古くて新しい「ROIC経営」 再注目の背景に、日本企業への“外圧”

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2024年04月25日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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なぜ今、ROIC(投下資本利益率)が再び注目を集めているのか(ゲッティイメージズ)

 2024年3月4日、日経平均株価が終値で初めて4万円台をつけ、史上最高値を更新した。米国の株高や円安といった外部要因が大きい一方で、原動力となっているのが、日本企業の変革への期待感だ。 


【解説を読む】古いけど新しい経営管理手法「ROIC」とは?


 2000年代初期に注目を浴びた、企業の資本効率や事業の収益性を表す「ROIC」が現在、古くて新しい経営管理手法として再び関心を集めている。Google検索キーワードの動向を見ると、直近5年で検索数が増加。理由を探ってみると、時代背景に加えて、日本企業特有の経営文化が見えてくる。


 なぜ今、ROICが再び注目を集めているのか。新連載「ROIC経営が企業を変える」第1回はアビームコンサルティング執行役員 プリンシパル 企業価値向上 戦略ユニット長の斎藤岳氏が、ROICが再注目される本質を解説する。


●外圧により再注目されるROIC


 ROICが再び注目を集める大きな要因は「外圧」である。20年7月、経産省が発出した「事業再編実務指針」にて、事業ごとの資本収益性を測る指標としてROIC(投下資本利益率)を導入し、資本コストとの比較や競合他社との比較(ベンチマーク)を行うことが重要であることが示された。


 また、23年3月、東京証券取引所より「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を通じて、PBR(企業の株価と純資産の比率)1倍割れ企業に対する改善の要請が出たことも記憶に新しい。


 このようにROICが再注目されている一つの背景には、経産省、東証、そして投資家からの外圧があることは間違いないだろう。


●投資家と企業側には大きな意識ギャップがある


 一方、投資家と企業の間には大きな意識のギャップがあることがよく言われている。22年の生命保険協会の調査によると、資本効率向上に向けて、企業が「コスト削減の推進」を重視しているのに対し、投資家が期待しているのはコスト削減の推進ではなく「事業の選択と集中」および「収益・効率性指標を管理指標として全社に展開すること」が示された。


 「事業の選択と集中」と「資本効率指標の全社展開」は重要な経営アジェンダであり、取締役会や経営会議では、この2つに多くの時間を割いてもよいはずだが、むしろ個別の投資議案などに多くの時間が割かれているのが実態である。


●「事業売却の有無」と「PBR」には強い相関がある


 実際、事業の選択の集中、中でも売却経験の有無がPBRの高低と強い相関があることが、アビームコンサルティングの23年11月に行った「進化するROIC経営の実態調査」(以下、ROIC経営調査)から分かっている。


 23年11月時点で日本企業の平均PBRは1.3であったが、PBR1.3以上の企業と1.3未満の企業で比較をしたところ、事業撤退の意思決定に至ったことがある企業の割合は、PBR1.3以上が28.3%だったのに対し、PBR1.3未満が11.3%と、その割合に倍以上の開きが出た。


 PBRの高低は、その企業が属する業界が伸びているのかどうかが大きな要因ではあるが、この事業売却の有無、すなわち投資家が求めている事業の選択と集中にしっかりと対応をしているかどうかもPBRに大きな影響を及ぼすのである。


●事業売却を推進している企業はROICを見ている


 事業売却を本気で検討する企業にとって、ROICを事業別に算出することは必然であることもROIC経営調査の結果から見えてきている。PBRが1.3以上と以下の区分と、撤退経験の有無でセグメント分けをしたところ、A企業(高PBRで撤退あり)は事業別に連結ROICを算出している比率が66%以上あった一方で、D企業(低PBRで撤退なし)では、24%でしかなかった。また、B企業(高PBRで撤退なし)であっても、43%でしかなかった。


 実際にROICを経営指標として活用し、かつ事業売却も積極的に行っていると考えられる企業として、資生堂、花王、味の素、村田製作所、オムロンなどが挙げられる。


 各社はROICを管理指標として掲げているが、同時に、資生堂は21年のパーソナル事業の売却、花王は17年の製油会社とセラミック事業の売却、味の素は20年の包装材料事業会社の売却、村田製作所は17年の電源事業と、19年のスーパーキャパシタ生産ラインの売却、オムロンは19年車載部品事業の売却を実施しており、ROICを活用しつつ売却を推進しているのだ。


●花王はなぜ「EVAからROICへ」と指標を見直したのか


 花王は、EVA(経済的付加価値)を全社指標として活用してきたが、23年にROICを経営指標に活用することを表明した。理由として「EVAでは事業の総和でしか判断できず、収益性が低い事業があっても見過ごされていた。これがうまくいかなくなった原因」「EVAは『絶対値』しか見えないため、売上高規模が違う他社との比較がしにくい。業績が好調な時は問題視されなかったが、苦境に直面する今、収益性低下の原因が明確にならないという欠点が浮き彫りになった」(いずれも出典は23年9月東洋経済オンライン)とのことである。


 ROICは率での指標であるため、他社との比較、他の事業との比較、資本コストの比較がしやすい指標である。「撤退」という難しい意思決定を下すにあたっては、比較が出来ることは意思決定を促すメリットがあるのだと考えられる。もちろん、率指標は縮小均衡を引き起こす可能性があるため、ROICを指標としている企業は、同時に、市場成長率などの成長性指標や、市場占有率などの外部指標と共に見て行くことも大事なポイントである。


●日本企業特有の経営文化とROIC


 最後に、ここまでの話をもとに、経営者や投資家の方々と議論した際に出てきた話をいくつか紹介する。キーワードは「成長機会と内部留保」「縦割り組織」「投資家と経営と現場」の3つである。いずれも指標だけの話でなく、日本企業が抱える課題が浮かび上がる。


成長機会と内部留保


 日本企業は内部留保を厚めに持っている企業が多い。新たな投資を企てるも、自社の強みが生きそうな領域は成長機会が限定的であるという企業が多くある。特に日本市場を中心に考えると、人口が減少する中、成長機会は限定的になりがちである。内部留保が過剰となればROICが低下する原因になるし、成長の芽が少なければPER(株価収益率、利益と比較した株価の高さ)が低くなり、PBRはさらに低くなる。


 一方で、過去の歴史やさまざまなステークホルダーを考えると事業の組み替えを行うことは容易ではないし、次に狙う成長市場が既存の事業領域から遠い領域となるとリスクも高い。よって、このままだとROICもPERも下がりPBRが下がるということは理解しつつも、「分かっちゃいるけど変えられない」という問題を抱える企業は多い。


縦割り組織


 「分かっちゃいるけど変えられない」理由の一つが縦割り組織にある。コーポレートの経営企画部門が主導で全社にROICを導入するも、事業部側はやらされ感で指標を導入している企業は案外多い。結果、現場のKPIとROICは連動せず、PDCAは回らない。さらには、海外現法ではそもそもKPIの定義が本社と異なっているということまである。


 ROICを高めるには、全体最適の視点が大事である。どこにインパクトがあるのか、はたまたコスト削減のために大量生産すると逆に在庫増や値引きなどのしわ寄せが起こらないか、会社全体をみた意思決定が必要となるからである。全体最適の実現には、組織をまたいだ巻き込み、各組織のトップが自部門の1つ上、2つ上の視点を持つというリーダーシップが大事になる。逆に、ROICと現場を結び付ける活動がリーダーシップ育成に貢献するという面もある。縦割り組織を打開するためにも、リーダーシップ育成という長い時間軸での変革が必要なのである。


投資家と経営と現場


 前述したように投資家と企業側ではその意識ギャップは大きい。最近、日本では「人的資本経営」という言葉が使われるが、米国では逆に、Human Capital ManagementよりもPeople & Cultureという言葉が使われつつある。これは投資家視点が欠けている日本、現場視点が欠けている米国のそれぞれの課題感の表れなのだろう。


 経営の仕事とは投資家と現場という矛盾のある存在を結び付け、方向づけるものである。ROICの導入が単にコーポレートのために現場が苦労するだけのものというのでなく、現場にとってのメリット、投資家にとってのメリットを統合的に経営が深く考えるきっかけにもなっていくであろう。


●ROICが再注目される理由


 外圧により日本企業は、資本効率性を高めることが求められている。その一方で、企業にとって資本効率性を高めることは、人口が減り、成長機会が限られる日本市場では、外圧の有無に限らず必要なことであるともいえる。成長機会が限られる市場では、より資本効率性の高さが求められるからである。


 資本効率を高めるためにも日本企業が抱える根本的な課題を見直す必要が出ているのも事実である。ROICという比較しやすいツールを用いつつ、この日本企業の根本的課題に向き合い変革をしていくこと、これが今多くの日本企業に突き付けられている現実であり、ROICが再注目される理由なのではないだろうか。


 なお、この「求められるPBR向上、ROIC経営で企業が変わる(仮)」では、PBRを高める道筋(次回)、高PBR実現に向けて(次々回)についても触れていく予定である。


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