Microsoftが提唱する「AI PC」とは何か

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2024年04月02日 12:31  ITmedia PC USER

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QualcommのPC向け新型SoC「Snapdragon X Elite」

 以前より話題になっているWindows 11の次期大型アップデート「Hudson Valley」こと「24H2」だが、このたびMicrosoftより正式に「Windows 11 version 24H2」の名称が与えられ、文字通り“Windows 11の次期大型アップデート「24H2」”となった。Windows 12の名称のウワサなども流れた次期バージョンだが、結局のところWindows 11を“(内部的に)大幅に”入れ替えるアップデートとなる見込みで、見た目で言えばWindows 11の“ガワ”をそのまま継承する形となる。


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 一方で、PCを業界的に盛り上げるというMicrosoftやOEMメーカーらの使命を考えると、この枠組みではマーケティング的に新機能や新製品をアピールしづらいという問題がある。


 そこで出てくるのが、以前のレポートでも触れた「AI PC」というキーワードなのだが、分かるようでいてフワッとした表現であり、何をもってAI PCなのかが分かりづらい。今回は、5月以降にやってくるイベントや発表会での話題も含め、この辺りを考察したい。


●「AI PC」が意味するもの


 まずスケジュール感からみていこう。IntelがNPUを内蔵したCore Ultraプロセッサを搭載するPCが既に出始めているが、実際にAI PCをキーワードに各社のWindows PCが出回ることになるのはもう少し先の話になると考えられる。


 具体的なタイミングは、もう告知されている。2024年5月20日に開催されるSurface PCとAIのイベントだ。The Vergeのトム・ウォーレン氏によれば、同イベントの招待状には「Microsoft's “AI vision across hardware and software.”」について同社CEOのサティア・ナデラ氏が話すと書かれており、ハードウェアとソフトウェアの両面から同社の最新のAI戦略について語られると考えられる。


 なお、翌5月21日から23日にかけては米ワシントン州シアトルで開発者会議の「Microsoft Build」が開催される予定で、同開発者イベント開催前の前哨戦的な意味合いがある。


 Buildについて、このイベントは以前よりもその性格が明確化されつつあり、本来であればWindowsクライアントやPCハードウェア回りの話題にはほとんど触れず、どちらかといえば開発プラットフォームとしてのWindowsと、Azure回りの情報提供や意見交換が中心となる。


 それにもかかわらず両者が一体化したのは、“開発プラットフォームとしての”Windowsの役割が変わることを改めて宣言しておきたいからなのではと予想する。


 Windows 11には、今後さらにCopilotの機能が統合されていくことは、本連載も含め各所からさまざまな形で説明が行われているが、現状のCopilotはあくまでAzure上で動くWebサービスの1つだ。それ故、Officeを含む既存製品との連携がいくら進んだとして、アプリケーションの基本はAzureもしくは企業システム内に蓄積されるデータとGraphの組み合わせ、あるいはBingなどの検索エンジンを組み合わせた、AIを“フロントエンドのUI”とした、Webサービスを利用するための“シェル”という位置付けに過ぎない。


 これもAI PCを構成する要素ではあるが、おそらく5月に開催されるメディアイベント並びにBuildでのテーマはこれだけでは半分でしかなく、残りの部分が「AI vision across hardware and software」のうちの「Hardware」に当たるのだと考える。


 より具体的には、現在はAzureなどのオンライン上で動作している大規模言語モデル(LLM)が、Microsoftらが想像するAI PCの世界ではオンデバイス、つまりローカルPC上に搭載されるようになり、究極的には画像認識や音声認識なども含めた「マルチモーダル(Multimodal)」での処理をある程度ローカルPC内で完結処理できるようになるのではないかと考える。


 Microsoft自身はChatGPTなどのAzure上での動作に必ずしもこだわっているわけではなく、将来的にLLMを含むAIの推論エンジンの多くがオンラインからローカルへと移ってくることを否定していない。


 この際に必要となるのがパフォーマンスで、さらにいえばオンデバイスでのAI動作により、アプリケーション側もUIの作り方が変わってくる。この辺りが2024年のBuildのテーマになるのだろう。


●AI PCとは何か Microsoftが2段階に分けて発表?


 では、5月20日のメディアイベントでは何を話すのか。この辺りのMicrosoftのビジョンを改めて説明するとともに、これを実現するのに必要なAI PCとは何かを発表するのではないかと筆者は予想する。


 つまり、AI PCに要求されるハードウェア要件だ。以前にWindows Centralのザック・ボーデン氏が次期Surfaceデバイスの概要について説明していたが、5月のイベントではこの新型Surfaceが発表されることになる。


 特徴の1つは「Copilot」キーの搭載だが、もう1つはAI対応ハードウェアという点だ。3月にはビジネス向けにIntelのCore Ultraを採用したSurface Pro 10とSurface Laptop 6を発表しているが、当該のボーデン氏が記事で「Don't buy.」と警告しているように、実は今回の主役はIntelプロセッサではなく、以前のレポートでも触れた「Snapdragon X Elite」を搭載したQualcomm SoCベースのArm PCだ。


 Surface LaptopにArmが展開されるのは初であり、初めてSurface主力製品でのArmデバイス標準化となる。詳細は次項で触れるが、これは非常に興味深いトレンドだ。


→QualcommがPC向けハイエンドSoC「Snapdragon X Elite」を発表 CPUもGPUもNPUも高速なのに省電力


 なお、MicrosoftのAI PCに関するイベントは2段階で開催されると、筆者は予想している。6月上旬には台湾の台北市で「COMPUTEX TAIPEI 2024」があり、OEMメーカー各社はここに向けて新製品を投入してくる。


 その昔、Microsoftは初めてSurface Proをリリースするにあたって、OEM各社に配慮する形でSurface RTから3カ月以上発売時期をずらしている。実際、同社がOEM各社が主役となる発表の場では一度もSurfaceをアピールしたことはなく、「24H2」と「AI PC」に関する発表会は5月と6月で合わせて2回開催となると考えている。


●上がるハードウェア要求スペック


 さて、問題はここからだ。「Arm PCが主役になる」というのは、2012年にWindows RTとSurface RTが発表された際にもあった現象だが、このときは「省電力なSoCで長時間動作」といった具合にフォーカスされたのは可搬性であり、決してパフォーマンスの話ではなかった。


 だが今回、初めてバッテリー駆動時間のみならず、パフォーマンス面でもArm PCが注目を集めるタイミングがやってきたといえるかもしれない。実際にフタを開けてみないと分からない部分もあるが、AI PCをアピールするがゆえの逆転現象なのだろう。


 以前のレポートでは、「わざわざMicrosoftが積極的にボーダーラインを上げてユーザーの離反を招くのか」の考えから、MicrosoftがAI PC対応を目処にわざわざ要求スペックを高く設定することはないのではと予測していたが、これについては雲行きがやや怪しくなってきたかもしれない。


 前回のレポートでは、こうした理由からTrendForceが2024年1月に発表した2024年のAI PCに関する分析について“眉唾”のような評価をしていたのだが、この話題が真実味を帯びつつある。


●“AI P”Cの浸透には時間がかかる


 TrendForceの発表ではAI PCの最低メモリ要件が「16GB」となっていたが、実用性を考えればミドルハイ以上のPCでこのメモリ容量は最低限必要と思われるため、社用や教育機関向けなどPCが更新されにくい環境を除けば、ある程度は納得できる(メーカー的にも必要メモリ容量を増やした方が何かとメリットがあるだろう)。


 問題はAIパフォーマンスの方で、「40TOPS」が最低要件とされている。前述のSnapdragon X Eliteの場合、NPU部分(おそらくHexagonのユニット単体の処理能力を指すと思われる)のみで45TOPS、さらにCPUとGPUを組み合わせたときの最大パフォーマンスが75TOPSとしている。


 対して、Core UltraはNPU+CPU+GPU全てを足した状態でのパフォーマンスが34TOPSであり、SoC単体では40TOPSの条件を満たせない。先ほどのボーデン氏のSurface新製品の話に戻すと、AI PCの説明会でなぜわざわざSnapdragon X Eliteベースだと思われる(もしくはMicrosoft向けに特別にカスタマイズされた専用SKU)SoCを搭載したArm版Surfaceを主役にするのかを考えたとき、こういう事情があるからでは……と考えるのは筆者の邪推だろうか。


 いずれにせよ、世の中のPCの多くはArmベースではなく、IntelまたはAMDの製品だ。Intelの場合、NPU搭載ではCore UltraがノートPC向けに先行投入されたが、デスクトップ版ではArrow Lake(開発コード名)が登場する2024年後半から2025年にかけてまで製品は市場に出回らないし、現状のノートPC向けに改良版のLunar Lakeが登場して要求スペックを満たせたとしても、その浸透は早くて2025年以降だ。


 PCのライフサイクルを考えれば、新機能がまんべんなく多くのラインアップに展開されるには3〜5年ほどの時間が最低でも必要であり、ハイエンドに限ったとしてもAI PCの要件を満たすのは2025年〜2026年くらいまではかかるだろう。GPUを強化してTOPSを引き上げることも可能だが、本来NPUの役割は「(AI処理に関して)低消費電力で高パフォーマンス」であり、ローカルPC上でLLMなどを実行できたとしても、それは本来Microsoftらが考えるAI PCの形ではないと思われる。


 以上を踏まえて再度考察すれば、MicrosoftやOEMメーカー各社が不都合なくアピールできるAI PCの形とは、「これは2024年以降にやってくる未来のPCの姿である」といった具合に、さらなる新機能を体験したいのであればAI PCのスペックを満たしたPCを購入すべきだという形で、将来性をアピールするためではないかと思われる。


 ローカルでAIが実行できなくても、処理そのものはCopilot経由でオンライン側に投げれば進めてくれるわけで、このサービス実行を有効化するためのスイッチをAI PCの条件を満たすPCを保持するユーザーは手に入れられるという扱いだ。


 おそらくは、Copilotの利用で現在かかっている月額料金などを回避できるオプションが用意される可能性もあり、こういった点を2回行われるであろう“AI PCの発表会”でMicrosoftならびにOEMメーカー各社がどう見せるかに注目だ。


 なお、最新OSでの古いプラットフォームの切り捨ては現在も進んでおり、例えば先日話題になった件で、Nehalem(開発コード名)世代より前のプロセッサを搭載するPCでは既にWindows 11が動作しなくなりつつあることが判明している。


 POPCNTはSSE4.2以降で採用された命令セットだが、Windows 11を対象にコンパイラ実行時のターゲットから外されたことが分かる。さすがに「最新(でもない)演算命令くらい使わせてくれ」とは思うので必要な判断だと考えるが、全体にハードウェアスペックの引き上げ作戦は吉と出るのかどうか気になるところだ。


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