センバツでも熾烈な情報戦 阿南光の好投手・吉岡暖×豊川の強打者・モイセエフが繰り広げた駆け引き

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2024年03月20日 07:40  webスポルティーバ

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 高校野球は水面下で情報戦が繰り広げられている。甲子園の組み合わせ抽選会が終わると、どのチームも対戦相手の映像探しに躍起になる。

 以前、ある監督が冗談めかしてこんなことを言っていた。

「ウチは明治神宮大会に出たから、映像が出回って丸裸にされちゃいますよ」

 前年秋に開催される明治神宮大会は、地区大会を優勝した10校でトーナメント戦を戦い、インターネットメディアで無料ライブ中継される。どの出場校にとっても録画しやすく、対策を立てるうえで貴重なデータになる。

 その意味では、明治神宮大会に出場しているセンバツ出場校はひとつハンディを背負っていると言えるかもしれない。

【神宮大会で露呈したモイセエフの弱点】

 昨秋の明治神宮大会では、こんな出来事があった。豊川(愛知)と高知(高知)の一戦、豊川の注目選手であるモイセエフ・ニキータは、高知の先発右腕・辻井翔大から執拗に膝元のスライダーで攻められた。昨秋に公式戦17試合でわずか2回しか三振をしなかったモイセエフだが、辻井との初対決ではあえなく空振り三振に終わっている。

 試合後に聞くと、辻井はモイセエフのある弱点を語っていた。

「インコースのスライダー系に接点がないスイング軌道に見えました」

 その後も内角に落ちるスライダーの前に、モイセエフは苦しめられた。3打席目にようやく対応して二塁打を放ったものの、高知の攻めに苦戦した印象は強く刷り込まれた。

 センバツに出場するチームはみな、この試合映像を入手できたはず。一方でモイセエフも「センバツでは膝元のスライダーで攻められるだろう」という想定をしていたという。

「変化球から入ってくるだろうし、三振も変化球で狙ってくるのだろうな、という想定はしていました」

 3月19日、豊川と初戦で対戦したのは阿南光(徳島)である。エース右腕の吉岡暖(はる)は最速146キロの快速球を持つだけでなく、カットボールやスライダーも投げられる。好投手の吉岡に対してモイセエフがどんな対応を見せるのか、大きな焦点になった。

 ところが、対決は意外な展開を見せる。吉岡がモイセエフの内角をほとんど突かなかったのだ。1打席目はストレートで2ストライクに追い込み、最後はフォークで空振り三振。2打席目は3球連続カーブで入り、最後はまたもやフォークで空振り三振。

 モイセエフは試合後、吉岡についてこのように語っている。

「高め、低めのフォークにうまく対応できませんでした。真っすぐのキレがよく、変化球でもストライクが取れるので狙い球を絞るのが難しかったです」

 膝元へのスライダーがほとんどなかったことを確認すると、モイセエフは「はい、ほとんどなかったです」と答えた。

 モイセエフにしても、昨秋の吉岡の映像を見て対策を練っている。事前にどんな印象を受けていたのか聞くと、モイセエフはこう答えた。

「映像を見て、追い込まれてからのフォークを打つのは難しいなと。追い込まれる前にとらえることが大事だと感じました。チームとしてストライクを取りにくるストレートを狙うことを徹底していたんですけど、とらえきれませんでした」

【3三振のモイセエフが放った意地の一発】

 一方、吉岡はどんな狙いでモイセエフに相対していたのか。吉岡にも話を聞いてみた。

「打席に入って、ほかのバッターとはオーラが違うなと思いました。3〜4打席で対応してくるバッターなので、1打席1打席、配球を変えました」

 昨秋の高知戦の映像を見たか確認すると、吉岡は「はい」とうなずいた。だが、吉岡は膝元のスライダーがモイセエフの弱点とはとらえていなかった。

「低めを打つのがうまいバッターだと感じました。自分は『インローはなしかな』と思いました」

 3打席目に入って、吉岡は初めてモイセエフの内角膝元にスライダーを投げ込んでいる。スライダーはストライクゾーンを外れ、ボールに。結局、吉岡がモイセエフの膝元にスライダーを投げたのは、この1球だけだった。この打席は高めのストレートで詰まらせ、ライトフライに打ち取っている。

 だが、モイセエフもやられっぱなしではなかった。8回の第4打席、2ストライクと追い込まれたが、吉岡の高めに抜けたフォークを豪快に一閃。ライトポール際に2ラン本塁打を叩き込んだ。

 この一打に関しては、狙い球を何も考えなかったとモイセエフは明かす。

「2ストライクに追い込まれていましたし、全部の球に対応して『うしろにつなごう』と考えていました。どんなボールを打ったのかも覚えていません」

 高校通算16号となる一発を叩き込み、モイセエフは爪痕を残した。

 モイセエフの本塁打で一時は2点差まで迫った豊川だが、9回表に6失点を喫したのは痛かった。最終回に疲れの見える吉岡を攻めて1点を返し、なおもモイセエフに打席を回したが空振り三振で試合終了。最後の決め球もフォークだった。

「フォークは、序盤はよかったんですけど、後半はばらつきが出たのでそこは課題ですね」

 吉岡はそう言って苦笑を浮かべた。

 事前に対戦相手の映像を見て、どう感じるか、どう生かすかは人それぞれ。その感性と感性がぶつかり合い、名勝負を演出する。

 そして、今回のセンバツの映像を見て、虎視眈々と下剋上を狙うチームも全国に無数に存在することを忘れてはならない。情報戦を制したその先に、栄光が待っている。

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