2030年までに“世界第2位”を目指す! Intelが半導体の「受託生産」に乗り出す理由【前編】

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2024年03月22日 17:11  ITmedia PC USER

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自社開発のCPU「ClearWater」(開発コード名)のテストチップを掲げるパットCEO

 Intelは2月21日(米国太平洋時間)、半導体の受託生産(ファウンドリー)事業に関連するイベント「Intel Foundry Direct Connect」を開催した。基調講演には同社のパット・ゲルシンガーCEOが登壇し、2024年から受託生産を本格始動することを表明した。


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 従来、同社は自社でCPU(プロセッサ)を設計/開発し、製造までを一貫して行う「垂直統合型」の半導体事業者だった。なぜ、このタイミングで他社の半導体製造を受託するビジネスに乗り出すのだろうか。この記事ではゲルシンガー氏による基調講演をレポートすると共に、その動機について考察してみることにしたい。


●2030年までに「ファウンドリで世界2位」を目指す


 基調講演でゲルシンガーCEOは「Intel Unleashed」と書かれたスライドを掲げ、その通り「Intelの“真の力”を解放するときが来た」と宣言した。この宣言に、筆者は普段よりも幾分か、ある種の“力み”を感じた。


 思い返せば3年前、同氏は2021年2月15日付でCEOとしてIntelに戻ってきた。その1カ月後には、Intel復活の“のろし“ともいえる「IDM 2.0」という新企業戦略も掲げた。


 ゲルシンガー氏は「あれから3年経った。今日、あの時にIDM 2.0で掲げた3番目のミッションの扉を開けることになる」と宣言した。


 ここでIDM 2.0について補足説明をしておこう。IDMとは「Integrated Device Manufacturer」の略で、日本語に直訳すれば「統合型デバイスメーカー」という意味となる。さらに意訳するなら「垂直統合型デバイスメーカー」ということになるだろうか。2.0という数値には「新しいIntel」の意味を込めたのだと思われる。


 詳細は当時の記事を参照してもらいたいが、本稿の主題にも大きく関係するキーワードなので、軽くおさらいしておく。IDM 2.0の発表時、ゲルシンガー氏は以下の3つの目標を達成するという公約を掲げた。


1. 大規模な製造能力を提供する世界規模の工場ネットワークの形成


2. 社外の製造基盤の効果的活用の拡大


3. 世界最高水準の受託製造事業となる「Intel Foundry Services(IFS)」の提供


 それぞれを簡単に補足すると、1はCPUを始めとする自社半導体の製造技術力を、最新技術の活用によって強化していく戦略を指す。2は、例えば台湾TSMCなど、競合企業を含む社外ファウンドリー(受託製造者)の基盤を積極的に活用していくことである。そして3は、Intel自らがファウンドリーとなって、社外から半導体の生産を受託していくことを意味している。


 今回、ゲルシンガー氏が言及した「3番目のミッション」は、当時の発表における3つ目の目標、つまりIFSを指す。


 IFSを担う事業部の名前は、ずばり「Intel Foundry」となる。これまでは資料によってIFSと呼ばれたりIntel Foundryと書かれたりと名称が混在していたが、今後は(一部の古い資料の使い回しを除いて)呼称をIntel Foundryで統一するようだ。


 なお、言うまでもないかもしれないが、Intel Foundryの事業が始まった後も、Intelは自社半導体(特にCPU)の開発/製造事業は継続することになる。当然、自社半導体の製造には自社工場を使うことが多いと思われるが、先述の2つ目の目標にもあるように、一部の半導体はTSMCを始めとする社外ファウンドリーに製造を委託することもあり得る。


 既に他社に製造を委託している例としては、Core Ultraプロセッサ(シリーズ1)のGraphicsタイル(GPUダイ)が挙げられる。同プロセッサのGraphicsタイルは、TSMCの5nmプロセスで製造されている。


 話を進めていくうちに“白熱”したゲルシンガー氏は、2つの宣言を行った。


 我々はただのファウンドリーに留まらない。世界初の「システム・ファウンドリー」になったのだ!! そして我々は、2030年までに世界2位のファウンドリーになることを目指す!!


 最初の宣言のポイントは、「なる」という目標を掲げるのではなく、「なった」と達成済みであるとしたことだ。海賊王を目指す少年漫画の主人公もビックリしそうな発言だが、なぜ「なった」と言い切っているのかは、後日公開の中編の記事で解説することにしたい。


 そして、2番目の宣言は「1位ではなく、やや手堅そうな2位を目指す」宣言ともいえる。昔日本で流行した「2位じゃダメなんでしょうか?」発言が、時間差でゲルシンガー氏を揺さぶった……と考える人はいないだろうが、少し遠回しなものの「受託生産で2位のSamsung Electronics(サムスン電子)や3位のGlobalFoundries(グローバルファウンドリーズ)を追い抜いて、業界1位のTSMCの背中に付く」という意味を持っている。


 いずれにしても、Intel(ゲルシンガーCEO)が半導体の受託生産事業に対して相当な上昇志向を持っていることを示す宣言であることは間違いない。


 ここまでIntelが受託生産事業に入れ込む動機は、どこにあるのだろうか。


●Intelが半導体の受託製造事業に入れ込む動機は?


 Intelは2016年前後まで、TSMCに代表される専業ファウンドリーに優るとも劣らぬ、先進の製造技術で自社CPUを製造してきた。しかし10nmプロセスの量産始動につまずいてしまい、その後3年ほど、プロセスの微細化という観点で“足踏み”をしてしまった。


 その後、ゲルシンガーCEOはIDM 2.0の推進と並行して「5N4Y(Five Nodes in Four Year)」、つまり新しい5つのノード(プロセス)を4年で立ち上げるという目標を掲げ、遅れを取り戻すべく積極的な新技術の実用化を進めてきた。


 現時点において5N4Yは順調に進行しており、TSMCの3nmプロセスに対抗する「Intel 3」は、次世代Xeonプロセッサとしてリリースされる予定の「Sierra Forest」や「Granite Rapids」(共に開発コード名)の量産に活用されることになっている。


 ゲルシンガーCEOによると、Intel 3プロセスの歩留まりは上々で「Intel 3プロセスは、大量生産の準備ができている」という。鼻息は相当に荒い。


 そして新世代のプロセスで、ノード値も「ナノメートル(nm)」から「オングストローム(Å)」基準となる「Intel 20A」プロセスは2024年内に運用を開始、「Intel 18A」プロセスも現時点では実動に向けた予定の遅れはないという。


 競合のTSMCに「追いつけ追い越せ」のペースで勢力を取り戻しているのであれば、“かつてのIntel”のように、最新製造技術を自社CPUの製造にのみ使えばいい――そう考えることもできる。


 しかし、順調に勢いを増しているIntelが、競合他社の半導体の受託製造にも熱心に取り組むのはなぜなのか。


 その理由、というか動機付けとなっているのが、2023年からゲルシンガーCEOが度々使う「Siliconomy(シリコノミー)」という造語だ。語感からも分かる通り、この造語は現代の半導体の材料となる「Silicon(シリコン)」と、経済を意味する「Economy(エコノミー)」を合成したものである。


 昨今の産業界におけるAI(人工知能)技術への関心の高まりは、IT業界に留まらず、一種の社会現象ともなっている。AI技術が大きな経済圏、あるいはエコシステムを構築しつつある状況だ。各産業界でのAIの活用は爆発的に拡散しており、極めて近い将来、一般ユーザーまでもが意識せずにAIを活用できるようになる。


 そして、AIの活用には高性能なプロセッサが不可欠だ。ゲルシンガー氏は、イギリスの経済誌「Oxford Economics」の調査/見通しを引用し、「現在、GDP(国内総生産)の15%がデジタル技術の活用によって生み出されているとされているが、AIの活用が促進されることでこれが33%に増加するといわれている」とした上で、「今後、高性能プロセッサへのニーズが、過去にないほどに高まるだろう」と予見した。


 加えて「半導体を制するものが、今後の世界経済を制するかもしれない」とも述べ、「これからの地政学(Geopolitics)はシリコノミーが中心なっていく可能性が高い」とも言及した。過去50年間は化石燃料(石油)を制したものが著しい経済成長を遂げてきたが、これからの50年は化石燃料に代わり半導体がその役割を果たすという見立てだ。


 化石燃料は、自然資源であるがゆえに、その生産が一部の地域に集中する傾向がある。このことは、人類にはどうしようもない。しかし半導体なら、人類の英知で全世界で“均等に”生産できるようにできるのではないか――ゲルシンガー氏はこう考えているようだ。


 振り返ると、2020年にコロナ禍に突入して労働力と物流が分断され、サプライチェーンが滞り、製造業にも停滞が発生した。そしてコロナ禍の落ち着きと入れ替わるかのように、ウクライナやイスラエルで大規模な紛争が勃発。現在も、特定の産業分野では流通の分断や製造業の停滞が続いている。


 半導体生産という観点では、これらの紛争に加えて台湾と中国の関係、韓国と北朝鮮の関係を始めとするアジア情勢(特に東アジア情勢)も不安要素の1つとなっている。


 半導体の販売については、いろいろな観点に立ったランキングがあるが、今回は台湾Trendforceが発表した2023年第1四半期におけるファウンドリーの営業収入ランキング(米ドル建て)を見てみよう。


・1位:TSMC(台湾)


・2位:サムスン電子(韓国)


・3位:GlobalFoundries(米国)


・4位:UMC(台湾)


・5位:SMIC(中国)


・6位:HuaHong Group(中国)


・7位:Tower(イスラエル)


・8位:PSMC(台湾)


・9位:VIS(台湾)


・10位:DB Hitek(韓国)


 ご覧の通り、トップ10のうち8社は東アジアに集中している。しかも、台湾、中国、韓国と情勢面で予断を許さない国/地域を本拠地としている。


 「半導体を制するものは世界を制する」と考えるIntelとしては、AIビッグバンの衝撃が強い今だからこそ、この(東)アジア一極集中状態に変化を起こし、世界各国の先端半導体/エレクトロニクス企業からの半導体生産を受注できれば、想定以上の成長も見込める――先述の通り「2030年までに世界で2番目の受託生産者になる」という目標は野心的だが、高い勝算を見込んでいるのかもしれない。


 これまでのIntelは、最先端の製造プロセス開発とその運用に社運をかけてきた。だからこそ、10nmプロセスの立ち上げ失敗が、大きなつまずきとなってしまった。


 今後、Intel社外から半導体製造を本格的に受託をするようになれば、最先端プロセス“以外”の半導体製造で安定的な収益を得られるため、万が一、先端プロセスでのつまずいてしまっても、収益面でのダメージを軽減できるようになる。


 何しろ、世の中で最先端プロセスを欲している半導体/エレクトロニクス企業はほんの一握りで、ほとんどの企業は“枯れたプロセス”、英語でいうなら「Traling Process」で製造できれば十分なのだ。Intelが“今”、半導体の受託生産事業を始める理由の1つは、このあたりにあると思われる。


 次の中編では、Intelが受託生産事業に対して成功する確信する根拠について、さらに深掘りしていきたい。


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