山中慎介が語る井上尚弥vsネリ「敵討ちではなく『ひとつの試合』と思ってほしい」 フェザー級転向も「問題ない」

0

2024年03月12日 17:31  webスポルティーバ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

webスポルティーバ

写真

山中慎介インタビュー 後編

(前編:那須川天心の「距離感」と「パンチの技術」 バンタム級日本人対決の可能性にも言及>>)

 スーパーバンタム級に階級を上げ、2階級での4団体統一を成し遂げた井上尚弥。3月6日には、5月6日に同級のWBC世界1位ルイス・ネリと東京ドームで対戦することが正式に発表された。ネリと2度対戦した元WBC世界バンタム級王者の山中慎介氏に、今だから語れるネリへの思い、試合の展開予想、井上のフェザー級転向の可能性などについて聞いた。

【ネリ戦の決着は「中盤から終盤」】

――山中さんは2月1日のWOWOWのイベントで、井上選手とマススパーをしていましたね。

「軽く向き合っただけなのですが、その短い時間でも体の頑丈さや強さを感じました。ずっしりとしている印象でしたね」

――山中さんはネリとの再戦(2018年3月1日)後に引退したので、あれから6年が経ちます。今、ネリに対してどんな感情がありますか?

「体重超過については、いまだに『なぜ?』と考えることがあります。ただ、6年が経って怒りの感情は薄れてきましたね。ネリはその後も体重オーバーをやらかしていますが......」

――エマヌエル・ロドリゲス戦(2019年11月23日)の前日計量で1ポンド(約450グラム)オーバー。試合は中止になりました。

「実力があるにも関わらず、なぜ体重オーバーをしてしまうのか......。スーパーバンタム級に上げてからブランドン・フィゲロアには負けましたが、その後は勝ち続け、今の位置(WBC世界同級1位)にいるわけですからね」

――ネリの戦績は36戦35勝(27KO)1敗。唯一の敗北は2021年5月15日のフィゲロア戦で、7ラウンド、左ボディでのKO負けでした。あの試合は、ネリがスーパーバンタム級に上げて2戦目でしたが、その後は4連勝。直近の3試合はKOで勝利しています。

「スーパーバンタム級にアジャストしたんでしょう。どれくらいの減量幅なのかわかりませんが、体が大きくなってパワーも増している可能性があります」

――ネリはサウスポーですが、どんなファイトスタイルですか?

「打ち始めると回転力がどんどん上がって止まらないイメージです。特に、相手をロープ際やコーナーに詰めた時は際立ちます。それは、体のバランスが悪いとできない。めちゃくちゃスピードがある、というタイプではないんですが、パンチの軌道とタイミングが独特でパンチが"遅れてくる"感じです。それはネリに限らず、メキシカンの特徴ですね」

――ガンガン前に出てくれば、井上選手のチャンスも増えそうですね。

「そうですね。前戦のマーロン・タパレスは、L字ガードや両手を高く上げて守りながらうまく戦っていました。そのタパレスに比べると、ネリのほうが隙はあると思います。タパレスにも苦戦はしていませんでしたし、ネリ戦は中盤から終盤にかけてのラウンドで倒すことができるんじゃないかと思います」

――タパレスは、山中さんのスパーリングパートナーを務めていた選手ですね。

「昔からディフェンス能力が高い選手で、ボクシングセンスはかなりありました。井上との試合ではうまく守りながら、たまに怖いパンチを打っていた。フックのタイミングがよくて相手から見えにくいんです。井上が試合後に『一発効いた』と言っていたのも右フックだと思います」

――中盤以降、タパレスがディフェンシブになって判定がよぎりませんでしたか?

「そうですね。8ラウンドくらいで『判定もあるかな』と。そんな展開でも10ラウンドで倒し切るんですから、すごいですよ」

【井上はサウスポーが得意?】

――井上vsネリに話を戻しますが、ネリ選手は日本ボクシングコミッション(JBC)から国内での無期限活動停止処分を受けていました。今回、それを解く流れになっています(※)。

「そもそも、誰が無期限活動停止処分を下し、誰がそれを解くのかって話です。『無期限』という表現は曖昧だな、と思いますね」

(※)2月26日、JBCはネリのライセンス申請資格の回復を認めると発表。

――先ほどは「井上の圧勝」と予想していましたが、山中さんも現役時代には"神の左"でのKO勝利を周囲に期待されていたと思います。それをどう感じていましたか?

「『勝って当たり前。どのように相手を倒すのか』と期待されていたので、変なプレッシャーはありました。ただ、井上は別格だと思います。彼は王者クラスの強敵を次々と圧倒して、パウンド・フォー・パウンド(PFP)でも一時は1位になったわけですから、早いラウンドでのKOや圧倒的な勝利を期待されるのは自然なこと。ただ、井上はさらなる高みを目指しているはず。"常にチャレンジする"という強い意志を感じます」

――サウスポーのネリは、オーソドックスのフィゲロアの強烈な左ボディで倒されました。左ボディは井上選手のフィニッシュブローのひとつですが、入る可能性は高い?

「オーソドックスの選手がサウスポーの選手と戦う場合は、急所のレバーが目の前にくることになりますが、そこにパンチを入れるにはタイミングが難しいんです。瞬時の判断が必要になるんですけど、井上はその判断力も長けているので、左のボディを的確に打ち込むことができます」

――井上選手は世界戦で4人のサウスポーをすべてKOで破っていて、そのうちふたりを左ボディでKOしています。

「オマール・ナルバエスと、僕のスパーリングパートナーだったマイケル・ダスマリナスですね。僕が相手でも、あの左ボディは一番もらいたくないです(笑)。でも、井上はあらゆるパンチがフィニッシュブローになる。そりゃあ強いですよ。ネリは日本では知名度がある選手ですが、実力差はあると思います」

【ネリが体重超過した試合を拒否できなかった理由】

――ネリは、山中さんとの試合でのドーピング違反と体重超過で「悪童」とも呼ばれています。井上選手との試合が、「敵討ち」というテーマで見られることについてはどう思いますか?

「井上は僕とネリとの因縁は意識していなくて、"ひとつの試合"として捉えていると思います。僕自身もそう思っておいてもらいたい。ただ最近、ネリが『山中との試合はイージーだった』と言っていたと聞きました。『ドーピングと体重超過をしたのに、そういう発言をするのは違うだろ』と。井上戦に向けては再発防止策も講じられましたが(※)、試合が行なわれない、なんてことは避けないといけません」

(※)JBCは2月26日、ネリのライセンス申請資格の回復を認めることに併せて、認定団体のWBCと協同して「事前計量(30日前、15日前、7日前)の厳格運用」と「ボランティア反ドーピング機構(VADA)による抜き打ち検査も含めた徹底したドラッグテスト」を実施することを発表した。

――大橋秀行会長は、ネリが再び体重超過をした場合はわずかな量でも試合をさせないことを明言しています。山中さんの件の影響が大きいでしょうが、試合を断ることは難しいですか?

「僕の場合は、ネリとの1回目の対戦となった13度目の防衛で失敗して、体力的にもメンタル的にも限界を感じました。これまで話したことはないですが、再戦は『現役最後の試合にしよう』という強い気持ちで挑んだんです。だから、ネリの体重超過が判明しても、『試合を中止して後日にもう一度......』とは考えられなかった。2.3kgオーバーという結果には、強い怒りを覚えましたね」

――2.3kgオーバーだと、1階級上のスーパーバンタム級のリミットも超えることになります。

「そうですね。彼は公開練習の時、上半身裸で軽快にミット打ちをしていました。その様子を見れば、体重も問題ないと思いますよね」

【フェザー級でも活躍できる】

――ネリ戦の結果が出る前ですが、井上選手の無双状態で、ライバルに当たる選手が見当たらない状況についてはどう思いますか?

「スーパーバンタム級で対戦相手を探すとなれば、ネリ戦の後はムラドジャン・アフマダリエフ、サム・グッドマンかと言われていますね。個人的には、アフマダリエフのほうが興味深いです」

――アフマダリエフは、アマチュアでの試合経験が豊富なリオ五輪の銅メダリストで、タパレスに敗れるまでは2団体統一王者で無敗。王座陥落前は、スーパーバンタム級の"ラスボス"との見方もありました(戦績は12戦11勝8KO1敗)。

「アフマダリエフは、バランスがよくて技術が高く、タフな印象もあります。それでも、井上の勝利は揺るがないでしょうけどね。グッドマンにも、脅威は感じません」

――グッドマンは16戦全勝(7KO)という戦績です。

「KO率が低くて、倒せるイメージが湧かない。パンチがない選手が井上を相手にするのは相当厳しいです。あとはジョンリル・カシメロ(元世界3階級王者)ですが、昨年10月の小國以載戦(4ラウンドで負傷引き分け)を見た感じではちょっと厳しいですね。井上は年内に3試合を目標にしているそうですが、その後はフェザー級に上げるんじゃないでしょうか」

――気が早いですが今のフェザー級戦線を見ると、昨年12月、五輪2連覇の王者ロベイシ・ラミレスが、ラファエル・エスピノサ選手に敗れてWBO王座から陥落しました。

「ラミレスの敗北は本当に驚きました。エスピノサはかなり大きい選手ですし、WBC正規王者のレイ・バルガスも身長がある(エスピノサは185cm、バルガスは178cm)。この階級になると、骨格やフレームがかなり変わりますね。井上の身長は165 cmですが、ナチュラルウェイトからの減量幅は大きいので、階級を上げても問題はないと思います」

――井上選手の普段の体重は62、3kgのようですから、スーパーライト級くらいですね。

「そうですね。以前から大橋会長は、『井上はスーパーバンタム級やフェザー級で最も強さを発揮できる』とコメントしていました。現在のスーパーバンタム級での活躍を見れば、その言葉も納得できますし、ひとつ上のフェザー級でも期待できます。

 僕はスーパーバンタム級の初戦(スティーブン・フルトン戦)を見て、フェザー級もいけることを確信しました。スーパーバンタム級のトップにいたフルトンを8ラウンドであっさりKOし、タパレス戦はガードの上からでも効果的な打撃ができたわけですから。

 フェザー級に上げるタイミングや対戦相手も気になりますが、まずは何より、ネリ戦に注目しましょう」

【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。
プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。

    ランキングスポーツ

    前日のランキングへ

    ニュース設定