就活の自己アピールにも生成AIの影 “就活ハック”はどこまで許されるのか?

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2024年03月20日 10:51  ITmedia NEWS

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 3月13日、Adobeは「Adobe Business Hack」と題した記者説明会を開催した。今やビジネスマンにとって必須スキルともいえるAcrobatやAdobe Expressの活用方法・活用事例とともに、就活情報サイト業界2位の「ワンキャリア」と協業し、新卒就活生やインターンシップ学生を対象として、クリエイティブな就職活動を支援する新たな取り組みを開始するという。


【画像を見る】エントリーシートにはさまざまな課題があるという(計4枚)


 Adobeが行った企業の新卒採用者に対する調査によれば、履歴書やエントリーシートだけでは学生の個性やスキルの程度が分かりにくいということが課題になっているという。この対策として、適性検査や、クリエイティブ業界では作品集などのポートフォリオの提出を求めているが、昨今はプレゼンスライドや自己PRビデオといった、デジタルポートフォリオの提出も好意的に受け止められている。


 こうした自己PRコンテンツの作成に、無料で使えるAdobe Expressを使っていこうというわけである。ワンキャリアでは、同社限定のAdobe ExpressやPhotoshopの講習動画を公開するほか、今後はクリエイティブスキル獲得支援イベントの開催を検討している。


 芸術系大学の学生なら、すでにクリエイティブツールはそこそこ使えるはずだから、一般職希望の学生に、という事だろう。Adobe ExpressにはWebページやプレゼンシートのテンプレートも豊富にあり、PowerPointのテンプレートには飽きたビジネスマンには新鮮に見えるかもしれない。


 ワンキャリアによれば、企業側も本選考での一括採用から、インターンシップの多様化やジョブ型採用、職種別採用など、選考の多様化を進めているという。もちろん大学入試も一般入試だけでなく、指定校推薦や学校推薦、総合型選抜など入り口を多様化させており、学生はより強い個性の主張が求められるようになっている。まさにあらゆる機会が多様化している時代、というわけだろう。


●就活のHackはどこまで許されるのか


 リクルートワークスの調査によれば、2024年卒の大卒求人倍率は1.71倍となっている。つまり1人の就活生に対して平均1.7社が採用希望ということになり、現在はかなりの売り手市場だ。エントリーシートを100社に送って全てお祈りされたような武勇伝を持つ世代からすれば、夢のようだろう。


 ワンキャリアの実態調査によれば、この売り手市場において学生達がもっとも重視するのは「給料」だそうである。


 それに呼応する形で、初任給を奮発する企業が増えている。中には入社3年目でバリバリやれる世代よりも新卒初任給のほうが高いという珍現象も見られるようになり、それが原因で使える人材がやる気を無くすというケースもあるようだ。


 とはいえ、終身雇用制が崩壊した現在、自分のキャリア形成のためには転職は付きものなので、企業側としては急に辞められると困るだろうが、ある意味こうしたシャッフルが行われることは織り込み済みとして採用するしかない。そもそも大学できっちりキャリアデザインの授業が行われており、企業分析・業界分析した結果、転職がもっとも手っ取り早いキャリアアップの手段と気付くまでに対して時間はかからないはずだ。


 記者説明当日は現役の大学生がワークショップに参加し、実際にAdobe Expressを使ってプレゼンシートを作るというプロセスを体験していた。参加の学生は、Adobe Expressを触るのは初めてという人も多かったが、自分のPCを持ち込み、手慣れた様子で制作していた。今どきの大学生はスマホしか使えないと思われているふしもあるが、スマホやカメラなどに使い、本格的な作業はPCでという使い分けがすでにできている様子も確認できた。


 テンプレートからベースとなるデザインを選び、自分の写真を取り込んでAIで背景を切り取り、表紙に貼り付ける。切り抜き作業は昔は手作業であり、要するに普通の人にはできないので、写真は背景ごと貼り付けるしかなかった。AIがなければ、そもそもやってない作業である。


 さらに普段着で撮影された写真を、生成AIでスーツに着替えさせることもできる。なるほど。


 確かにそれもAIならではの方法ではあるが、就活でそれはアリなのだろうか。ポートフォリオはその人となりを見るためのものであり、採用担当者はわざわざ就活のために、あるいは自社にエントリーするためにわざわざスーツで写真を撮ったものだと思うだろう。その努力を評価するという事はありうる。


 だがそのイメージは、AIでチョチョイといじった、ウソだ。実際にはスーツで写真を撮っていないし、そもそも着せ替えたスーツなど持ってもいない。印象は大事だが、事実でなくても体裁だけ整えればよいということを就活向けのワークショップで指導するのは、正しいことなのか。ポートフォリオは、事実でなくても構わないのか。


●大学の悩みは、そのまま採用にシフトする


 現在大学では、学生がAIで生成させて提出してきた課題に対して、どう見分けるかに苦慮している。AIを使ったかどうかをAIに判断させるといったことも、現場レベルでは行われているだろう。それはもはや、人とAIの化かし合いである。


 同様の悩みは、今後企業の採用担当者にも降りかかるだろう。持っていない資格を履歴書に書けば、詐欺罪としての適用も考えられるが、ポートフォリオに書かれたPR文章がAI生成したものであった場合は、どう考えるべきだろうか。自分の考えが反映されているなら、AIが作った流麗な文章でもよしとする担当者もあるかもしれない。


 だが文章力も選考の1つだとすれば、書かれた文面は本人の実力ではないという事になる。採用担当者は、初めて見る応募者の文面を、AI生成であると見分けることができるだろうか。


 自己PR動画でも同じ事がいえる。今の動画編集ソフトであれば編集点も分からないし、AIツールを使えば本人の声で流ちょうな英語や中国語への吹き替えもできる。ツールの存在を知らない担当者は、本人の能力であると勘違いするだろう。


 さまざまなツールが使えるということは、本人のスキルとなり得る。AIを使って美しい文章が作れる、写真を加工できるというのも、1つのスキルかもしれない。就活生達は、条件のいい会社の最終選考に残れるように、あの手この手で作り込んだポートフォリオを作ってくるだろう。だが、自分のポートフォリオがAIで作られたものであるということを隠して就活に望むということがスタンダード化すれば、その人となりを知るための手段としては、ポートフォリオすら当てにならないということになる。


 採用担当者からすれば、たくさんの応募者の中からなるべく効率的に欲しい人材を探したいだろう。だがAIが誰にでも使えるようになった今、その採用責任も問われるようになる。


 結局、その「人となり」を見たり、本当の実力を知るためには、実際に働かせるインターンシップだったり、目の前で書かせる実技試験を実施したり、面接に時間をかけたりするしか方法がないという事になるだろう。


 「人となり」みたいなフィーリングで採用を決めていいのかという問題もまたありそうだが、実際一緒に働くということになれば、なんだかインチキ臭い者に仕事は任せられない。一緒に利害関係を共有するにあたり、人間として信用できるのかというのは重要なことである。


 就活生は、取りあえず入社してしまえば何とかなると考えているかもしれない。さらに日本の法律では簡単に解雇できるようにはなっていないことから、こうした人材を受け入れてしまった企業側の負担は増大する。ゼロから育てたのにキャリアアップのために転職されてしまっては、やってることは「給料を払って勉強してもらう学校」である。


 こうした悲劇を避けるために、大学や就活サービス企業は、就活におけるAIの活用……というより、企業に提出するものに誠実さはあるかということを、学生に強く指導する必要があるのではないだろうか。


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