不登校児童生徒をメタバースで救えるか? レノボが大阪教育大学とタッグを組んだ理由

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2024年04月18日 12:01  ITmedia PC USER

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協定書を手にする安田副社長(左)と岡本学長(右)

 レノボ・ジャパンと大阪教育大学は4月16日、教育と研究などの分野で協力し、先端技術の活用による教育課題の解決や「Society 5.0」に対応した教育の実現を目指した包括提携協定を締結した。


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 大阪教育大学は「令和の日本型学校教育」を担う教師の育成を先導し、教員養成の在り方自体を変革する“けん引役”を担う「教員養成フラッグシップ大学」として文部科学大臣から指定を受けている(※1)。


 一方で、レノボ・ジャパンはGIGAスクール構想で導入された全国900万台の学習用端末のうち、200万台を納入してきた。同構想以前から、教育関連教育現場で利用できるコンテンツの提供や運用支援を行ってきた実績もある。両者は、これまでの教育分野での知見を共有すべくタッグを組むことになったという。


 協定の調印式は、大阪教育大学の天王寺キャンパス(大阪市天王寺区)内にある「みらい教育共創館」で行われた。本稿では、その様子をお伝えする。


(※1)2024年現在、4つの国立大学(東京学芸大学、福井大学、大阪教育大学、兵庫教育大学)が指定されている


●「みらい教育共創館」で行われている2つの取り組み


 調印式の会場となったみらい教育共創館は、大阪市との協働事業として4月13日に開設されたばかりの施設だ。10階建てで、1〜2階は学び合いのできる「協働学習フロア」、3〜4階は高さ2.4m/幅8mのスクリーンに2台のプロジェクターを使って1つの映像を投影できる「未来型教室フロア」、5階は教員養成研修やセミナー/シンポジウムなどに利用できる「産官学連携拠点フロア」となっている。5回には、5組の法人が入居する「オープンラボ」も備える。


 6〜10階は大阪市総合教育センターが利用しており、教育委員会と教育現場で働く教員との密な連携を可能にしている。


 レノボ・ジャパンは、インテルと共同で未来型教室フロアのネーミングライツを獲得すると共に、同施設にノートPC「ThinkPad L13 Yoga Gen 4」を60台提供している。


 みらい教育共創館でのレノボ・ジャパンの取り組みには、メタバースを活用した不登校児童生徒も含む「インクルーシブ(包摂)教育」と、遠隔システムを活用した「STEAM教育」の2つがある。レノボ・ジャパンの安田稔副社長は、これら2つをテーマにした理由を「学校現場を取り巻く課題解決のため」と語る。


 小中学校課程で不登校となっている児童/生徒の数は、2022年に29万9000人まで達した。不登校児童/生徒の増加は、一時期の「コロナ禍」による外出制限だけが原因とはいえない状況になってきているという。


 不登校の児童/生徒に対して学びの機会を与えたくとも、学校現場では人員不足などにより支援の手を回しきれないことが、課題の1つとなっている。


 そこで同社では、メタバースを活用して児童/生徒の相談を受け付ける体制と、学びの場を整備できる「レノボ・メタバース・スクール(LMS)ソリューション」を開発。不登校の児童/生徒にメタバースなどを通して支援する実証試験を、このみらい教育共創館を舞台に実施する。


 別の課題もある。社会全体でのDX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる中、児童/生徒にICT教育を行える教員が不足していることだ。


 少子化の進行により、労働人口自体も減少傾向にある。DX化が進んで企業がICT(DX)人材を欲しても、その需要を満たすICT人材は供給しきれない。ICT人材の不足は、2030年には54.5万人にまで達するという試算もある。


 現在、国を挙げてICT人材の育成を試みているが、そんな状況ゆえに専門性の高いICT教育を行える教員の数も足りていない。各校でそんな教員を確保するのは、現状では難しい。


 そこでレノボ・ジャパンは、みらい教育共創館の5階に「Creative-Lab」を設置し、遠隔でSTEAM教育を体験できる環境を整備した。同社の遠井和彦氏(教育ビジネス開発部 担当部長)は「高度な技術を学ぶための(ハイスペックな)PCを1人1台持つ必要はないが、なければ学べない。Creative-Labは、1人1台端末により廃れつつある『パソコン教室』の新しい形の提案でもある」と解説した。


 次のページ以降では、「不登校の児童/生徒を支援するメタバース」と「遠隔授業によるSTEAM教育」について、取り組みの詳細を取り上げる。


●不登校の児童/生徒を支援するメタバースとは?


 LMSは、対面学習の難しい児童/生徒、あるいは日本語指導の必要な児童/生徒が、自分に合わせた形で学びの機会を得られるようにすることを目的に開発された。もちろん、ターゲットには不登校の児童/生徒も含まれる。


 GIGAスクール構想で導入された学習用端末でも利用しやすいように、専用アプリを用意せずともWebブラウザさえあればアクセスできるようにしたことも特徴だ。


 不登校の児童/生徒は、LMSのメタバース空間でアバターとして活動できる。空間には、学習を行う「教室エリア」、声が外に漏れない「テントエリア」、支援員と会話できる「会話エリア」(詳細は後述)が設けられており、学びの場だけでなく、相談体制も設けられ、“自分の居場所”を見つけられるようにデザインされている。


 メタバースの構築では大日本印刷(DNP)と、学習コンテンツ作成では城南進学研究社、すららねっと、ECCの3社と、ICT支援員の手配ではPCテクノロジーと連携し、不登校の児童/生徒の支援を円滑に行えるようにした。


 LMS空間で児童/生徒から相談を受けたり話し相手になったりする「オンライン支援員」は、実際に不登校の児童/生徒のサポートについて一定の実務経験や知見/資格を得た上で、キッズドアによる研修を受けた主婦が派遣される。


 不登校となっている児童/生徒は、アバターとなることで話しやすくなり、心に寄り添う支援員が話し相手となることで、社会との接点を持ちづらいまたは築きづらいと感じていても社会とのつながりを見出し、社会へ出ていく際のハードルを下げられる――そういう寸法だ。


 LMSは、2023年9月から東京都が5区3市と共同で実施した「東京都VLP(バーチャル・ラーニング・プラットフォーム)事業」に採択されており、既に一定の成果が出ているという。


 レノボ・ジャパンは、東京都VLP事業で得られた成果の発信をみらい教育共創館から行う他、同施設で有識者を交えた意見交換会を開催することなどを計画しているという。LMSを活用した学習支援を、東京にとどまらず大阪など全国に広げることで、家から一歩も出られないような児童/生徒も含めて、誰もが学びの機会を得られるようにしたいと意気込んでいる。


●遠隔授業によるSTEAM教育はどう行う?


 みらい教育共創館5階に設けられたCreative-Labでは、「ICT分野の講師不足」という課題を解決するソリューションを集めている。先に遠井氏が述べた通り、このラボは「新しい『パソコン教室』」の在り方を提案するスペースとして活用される。


 ラボには大型電子黒板に加え、ビデオバーとコントローラーをセットにしたビデオ会議キット「ThinkSmart Core Full Room Kit Bar 180 for Zoom Rooms」が備えられている。これらで、遠隔授業がどのようなものか体験可能だ。


 また、学習用端末ではスペック的に難しい各種実習を行うために、高性能ワークステーション「ThinkStation P7」、コンパクトなワークステーション「ThinkStation P3 Tiny」、高画質ディスプレイ「ThinkVision P27u-20」、モバイルワークステーション「ThinkPad P16v Gen 1」や、3Dプリンタ「Creality K1 MAX」なども設置されている。ThinkPad P16v Gen 1には、画像や写真、動画の作成/編集を行える「Adobe Creative Cloud」もインストールしてある。


 パソコン教室に高性能なPC/ワークステーションや各種デバイスを用意しておけば、児童/生徒(やその家庭)に経済的負担を強いずに発展的な学習も行える。確かに、新しいパソコン教室の在り方として一理あるように思える。


 次のページでは、今回の協定におけるレノボ・ジャパン、大阪教育大学それぞれの“狙い”について探る。


●協定締結の意義は?


 レノボ・ジャパンの安田副社長は、「Lenovoは180カ国で事業を展開し、7万7000人が働くグローバル企業だ。国籍やカルチャーが異なっていても、ビジネスのために1つの方向に向かっていくインクルーシブな文化を持っているが、それにはデジタルの力が大きく作用している」と、自社を例に挙げてから教育への貢献について次のように語った。


 「我々がグローバルで培ってきたデジタルの力を、日本の子どもたちにも広げていきたい。これには、デジタルの力を活用して不登校であっても分け隔てなく学べる環境を提供することも含まれる。みらい教育共創館を未来の教育を変える活動拠点にしつつ、未来の教育への支援をこれからも行っていきたい」


 一方、大阪教育大学の岡本幾子学長は、今回の包括連携協定が「Society 5.0時代の速い速度で変化する社会や予測困難な教育現場の諸課題に対応でき、教育現場の高度化に貢献できるような教育人材育成を図るのに有意義なものとなる」と語ってから次のように結んだ。


 「教育現場が抱えている課題解決のために、メタバースを活用したインクルーシブ教育や遠隔授業を活用したSTEAM教育など先進的な取り組みを、レノボ・ジャパンから提案してもらうことができた。これからも、教育現場に見られる課題解決や学校教育の充実、教員の資質向上などで協力をお願いしたい」


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