内見せずに入居したら、隣がヤギの飼育場だった! 「メェ〜」大合唱に絶句、事前説明の義務は?

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2024年03月12日 10:40  弁護士ドットコム

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紹介動画のみで物件を決めたら、隣がヤギの飼育場だったーー。弁護士ドットコムに「事前に説明しなかった不動産屋を訴えたい」との相談が寄せられている。


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相談者によると、動画に飼育場はうつっておらず、説明文にも記載がなかったため、引っ越し後に初めて知ったそうだ。不動産屋からも一切聞いておらず、引っ越し先まで距離があるため、事前の内見は難しかったという。



家にいるとヤギの鳴き声が響き、もわっと動物独特の匂いもするといい、相談者は「事前に説明があれば、他を探すことができた」と憤りを綴っている。不動産屋に事前に説明する義務はなかったのか。不動産トラブルにくわしい瀬戸仲男弁護士に聞いた。



●宅建業者に「説明義務」はある

ーー不動産屋に事前に説明する義務はなかったのでしょうか。



宅地建物取引業者(以下「宅建業者」)には「重要事項説明」義務が課されています(宅地建物取引業法(以下「宅建業法」)35条)。



法律に列挙されている内容以外にも、取引において説明すべき重要な事項がある場合、これを調査して説明する義務があります。



ーー隣にあるヤギの飼育場から鳴き声が響き、匂いもするという事情は説明義務の対象となるのでしょうか。



物件の周りの環境についての問題点を「環境的瑕疵」といいます。環境的瑕疵にあたるか否かは「日常生活に支障があるか否か」が基準になります。



「ヤギの鳴き声が響き、匂いもするため、耐えられない」状況は「日常生活に支障がある」といえるため、物件の隣に飼育場がある事実は「重要事項」だと考えられます。



宅建業者は、隣に飼育場があるという映像を見せて、鳴き声や匂いの程度などの状況を口頭で説明し、疑問があれば現地を確認するよう伝えるべきだったといえます。義務を怠った宅建業者は、重要事項の説明義務違反として、損害賠償の責任を負います。



ーーもし、宅建業者が飼育場の映像を見せられなかった理由として「許可が得られず、個人情報保護の点からできなかった」などと主張した場合、どうすればよいでしょうか。



勝手に他人の動画撮影をすることは禁止されていますし、許可を取る必要があります。しかし、今回は許可が不要なケースと考えてよいでしょう。



個人情報保護法では「あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」とされています(個人情報保護法27条1項)が、例外も認められています。



宅建業法で重要事項説明義務が課されている場合は、例外のひとつである「法令に基づく場合」(同項1号)にあたると考えられるため、違反ではないといえます。



●契約は「取り消せる」可能性も

ーー相談者は、契約を取り消すことはできないのでしょうか。



消費者契約法には「重要な事項について事実と異なることを告げた」場合、「重要な事項について当事者の不利益となる事実を故意に告げなかった場合」に契約を取り消すことができると規定されています(消費者契約法4条1・2項)。



隣に飼育場がある事実は、宅建業者が当然に調査し知り得るべき事実にあたります。そのため「故意に告げなかった場合」であると考えられます。また「重要な不利益事実の調査に重大な過失があり、これにより当該重要な不利益事実を告げなかった」場合にあたると考え、同条2項を類推適用すると解釈することも可能だと思われます。



取消権を行使できる期間は、契約の追認(取り消すことができる行為を「取り消さない」と意思表示すること)ができるときから6カ月以内とされているため、注意が必要です。



相談者の場合、飼育場があるために鳴き声や匂いに耐えられないことを知ったときが「追認できるとき」となるでしょう。通常は引っ越したとき、購入後に物件を見に行ったときとなります。早めに弁護士などの専門家に相談しましょう。



ーー「勘違い」(錯誤)だったとして、取り消すことはできないのでしょうか。



相談者が物件を購入あるいは借りようと決めた動機については、環境が悪いと思わなかったことから「錯誤」があると考えられます。このように、契約を締結した動機に錯誤がある場合を「動機の錯誤」といいます。民法95条には、次のように規定されています。



【民法95条】(1項)意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。1 意思表示に対応する意思を欠く錯誤2 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤(2項)前項第2号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。



動機(「法律行為の基礎」とした事情)が「表示」されていることを要件として、錯誤の主張を認めることを「表示説」といい、過去の裁判例はこの考え方を採ってきました。改正された現行民法では、この説が採用されています。



相談者が物件の周辺環境についてどんなことを「表示」していたのかは不明です。ただ、採光環境や嫌悪施設の有無などを宅建業者に質問することで「表示」していた可能性も考えられます。その場合、錯誤による契約取消の主張もできるでしょう。



●不動産取引は「現地視察」が鉄則

ーー今回のようなトラブルを避けるためには、どうすればよいでしょうか。



やむを得ない事情もあったのかもしれませんが、やはり、何よりも重要なのは「現地視察」です。不動産取引をする際は「現地を見る。できれば雨の日など天気の悪い日に行く」ことが鉄則です。



自動車などの「不特定物」ならば、どこで買っても同じなので、現物を見なくてもそれほど失敗はないかもしれません。しかし、不動産は「特定物」なので、実際に目で見て確認すべきです。「特定物」とは、他に参考になるようなものがなく、物そのものを見なければ良し悪しがわからないもの、世界にひとつしかないものをいいます。



どうしても現地視察が難しければ、気になる点を何度も宅建業者に質問して会話を録音しておきましょう。グーグルのストリートビューを利用して周辺環境を見たり、現地の他の不動産会社に連絡して情報をもらったりするなど、努力を惜しんではいけません。



契約を取り消すなどのリカバリーができるとしても、失敗すること自体が大きな負担になります。弁護士に依頼する場合も安くはない費用(数十万〜数百万円)が発生しますので、十分に納得がいくまで調べてから契約しましょう。



なお、宅建業法の改正により、不動産取引の世界では数年前に「IT重説(オンライン物件案内・重要事項説明)」の方法が取り入れられ、今回のようにオンラインのみの案内や説明をすることが認められました。これは宅建業者が誠実に案内や説明をすることを前提としていますが、悪い宅建業者もいます。騙されない「賢い消費者」になるように心がけましょう。




【取材協力弁護士】
瀬戸 仲男(せと・なかお)弁護士
アルティ法律事務所代表弁護士。大学卒業後、不動産会社営業勤務。弁護士に転身後、不動産・建築・相続その他様々な案件に精力的に取り組む。我が日本国の歴史・伝統・文化をこよなく愛する下町生まれの江戸っ子。
事務所名:アルティ法律事務所
事務所URL:http://www.arty-law.com/


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