源氏物語「桐壺(光源氏の誕生)」の現代語訳をスタサプ講師がわかりやすく解説!

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2024年04月25日 00:10  スタディサプリ進路

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源氏物語は授業や試験でも扱われる題材で古文の勉強でおさえておきたい単語や文法がたくさんつまっているよ。

そこで今回は、源氏物語「桐壺(光源氏の誕生)」について、スタディサプリの古文・漢文講師 岡本梨奈先生に解説してもらった。


【今回教えてくれたのは…】


出典:スタディサプリ進路


岡本梨奈先生
古文・漢文講師
スタディサプリの古文・漢文すべての講座を担当。

自身が受験時代に、それまで苦手だった古文を克服して一番の得点源の科目に変えられたからこそ伝えられる「わかりやすい解説」で、全国から感動・感謝の声が続出。

著書に『岡本梨奈の1冊読むだけで古文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』『岡本梨奈の1冊読むだけで漢文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』『古文ポラリス[1基礎レベル][2標準レベル]』(以上、KADOKAWA)、『古文単語キャラ図鑑』(新星出版社)などがある。

『源氏物語』とは?

平安時代中期(ちょうど1000年くらい)に紫式部という女性によって書かれた長編物語で、全部で54帖あります。

主人公は光源氏

誕生から晩年までの、さまざまな恋愛遍歴や政治、仏教の話などが書かれており、当時の貴族社会や風習がよくわかります。

また、根底に「因果応報」が貫かれています。

光源氏の死後は子や孫たちがメインとなり、特に45帖〜54帖までは、二人の貴公子が宇治で女性を奪い合う話で、「宇治十帖」と言われています。

作者「紫式部」とは?

平安時代(1000年前後)の女性で、一条天皇の中宮彰子(しょうし)に女房として仕えていました

書いた作品は、『源氏物語』以外に『紫式部日記』歌集『紫式部集』があります。父は藤原為時(ためとき)という地方長官などをしていた中流以下の貴族で、姉と弟(兄説もアリ)・惟規(のぶのり)がいます。

父は和歌が上手で、特に漢学に秀でていました。

紫式部はその血をひいており、和歌はもちろんのこと、幼い頃から男性の学問であった漢学の才能に長けていました。20歳ほど年の離れた藤原宣孝(のぶたか)と結婚し、翌年には娘賢子(けんし)を生みますが、その2年後くらいに夫宣孝は病死しました。

紫式部は生没年不詳で、いつどこで亡くなったかも不明ですが、40代半ば〜後半に亡くなったのでは、と考えられています。

源氏物語「桐壺(光源氏の誕生)」の登場人物は?

●桐壺更衣…光源氏の母親となる女性。

●帝…光源氏の父親。

●他の女御・更衣…帝の他の妃。女御は皇族や大臣の娘がなる。更衣は女御の次の位で大納言以下の貴族の娘がなる。

●上達部、上人…公卿や、殿上人。身分の高い役人。

●桐壺更衣の父…大納言。他界している。

●桐壺更衣の母…古風で教養もある人。

源氏物語「桐壺(光源氏の誕生)」の現代語訳を読んでみよう。


いづれの御時(おほんとき)にか、女御(にようご)、更衣あまたさぶらひ給(たま)ひける中に、いとやむごとなき際(きは)にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。

どの帝の御代(みよ)であっただろうか、女御や、更衣がたくさん(帝に)お仕えなさった中に、たいして重んじられる身分ではない人で、とても寵愛を受けていらっしゃる人がいた。
はじめより我はと思ひあがり給へる御方々、めざましきものにおとしめそねみ給ふ。

はじめから自分こそは(帝の寵愛を受けるはずだ)と自負していらっしゃった御方々〔=女御たち〕は、(この寵愛を受けている女=桐壺更衣を)気にくわない者としてさげすんだり妬んだりなさる。
同じほど、それより下(げらふ)の更衣たちはまして安からず。

同じ身分、それより低い身分の更衣たちはまして心穏やかではない。
朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふつもりにやありけん、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚(はばか)らせ給はず、世の例(ためし)にもなりぬべき御もてなしなり。

(桐壺更衣は)朝夕の宮仕えにつけても、ほかの人〔=他の女御や更衣〕の心を刺激してばかりで、恨みを受けることが積もったからであろうか、たいそう病弱になっていき、なんとなく心細そうな様子で実家にこもりがちになるので、(帝は)ますますきわめて不憫なものとお思いになって、人の非難も気兼ねなさることができず、世間の語り草にきっとなるだろうご待遇である。
上達部、上人(うへびと)などもあいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。

公卿や、殿上人なども困ったことだと目をそむけて、まったく見ていられないご寵愛ぶりである。
唐土(もろこし)にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ悪(あ)しかりけれと、やうやう天(あめ)の下にも、あぢきなう人のもてなやみぐさになりて、楊貴妃(やうきひ)の例もひき出(い)でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御(み)心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ給ふ。

中国でも、このようなこと(=女性問題)が原因で、世の中も乱れひどいことになったのだと、次第に世間でも、不快で人々の悩みの種になって、楊貴妃の例も引き合いに出しかねないようになっていくので、(桐壺更衣は)たいそういたたまれない(思いをする)ことが多いが、(帝の)恐れ多いお気持ちのまたとないことを頼りにして宮仕えをしていらっしゃる。
父の大納言は亡くなりて、母北の方なむいにしへの人の由(よし)あるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえはなやかなる御方々にもいたう劣らず、何ごとの儀式をももてなし給ひけれど、とりたててはかばかしき後ろ見しなければ、事ある時は、なほより所なく心細げなり。

(桐壺更衣の)父親の大納言は亡くなって、母親の北の方は古風な人で教養もある人であって、両親がそろっていて、現在世間の評判が華やかな方々にもたいして劣っておらず、どんな(宮中)行事をもとり行いなさったが、これといったきちんとした後ろ盾がいないので、何かある時は、やはり頼るあてがなく心細そうである。

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「いとやむごとなき際(きは)にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。」の「が」の用法

この「が」は同格の格助詞で、「」と訳します。

「あらぬ」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形、「時めき給ふ」の「給ふ」は尊敬の補助動詞「給ふ」(四段活用)の連体形です。

これらの下に同じ体言「人」を入れて、「いとやむごとなき際にはあらぬ人(たいして重んじられる身分ではない人)」と「すぐれて時めき給ふ人」(とても寵愛を受けていらっしゃる人)」が同じ人物だと解釈できます。

「めざましきものにおとしめそねみ給ふ。」の「めざましき」の意味

「めざましき」は形容詞「めざまし」の連体形です。

動詞「目覚む」に対応する形容詞で、目が覚めるほどプラスの意味(=すばらしい)と、目が覚めるほどマイナスの意味(=気にくわない)があります。

ここでは、「おとしめそねみ」(=さげすんだり妬んだり)につながっていくので、マイナスの意味「気にくわない」です。

「え憚(はばか)らせ給はず」の現代語訳

「え〜ず(打消)」は「〜できない」と訳す呼応の副詞。

「憚(はばか)ら」は動詞「憚(はばか)る」の未然形で「気兼ねする、遠慮する」の意味。

「せ」は尊敬の助動詞「す」の連用形、「給は」は尊敬の補助動詞「給ふ」の未然形。

これらをつなげると「気兼ねなさることができない」となります。

「上達部」の読み

かんだちめ」もしくは「かんだちべ」と読みます。

摂政関白、太政大臣、左右大臣、内大臣などの三位以上の者〔=公卿(くぎょう)〕のことです。

ちなみに、「殿上人(てんじょうびと)」とは殿上の間に昇殿することを許された人たちのことで、具体的には四位(しい)・五位・六位の蔵人(くろうど)のことです。

「かかる事」とはどのようなこと?

帝が特定の一人の女性だけをむやみに寵愛すること

後に出てくる「楊貴妃の例」というのは、中国で唐の時代に、玄宗皇帝が楊貴妃を寵愛しすぎて、政治がおろそかになり国が乱れ滅びたことを指します。

「なほより所なく心細げなり」は誰の様子? また、なぜですか?

帝から寵愛を受けている女性(=桐壺更衣)の様子。

父親がすでに亡くなっていて、きちんとした後ろ盾もいないから。

古文の対策

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文・監修/岡本 梨奈 イラスト/カワモト トモカ 構成/宮下瑞葉

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