば、彼女の中で「アイドルとプロレスは同じもの」という認識になっていた。どちらもファンが応援してくれる中で、ファンに向けて届けている。それが歌っているか闘っているかの違いだけで、彼女の中ではまるっきり同じものだ。

「夢はなんですか?」と聞くと、「東京女子プロレスでみんながずっと幸せに生きていくこと」と答える。そんなイノセントな夢を語るプロレスラーがほかにいるだろうか。渡辺未詩が先頭を走るマラソンを見てみたいと、心から思った。

【プロフィール】
●渡辺未詩(わたなべ・みう)

1999年10月19日、埼玉県生まれ。159cm。2017年8月、「アップアップガールズ(プロレス)」のオーディションに合格し、8月27日、@JAM EXPOでステージデビュー。2018年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会にて、ラク&ヒカリvs.ヒナノ&ミウ戦でプロレスデビューを果たす。2019年11月3日、辰巳リカとのタッグ「白昼夢」でプリンセスタッグ王座を戴冠。2022年10月9日、インターナショナル・プリンセス王座を戴冠。2024年1月6日、山下実優の持つプリンセス・オブ・プリンセス王座の挑戦権を賭けたバトルロイヤルで5選手による闘いを制し、挑戦権を得た。X:@uug_p_miu

【大会情報】
■大会名:GRAND PRINCESS '24
■日時:2024年3月31日(日)開場13:00 開始14:00
■会場:東京・両国国技館
■対戦カード
プリンセス・オブ・プリンセス選手権試合
<王者>山下実優 vs. 渡辺未詩<挑戦者>
※第13代王者4度目の防衛戦。
※ほか数試合予定。

詳細はこちら>>https://www.ddtpro.com/schedules/21824

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