気分は上げるがテクニックは求めない──下村企販「珈琲考具」は“素人のための道具”だった

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2024年02月29日 22:01  ITmedia NEWS

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珈琲考具「ドリップポットITTEKI Pro」は6600円。容量は1L(満水)、適性容量は0.7L

 何の道具にせよ、“プロ用”というものがあって、何となくひかれるのだけど、素人には単なる使いにくい道具であることも多い。それこそ、初期の日本語変換ソフトで圧倒的に人気があった「ATOK」は、そのビジネス文書に特化した辞書が、様々なスタイルの文章を媒体に合わせて書くプロのライターにとっては、その便利さがかえって使いにくかった。それは現在の予測変換も同じで、むしろプロにとってはとバーッと読みが同じ漢字があるだけ並ぶ方が楽だったりするのだ。


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 といった具合に、プロ用というのは使いやすさよりも、自由度の高さや応用範囲の広さを重視した、道具としてはプリミティブというか素朴なものだったりするのは、実は多くの人がちゃんと知ってはいる。それでも、つい「プロ用」という言葉に魅力を感じてしまうのが素人のマニアだったりして、それは、例えば、コーヒーやお茶などを淹れる道具のような、差が分かりにくいくらいシンプルなものでは、プロ用を使うにこしたことはないと考えてしまうのも無理はないと思う。


 ただ、もう何年も、ほぼ毎日、自分のためにコーヒーを淹れている私としては、おいしく淹れられることと同じくらい、楽に淹れられて、片付けが簡単であること、キッチンで場所を取らないことが重要になってくる。淹れるのが面倒だと思わないでいられることが、一番重要なのだ。だって、目的は淹れる事ではなく、飲むことだからだ。


 下村企販のブランド「珈琲考具」のサイトには、トップに「味にこだわりたい、気軽に淹れたい、道具で気分を上げたい、あなたの心地よい時間に『珈琲考具』を。」と書かれていて、これはいいなと思ったのが、このブランドに注目したきっかけ。しかも、下村企販といえば、あのホットサンドメーカーの傑作「ホットパン」や、楽にフレンチトーストが作れる「フレンチバット」など、私が日常的に愛用している名品を次々と発売する「家事問屋」のメーカーなのだ。


 その珈琲考具のドリップ用ポット「ドリップポットITTEKI Pro」は、プロのようなテクニックなしに、おいしいコーヒーを淹れるためのポットとして、とてもよく考えられていると思い、その開発コンセプトを、開発スタッフの安達雅浩さんにうかがった。


 「もともと、『珈琲考具』というブランドを立ち上げるきっかけになったのが、ドリップ用のポットでした。弊社の家庭向きのキッチン用品を作る企画の中で、誰でも簡単にハンドドリップができるようにと考えて作ったポットが、たまたまプロのバリスタの方の目にとまったんです」と安達さん。その時、プロの方に「このポットを使うことによって、今まで技術がない方でもコーヒーを美味しく淹れられますよ」というような意見をいただいたという。


 そのポイントになったのが、今回の製品にも引き継がれている、「ポットを傾ける角度に関わらず、細く、真っ直ぐにお湯が注げる」という機能だ。コーヒー用のドリップポットはプロ用を始め、色々なメーカーが発売しているけれど、通常、注ぎ口の直径は約10mmが一般的。ところが、珈琲考具のポットは直径6mm(内径4.5mm)という細さなのだ。この細さのおかげで、当然、お湯は細く出るから、その分、粉への当たりもソフトになる。


 さらに、注ぎ口のカーブを工夫したことで、お湯は注ぎ口から垂直に下に落ちる。通常、傾けるほどに、お湯は勢いを増して、放物線を描くのだけど、このポットでは、傾けると確かにお湯が落ちる速度は上がるものの、放物線は描かず真下に落ちるのだ。これがどういうことかというと、慣れていなくても簡単に狙った場所にお湯を落とせるということ。


 これ、実際に使ってみると分かるのだけど、本当に楽なのだ。楽というか、ほとんど考える必要がない。ゆっくりと螺旋(らせん)を描くようにお湯を注ぐのも、中央に静かに注ぐのも、自由自在。おかげで、適当に淹れても、ほとんど雑味のないクリアなコーヒーが出来上がる。私は、実のところ、多少の雑味があった方が好きだったりするのだけど、笑ってしまうくらいクリアに入ってビックリしたのだ。これは安心して良い豆を買えるということでもあると思った。


 「そもそも、この細い口が加工できるかどうかも分からないところから始めました。で、やっぱり工場からは最初は『出来ないよ』って言われたんです。曲げの加工だけでなく、取り付ける部分も細くなるわけで、水漏れしやすかったり、壁は多かったんです。いくらコストをかけても良いというものでもないし、一般家庭のお客様が使える製品にしたいというのが一番にありましたから」と安達さん。


 直径にしても、細ければ良いというものではない。コーヒーの本などを読んで調査していく過程で、毎秒どのくらいの湯量がベストかを調べ、それを参考にして現在の6mmに行き着いたのだという。ただ、6mmだと本体に取り付ける部分で水漏れしないように加工するのは難しい。ここも従来は10mmまでだったところを、現場と協力しながら何度も試作を重ねて、加工方法を見つけてもらった。


 「実は、最初のポットでは真下には落ちなかったんです。6mmの注ぎ口で細くソフトに注げるというものでした。その次の製品で、これも試行錯誤しながら、注ぎ口の曲がる具合を調整して、真下に落ちる機能を実現しました。もう、とてもアナログで、いっぱい作って試すという方法で実現したんです」。さらに、今回の「ドリップポットITTEKI Pro」では、最後の曲げの部分から注ぎ口までの長さを調整。大きめのドリッパーを使った時でも、注ぎ口がドリッパーに触れずに、粉の近くからお湯を注げるように調整している。


 「お湯の角度を真下に落としたいというのは、私たちが考えたアイデアでしたが、注ぎ口の長さについてはユーザーさんからのフィードバックもありました。真下に落とす機能は、『ツードリップポット』という、1〜2杯用のポットを作った時に実装したのですけど、これがとても評判が良かったんです。ただ、やっぱり、4人分とか淹れたいという方もおられたし、何よりプロからの要望もあって、注ぎ口を長くしました」と安達さん。


 実際に実験しながら開発されているので、その効果は確かなもの。本当に、楽においしくコーヒーが淹れられるのは前述した通りだが、さらに、ハンドルにも工夫があるという。「ポットのハンドルって、持ち方が決まっていないんです。プロの方にしても本当に、色んな持ち方をされるので、どんな風に持っても、指がしっくりと収まる形状を工夫しました」。


 実際、逆手に持っても、上部を指で挟むように持っても、ハンドルのカーブが指にフィットして持ちやすい。人は自分の持ち方でしか試さないので気がつかないけれど、やってみると不思議なほどに、どんな風に持っても良い感じになるのは、何だか面白い。


 珈琲考具というブランドの出発点がポットだったこともあって、やはり中心となるのはポットであり、ドリッパーなのだけど、私が面白いと思ったのは、「キャニスター」と「10g メジャー」だ。何より、柄が極端に短くて、10gが測れる小さなメジャースプーンである「10g メジャー」が、キャニスターのフタの中に収納できるというのが素晴らしい。しかもキャニスターは100g用。


 「メジャースプーンも元々市場に色々出ていたんですけど、多くのスプーンは8g用だったんですね。でも、色々調べていたら、コーヒー1杯に豆10gというのがちょうどいいんじゃないかというところに行き着いて、ならば10gのスプーンが欲しいと思いました」と安達さん。


 これは偶然なのだけど、私は普段、20gの豆を使って、コーヒー二杯分(400ml)を淹れていたので、正に10gのメジャースプーンがぴったりだった。そして、このスプーンは極端に柄が短いのだが、これはキャニスターの中に収められるようにするためだという。


 「柄の短さについては、私たちも冒険だと思っていました。受け入れられるか心配だったんですが、キャニスターに入りますよという説明をすると、納得して頂いて結果、好評でした。短くて使いにくいと言われたこともありません」。このあとで柄の長いタイプも発売しているのだけど、実際、この短さで使いにくいと感じたことは私もない。むしろ指に近いところで掬えるせいか、的確に豆を計れるような気がするくらいだ。


 キャニスターが100g用なのも、豆を100g単位で購入することが多い私には使いやすい。ほぼ毎日淹れることを考えると、100gずつ、その時に飲みたい豆を買って、5〜6日で使い切るというのは、豆の鮮度も落ちず、色んな豆を気分に合わせて楽しめるからちょうどいいのだ。シングル・オリジンの豆を扱う専門店では100g単位で売られていることが多いということもある。コーヒの実を意識したという形状も、お茶も飲む私にとって、茶筒との差別化ができて助かる。


 さらに、8gと1gのメジャースプーンが前後に付いた「2cup メジャー」という製品もあって、これもまた、あるとうれしい道具だ。1gのメジャースプーンなど、通常あっても使わないけれど、こんな風に8gと一体化していると、豆の量を細かく調整したい時には助かるのだ。また、これがあることで、最適な豆の量を実験してみようという気になる。ガッツリと深入りの豆を淹れる時など、10gじゃ多いなという時に、8gや9gを簡単に計れるのもあり難い。この製品も柄が短めだけど、1gみたいな少量を計るのに、長い柄はかえって使いにくい。よく考えられているのだ。


 もう一つ、個人的にとても好きなのが「ドリップバッグスタンド」だ。コーヒー1杯用の簡易ドリッパーというか、コーヒー版のティーバッグ的な「ドリップバッグ」は、もはやすっかり当たり前の製品になったけれど、これが便利な割に、ちゃんと淹れようとすると結構面倒くさい。


 最近では、コーヒー専門店が自分のところの豆を使ったドリップバッグを出すのも当たり前になっているから、せっかくなら、ちゃんと淹れたい。でも、面倒なことはしたくない。そういう時に、この「ドリップバッグスタンド」と、「ドリップポットITTEKI Pro」の組み合わせが活躍する。


 「今でこそ100均とかでも出ちゃいましたけど、私たちはかなり早く出したんですよ。なので、形状などの権利も取得しています。とはいえ、アイデア商品的なものですし、まだ改良の余地はあると思っています。最近は全てのカップに対応しますという製品も出てきましたし」と安達さんは言うのだけど、個人的には、これはかなり良くできていると思っている。なにより、ワイヤーフレームのようなシンプルな構造が良いのだ。直方体が基本になった形状のおかげで、カップに乗せやすく、ドリップバッグもセットしやすく、上からカップの中もよく見える。


 さらに、決して大きいとはいえないバッグの開口部でも、「ドリップポットITTEKI Pro」の細い注ぎ口は自在に動かせる。螺旋状にお湯を落とすのも楽なので、ほとんどペーパードリップと同じ感じで淹れることが出来てしまうのだ。どうせお湯は沸かすのだからドリップポットを使うのも手間ではない。「ドリップバッグスタンド」を使うことで、ドリップバッグだからといって手を抜かずというか、ほとんど手間は変わらないどころか、ドリップポットを使う方が楽で早いことに気がつかせてもらえた。これこそ「珈琲考具」の面目躍如ではないか。


 どうせなら味わいを比較したりしたいと思い、今回はU+LooLeeのドリッパーを使用したけれど、珈琲考具のワイヤーフレームで作られた「ドリッパー」(偶然、発想自体は、今回私が試したドリッパーに近いものだ)にしても、楽においしく淹れられるように考えられた工夫が詰まっている。


 その全てに言えるのは、アイデアと技術が、プロのためというより、素人が本格的に楽しむ時に楽が出来るようにと考えられていること。珈琲考具とは良く言ったものだと思う。その結果、プロからも高い評価が得られているわけで、それは「淹れる」ことより「飲む」ことの方がコーヒーの楽しさであることを分かって作っているからなのだろう。素晴らしき「素人のための道具」なのだ。


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