マイクロソフトが狙うのは「CopilotのWindows化」? プライベートイベントの取材から考察

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2024年02月29日 12:31  ITmediaエンタープライズ

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日本マイクロソフト 代表取締役社長の津坂美樹氏

 「これまで1年余り話題で持ち切りだった生成AIは、これからいよいよ本格的に活用されるようになっていく」


マイクロソフトが狙うのは「CopilotのWindows化」? プライベートイベントの取材から考察


 日本マイクロソフト(以下、マイクロソフト)代表取締役社長の津坂美樹氏は、同社が2024年2月20日に東京ビッグサイトで開催したプライベートイベント「Microsoft AI Tour Tokyo」のオープニングキーノートでこう切り出した。2023年、OpenAIの対話型チャットbot「ChatGPT」を担いで生成AI(人工知能)市場にいち早く参入した同社が、その勢いをさらに拡大しようとグローバルで実施しているプロモーションの一環だ。同イベントの取材を通じて、Microsoftの生成AIにおける最新の取り組みとともに、その根本にある考え方、そして筆者なりに市場競争のポイントを探ってみたい。


●全てのクラウドサービスにCopilotを組み込み


 「生成AI活用の経済効果は2025年度までに中小企業だけで11兆円、日本全体では34兆円に上る。これは日本のGDP(国内総生産)の約6%に相当する」


 津坂氏は冒頭の発言に続いて、経済産業省の試算を基に生成AIのインパクトについて述べ、「その背景には少子高齢化や労働人口の生産性といった日本が抱える問題の解決につながるのではないかとの見方がある。さらに、クラウド化の促進や意思決定の迅速化、新たな働き方やビジネスの創出につながるユースケースがどんどん出てくると期待されている」と説明した。


 その上で、同氏は「MicrosoftはかつてPCの普及に努めてきたが、これからは(Microsoftが提供する生成AIである)『Copilot』をお客さま一人一人にお届けしたい。そのために、当社は全てのクラウドサービスにCopilotを組み込んでいる」と、Microsoftの取り組みを紹介した。2023年後半にMicrosoftが早期ユーザーを対象として実施した調査では、「70%が生産性向上」「67%が時間を節約」といった結果が出たとしている(拡大画像)。


 津坂氏はCopilotについて「Copilotは“副操縦士”。“操縦士”である皆さんそれぞれがやりたいことをサポートする役目だ。MicrosoftはCopilotを“AIの民主化”を体現するプラットフォームとして普及させていきたい」と説明した。


 津坂氏に続いて登壇したのは、米Microsoftのエグゼクティブバイスプレジデント(EVP)でサティア・ナデラCEO(最高経営責任者)直属のチーフマーケティングオフィサー(CMO)を務める沼本 健氏だ。


 「AIによるビジネスの変革が、これから本格的に始まる」と切り出した沼本氏は、AIトランスフォーメーションが企業に大きな影響をもたらす領域として、「従業員体験の充実」「顧客エンゲージメントの改革」「ビジネスプロセスの再構築」「イノベーションのカーブを曲げる」(イノベーションを起こしやすくする)の4つを挙げた。


 これらに対し、Microsoftは何をするのか。同氏は次の3つを挙げた。


1. Copilotでビジネス全体の生産性を向上


2. オープンなAIプラットフォームとパートナーエコシステムで各社特有のAI機能を構築


3. 信頼に基づく共同イノベーションでビジネスの保護


 以下、それぞれに同氏の説明のエッセンスを記しておく。


●マイクロソフトが狙う「CopilotをWindowsのように」


 1については、Copilotがビジネス全体に生産性向上をもたらす要因として「エンタープライズグレードのセキュリティ、プライバシー、コンプライアンスに対応した責任あるAI」「アウトプットは常に制御可能」「社内データとWebデータの包括的活用」の3つを挙げた。また、Copilotは汎用的に使えるとともに、さまざまな業務向けに適用したサービスとしても展開していく。例えば、セールス向けなら「Microsoft Copilot for Sales」といった具合だ。


 2は、Microsoftが提供するCopilotを導入するのではなく、オープンなAIプラットフォーム「Azure AI」と、パートナー企業との連携によって、顧客企業が独自のAI機能を構築できるという意味だ。Azure AIは現在グローバルで5万3000社以上が利用している。「そのうち3分の1以上がこれまで(クラウドサービスの)Azureを使っていなかった新規顧客」(沼本氏)とのことだ。Azureユーザーの拡大がCopilot展開の重要な目的の一つであることが見て取れる。さらに同氏は、Azure AI上では、大規模言語モデル(LLM)としてOpenAIの「GPT」だけでなくMetaの「Llama 2」やCohereの「Cohere」なども利用できると説明した。LLMを複数利用できることは、これまでMicrosoftはあまり発信していなかったのではないか。少なくとも筆者には新鮮に聞こえた。


 パートナー企業について同氏は、「Microsoftのパートナーエコシステムとしてはグローバルで40万社以上と提携しているが、その中からAIに特化したエコシステムを現在整備しているところだ。日本では既に150社以上がAIに特化したパートナーとして活動している」ことを明らかにした。


 上記の「5万3000社以上」も「150社以上」も、おそらく同社が生成AI市場で大きく先行していることを知らしめるには十分に効果的なのだろう。マイクロソフトのそうした意図を感じる数字だ。


 3について沼本氏は「どんな技術革新もリスクを伴う。技術が強力であればあるほど、リスクへの対処は重要になる。AIはまさしくそういう技術なので、設計段階から安全性や信頼性には最大限の配慮を払う必要がある」と話す。そのため、Copilotについては「Copilot Copyright Commitment」を掲げ、対応を図っている。


 「MicrosoftはAIトランスフォーメーションをリードするチャンスを皆さまにお届けしたい」と述べてキーノートスピーチを締めくくった沼本氏は、その後、記者会見に臨んだ。そこで筆者は「MicrosoftがCopilot普及の今の勢いを今後も維持し拡大する上で一番のポイントは何か」と聞いた。すると、同氏は次のように答えた。


 「最も重視しているのはCopilotを世の中に浸透させるスピードだ。そのため法人向けも個人向けも、また有料版だけでなく無料版の数の伸びも注視している。浸透のスピードを重視しているのは、Copilotを『Windows』のように常日頃、習慣として使ってもらえるものにしたいからだ」


 「CopilotをWindowsのように」という発言に、MicrosoftがCopilotに注力している理由が集約されているのではないか。同社のCopilotに対する根本的な考え方はこの点にあるといえよう。


 そんなマイクロソフトの生成AIに関する市場競争において、筆者が今後注目したいのは、エンタープライズ(大企業)向けアプリ(SaaS《Software as a Service》)市場の勢力図を同社が塗り替えられるかどうかだ。ERP(Enterprise Resources Planning)やCRM(Customer Relationship Management)といったエンタープライズアプリ市場では、SAPやオラクル、セールスフォースが大きな存在感を持ち、マイクロソフトはそれらの牙城をなかなか切り崩せないで来た。そうした状況をCopilotで揺り動かし、競合他社を追撃することができるか。競合他社も生成AIの組み込みには注力しており、リプレース合戦が繰り広げられることになるかどうか、注視したい。


 一方で、ユーザーから見れば、市場競争によってアプリのクオリティーのレベルアップが大いに期待できる。ERPやCRMが生成AIでどう変わるのか。こちらも注視したい。


○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功


フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。


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