「走るサイコロ」、ホンダ・エレメント。実は「走る監視小屋」が開発テーマだった 【迷車のツボ】

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2024年04月28日 11:10  週プレNEWS

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黒い樹脂パーツを大胆に使ったエレメント。最近流行りの2トーンの先駆け?


連載【迷車のツボ】第9回 ホンダ・エレメント

世界初のガソリン自動車が生まれてすでに140年以上。その長い自動車史のなかには、ほんの一瞬だけ現れては、短い間で消えていった悲運のクルマたちも多い。自動車ジャーナリスト・佐野弘宗氏の連載「迷車のツボ」では、そんな一部のモノ好き(?)だけが知る愛すべき"迷車"たちをご紹介したい。

【写真】観音開きのセミ4ドアで驚異の“突き抜け空間”が出現!

* * *

というわけで、今回取り上げるのは、2003年4月に国内発売された「ホンダ・エレメント」である。

エレメント最大のツボといえば、その「サイコロ」(?)のような特異な縦横比のプロポーションだ。スリーサイズは全長4300mm、全幅1815mm、全高1790mm。全長は当時のシビックとほぼ同じなのに、全幅はレジェンドよりも大きい......という極端なショート&ワイド。しかも、全幅と全高はほぼ同じなので、前や後ろから見ると正方形に近かった。


エレメントが発売された2003年春といえば、1990年代後半からのミニバンブームも一段落して、セダン中心だった20世紀的なクルマ世界も明らかに転換しつつあった。

そんな新しい時代を象徴するクルマがSUVだったのだ。当時のホンダも、定番のCR-Vに加えて、コンパクトで若々しいHR-V、トヨタ・ハリアー対抗馬のMDX、さらには軽自動車のZ......と、さまざまな新種SUVを世に問うていた。しかし、CR-V以外、販売はどれも芳しいとはいえないのが実状だった。

そんななかで生み出されたのがエレメントである。発端はホンダの四輪事業の屋台骨となっているアメリカ市場だ。

当時のアメリカで販売されていたホンダSUVは、CR-Vとその上級のパイロット、そして高級車ブランドのアキュラMDX。日本では十分に立派な車格のCR-Vも、日本とスケール感のちがうアメリカでは独身女性や主婦が乗っているイメージが強かった。いっぽうで、CR-Vの上級に位置づけられたパイロットやそのアキュラ版のMDXは、いわばオジサングルマと捉えられてしまっていた。


つまり、20世紀ならシビックのスポーツモデルやプレリュードにカッコつけて乗っていたような20代男性に好適なSUVが、当時のアメリカにはなかったのだ。そこで「とにかくCR-Vとパイロット/MDXの間にSUVをつくれ!」との大号令のもと、アメリカホンダで開発されたのがエレメントだった。

エレメントがターゲットとしたのは、20代の若者のなかでも、海や山のアウトドア趣味に熱心なアクティブ層。そこで、デザインも海岸でよく見かけるライフガードステーション(=ライフセーバー用の監視小屋)モチーフとした。当時の資料によると、自分たちの遊び場を守るライフガードは、アメリカの若者にとっては"身近な英雄"だったんだとか。

その独特のプロポーションも、独身男性を意識した商品企画と無関係ではない。あくまで若者の遊びグルマなので、全長はコンパクトで軽快なカッコよさは必須だが、遊び道具をたくさん積むので、室内空間は広くなければならない。ファミリーカーではないので本格的な4ドアは不要だけれど、大きな荷物を出し入れするドアの開口部は大きい方がいい。だから、センターピラー(=ボディ中央の柱)レスの観音開きセミ4ドアとして、前後1550mm×上下1140mmという大開口を実現。しかも、そのドアは90度近くまで開いた。


エレメントが発売された20年前の感覚だと、1.8m超という全幅も日本では"大きすぎ"といわざるを得なかった。ただ、主要市場はあくまでアメリカで、企画からデザイン、開発、そして生産まですべてアメリカでおこなわれたからだろう。日本市場での使い勝手は二の次にされたっぽい。こういう明らかに「ヘン!」といわれそうなクルマを、いきなり思いついたように世に出すところが、伝統的なホンダらしさでもあった。

というわけで、エレメントは当時の日本では明らかにヘンなクルマの類ではあったけれど、そのヘンさが、独特の楽しさや気持ちよさのツボを尽くクルマでもあった。

たとえば、内外装はハッキリと安っぽかったが、それはこの大きさにして、シビックなどと同等の1.6万ドル前後(当時のレートで200万円以下)という若者向け価格をねらっていたからでもある。それに、ボディの下半身を樹脂で覆うグラッディング(=肉盛り)処理は、安っぽくはあってもツールっぽいタフ感があったし、内装にはミニバンづくりで鍛えた小物入れが豊富に設けられていた。

大開口ドアの影響もあってか、ボディがちょっとガタピシするクセは否定できなかったし、背高ボディを安全に走らせるためか、アシまわりもはっきりと硬く、乗り心地も高級とはいえなかった。それでも、左右のドアを開け放ったときの気持ちよさは格別で、いかにも楽しい乗り物感がただよっていた。

また、後席収納を一般的な前倒し式でなく、あえて左右跳ね上げ式にしたところも面白かった。後席を収納すると、前後長1900mmにも達する真っ平のスペース(しかも全面樹脂フロア)が出現。一般的なサーフボードやマウンテンバイクを積むことができたし、その気になれば車中泊もラクラクだったのだ。


実際、エレメントは2002年末に先行発売されたアメリカで、初年度に計画(年間5万台)を大きく超える6.7万台以上を売り上げるスマッシュヒットを記録。それ以降も根強く売れて、最終的には2011年まで販売された。アメリカでの累計販売台数は32万台以上だった。

対して、月間1000台(年間1.2万台)の計画でアメリカから輸入された日本では、発売当初から販売好調とはいえず、2年後の2005年6月にマイナーチェンジされるも、その年の12月には国内販売を終了してしまった。

日本での人気が盛り上がらなかった理由は、先述のように日本ではちょっと大きすぎた全幅に加えて、259万円(税別)とアメリカより高くなった価格もあったろう。それは日本仕様がATの4WDのみ(アメリカにはMTやFFもあった)で、装備も充実させた結果でもあった。しかし、当時のシビックはセダンのRSで160万円台、タイプRでも222万円。それより上質なインテグラが通常モデルで180万円台中心だったことを考えると、アメリカより割高感があったのは否めない。

もっとも、世のクルマがSUVだらけとなった現代なら、エレメントのような個性派SUVが売れる可能性も、当時よりはあるかもしれない。しかし、今は電気自動車時代に向けた生き残り競争に忙しく、こんなイロモノグルマ(失礼!)をやっている場合ではないのかも......。と、迷車と名車は、ほんのちょっとツボがずれただけの紙一重だ。


【スペック】
2003年 ホンダ・エレメント 
全長×全幅×全高:4300×1815×1790mm 
ホイールベース:2575mm 
車両重量:1560kg 
エンジン:水冷直列4気筒DOHC・2354cc 
変速機:4AT 
最高出力:160ps/5500rpm 
最大トルク:218Nm/4500rpm 
燃費(10・15モード):10.6km/L 
乗車定員:5名 
車両本体価格(2003年4月発売時)259万円

文/佐野弘宗 写真/ホンダ

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