ロスジェネたちの廃墟巡り『すずめの戸締まり』 新海誠監督は「宮崎駿」を超えられるか?

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2024年04月05日 12:11  日刊サイゾー

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新海誠監督(写真/Getty Imagesより)

 全国放送の地上波テレビで唯一残された映画番組、それが「金ロー」こと『金曜ロードショー』(日本テレビ系)です。2024年度の「金ロー」最初の作品は、4月5日(金)夜9時から地上波初放映となるアニメーション映画『すずめの戸締まり』。2022年に劇場公開され、国内興収149.4億円を稼いだ新海誠監督の最新ヒット作ですよ。

 1973年生まれの新海監督は、『君の名は。』(16年)が興収251.7億円、続く『天気の子』(19年)が142.3億円のメガヒットを記録。「ポスト宮崎駿」として注目されているクリエイターなので、劇場公開やネット配信を見逃していた人も社会人のたしなみとしてチェックしてみていいんじゃないでしょうか。

 物語はざっとこんな感じ。宮崎の静かな町で暮らす女子高生の岩戸鈴芽(CV:原菜乃華)は、「閉じ師」と名乗る青年・宗像草太(CV:松村北斗)と出会い、災いを起こす巨大ミミズを鎮める儀式を手伝うことに。イケメンの草太は物語序盤で呪いを掛けられ、三本足の椅子にされてしまいます。鈴芽は椅子になった草太と共に、その呪いを解くための旅に出るのでした。

 宮崎アニメによく出てくる「呪い」が主人公に掛けられ、また「天の岩戸」などの日本神話がモチーフとなっており、いかにも「ポスト宮崎駿」っぽさを感じさせる内容です。椅子になった草太に鈴芽が腰掛けたり、踏み台にしたりと、軽く変態要素が入っているところも、巨匠・宮崎駿の後継者だと感じさせます。

 鈴芽と草太が向かう先は、廃墟化した温泉リゾート、廃校になった中学校、閉鎖された遊園地……といった「昭和」時代に賑わった場所ばかり。そんな時代の流れに取り残された土地に篭っていたいろんな人たちの思い出が、どんよりと腐敗化して、災いを招いています。高度経済成長から半世紀、バブル崩壊から30年、日本各地に累積した幸せや夢の残滓を、お祓いするのが「閉じ師」の仕事のようです。

批判の声にも耳を傾ける新海監督

 地方で暮らす若者たちのナイーヴな心情を丁寧に描き、その心情にフィットした背景の美しさで、新海誠作品はロスジェネ世代以降の幅広い層に絶大な人気があります。もちろん、心情を丁寧に描くだけでは、これだけの大ヒットを連発することはできません。

 新海監督の劇場デビュー作『ほしのこえ』(02年)は庵野秀明監督のオリジナルビデオアニメ『トップをねらえ!』(88年〜89年)、最大のヒット作『君の名は。』は作家・乙一のライトノベル『Calling You』といったサブカル系の要素を、それぞれ巧みに取り入れています。村上春樹の小説を思わせる主人公の自意識の高さも、新海作品の特徴です。

 民俗学を扱った星野之宣の『宗像教授伝奇考』(小学館)や諸星大二郎の『妖怪ハンター』(集英社ほか)などの伝奇コミックに、恋愛要素やアクションシーンを交えてメジャー仕様にすると、『すずめの戸締まり』のようなヒット作になるのかもしれません。音楽業界でいうところの「サンプリング能力」に、新海監督はとても優れたクリエイターだと思います。

 東宝系で全国公開された『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』ですが、自然災害に遭遇した若者たちが、困難な状況下で判断を迫られる様子を描いていることでも共通しています。『君の名は。』は巨大隕石の落下、『天気の子』は天候不順となっていますが、どれも2011年に起きた東日本大震災のメタファーでした。直接的に大震災を描くことはためらっていた新海監督が、『すずめの戸締まり』では真正面から東日本大震災に向き合ったことも押さえておきたいポイントです。ちなみに草太が椅子になって動きを制限されているのは、「コロナ禍」の隠喩だそうです。

 新海監督は自分の作品を観てくれているファンの声をしっかり聞いているところも、人気の要因でしょう。新海監督にとって大ブレイク作となった『君の名は。』ですが、「災害をなかったことにしている」という批判の声が一部にありました。そうした声に対し、「もっと観客を怒らせてやろう」と考えたのが『天気の子』でした。確かに『天気の子』の壊れてしまった世界を描いたラストシーンは、観客に大きな不安を残しました。

 その点、ディザスター三部作の完結編になると思われる『すずめの戸締まり』では、鈴芽の幼い頃の記憶は東日本大震災と直接結びついていますし、「死ぬことは怖くない」と口にしていた鈴芽は次第に草太と生きることに希望を見出すようになります。後味のよいエンディングです。まぁ、メジャー作品らしい分かりやすい落とし所だと思います。

 さて、「ポスト宮崎駿」と目されている新海誠監督ですが、『君たちはどう生きるか』(23年)で2度目のアカデミー賞長編アニメーション賞を受賞した「生きる伝説」宮崎駿を超える日は訪れるのでしょうか。

 興行的にはすでに宮崎駿作品に匹敵する実績を残している新海監督ですが、海外の映画賞に今後選ばれるようになっても、アニメ界の黎明期から活躍し続けた天才アニメーター・宮崎駿の伝説の領域に達するのは容易ではないはずです。しかし、明確に宮崎駿監督を乗り越える道がアニメ界には残されています。

 宮崎駿監督は、日本初となるTVアニメ『鉄腕アトム』(フジテレビ系)の制作を安いギャラで引き受けた手塚治虫氏に対し、激しく怒っていたことは有名なエピソードです。宮崎駿監督らが1985年に立ち上げた「スタジオジブリ」は、アニメーターたちの給料もよく、福利厚生が整っていたことが知られています。宮崎駿監督は「スタジオジブリ」で働くアニメーターたちの待遇を向上させることで、多くのヒット作や名作を生み出してきました。

 しかし、実際に「スタジオジブリ」で働けるのは、ごく限られた一流アニメーターだけです。小さなアニメスタジオで働く底辺のアニメーターたちは、今も月収5万〜10万円というシビアな経済状況で暮らしています。

 宮崎駿監督はかつて『未来少年コナン』(NHK総合)で三角塔の地下で暮らすスラム民や『天空の城ラピュタ』(86年)の鉱山で働く労働者たちを魅力的に描きましたが、国民的アニメ作家ともてはやされるようになっていくにつれ、『風立ちぬ』(13年)のようなエリート一家の物語になっていきます。戦前や終戦直後は貧しい庶民の暮らしを描いていた小津安二郎監督が、「名匠」と呼ばれるようになり、上流市民の暮らしをもっぱら描くようになったことを彷彿させます。

 新海監督のような業界のトップランナーが、アニメーターたちの労働条件の改善について提言しないと、アニメ業界の将来はいつまでも暗いままです。逆にトップが口火を切ることで、新しい時代の扉を開けることにもつながるのではないでしょうか。

 アニメ業界だけでなく、映画界も、日本という国全体も、「板一枚下は地獄」のようなギリギリの状況です。巨大ミミズがいつ出てきてもおかしくないと思いますよ。

このニュースに関するつぶやき

  • 自分は新海誠を宮崎駿と同列には見てないが。所詮「他人」だし人が違えばスタンスも作風も異なるからだ。次回作は来年か再来年にあるのかな?
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