書面の監査業務「25→12時間」に半減 生成AI、旭化成の活用策は?

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2024年05月02日 09:31  ITmedia ビジネスオンライン

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書面の監査業務「25→12時間」に半減

 連載「生成AI 動き始めた企業たち」第18回は、旭化成の取り組みを紹介する。同社は2023年6月に全従業員が公開情報のみ利用できる生成AIシステムを業務導入。同8月には外部に公開していない社内データも検索・回答できるようにした。


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 ある事業部の製造現場では、顧客と監査のやりとりを書面で行う業務が、1件あたり25時間から12時間に短縮されるなどの効果も生まれたという。


 長期的には材料化学や住宅、医療など各事業分野に特化した独自のAIモデルの構築を目指すという同社。どのような価値観のもと、生成AI活用を進めているのか。回答はデジタル共創本部インフォマテイクス推進センター 生成AI・言語解析ユニット長の大熊智子氏。


●Q. 生成AIはビジネスと社会にどんな変化をもたらすか


 DXにおいては、単なるデジタル化(D)ではなく、デジタル技術を使った変革(X)を行うことが最も重要です。生成AIはそのXの部分を加速する強力なツールの一つだと考えています。


 当社では、23年5月に生成AI活用ガイドラインを制定し、6月には全従業員が安全な環境下で業務利用できる生成AIシステムを導入しました。また8月には、技術情報など外部に公開していない社内データも検索して回答できるよう、社内データとの連携を始めるなど、早くから業務への積極的な活用を進めてきました。


 12月には現場のデジタル人材が自ら業務に適したシステムを開発できるような環境の提供を開始しました。生成AIはデジタルデータの利活用をさらに加速し、効率化だけでなく従業員のアウトプットの質の向上や組織の業務プロセスの変革を実現できる技術だと考えています。


 ある事業部の製造現場では、書面による顧客監査対応業務を1件あたり25時間から12時間に短縮し、年間で約1820時間の短縮が実現できる見込みです。このケースでは、単に対応業務を自動化しただけではなく、過去のデータの活用により品質が向上することも確認できました。


●Q. 自社のAI技術の強みは何か


 当社では、マテリアルズ・インフォマティクスなどの領域で早くから人材育成を進めており、IT技術により業務を改革できる人材が育っています。また、全社員を対象とした人材育成プログラム「旭化成DX オープンバッジ」を実施しており、現場から経営層までDXに対する意識が高く、迅速に課題解決に取り組むことができるのが強みです。


 旭化成グループ全体のDX推進をミッションとする組織「デジタル共創本部」では、事業部や事業会社の業務担当者と連携して、個々の業務に特化したシステムの開発を進めています。


 例えば、住宅事業では、顧客への提案を生成AIによって支援することで、人による品質のばらつきを低減し受注率を高めることを目的とした検証を実施しています。この活動の中で、現場の実務担当者による評価の結果、生成AIで作った文言が、熟練者レベルには達しないものの素案として利用するには十分な品質であるということが分かりました。


 エンジニアリング部門では、社内の規定ルールやこれまでに蓄積された膨大な社内技術情報を格納したデータベースと生成AIを連携させることによって、過去の知見の活用による人材育成や技能伝承の加速を目指しています。さらに、安全活動の場面において危険予知の抜け漏れを他のシステムと連携して指摘するシステムの開発も視野に入れています。この活動の中では、現場の経験者でも気が付かなかった発見が得られた事例も確認できています。


●Q. 自社の競争優位性をどう確保するか


 短期的な戦略としては、生成AIの利用目的を「個人利用」と「組織利用」の2つに分け、それぞれに対して推進施策を実施します。個人利用については、社員一人一人が生成AIを業務支援ツールとして使いこなすための教育や相談窓口を充実させていきます。


 組織で利用するシステムに生成AIを導入する「組織利用」では、社内の文書データベースと生成AIを連携させるための共通基盤を構築して提供します。具体的なPoC(Proof of Concept、概念実証)の実施にあたっては、生成AIとの親和性や実現性などを明確にした上で、現場の課題解決に向けた取り組みを個別にデジタル共創本部の生成AI活用推進メンバーがサポートします。


 これらの施策を加速させるために、当社は生成AIシステムの独自開発にこだわらず、Microsoft社のAzure OpenAI ServiseやCopilotなどの他社製品を積極的に導入していきます。同時に、既存のサービスでカバーできない部分に注力して、自社独自の技術や高度なノウハウの獲得を進めます。


 生成AIをめぐる技術やサービスの開発は国内外で急速に発展しているため、積極的に外部の技術を取り込むことが結果的に競争優位の源泉になると考えています。


 一方で、長期的な戦略として、材料化学や住宅、医療など当社の事業分野に特化した独自のAIモデルの構築を進めていく計画があります。旭化成の保有する知識やノウハウをLLM(大規模言語モデル)に取り入れることによって競争力の高い技術の構築を目指します。


●Q. 生成AIがもたらすリスクと対処法をどう考えるか


 リスクには2種類あると考えています。一つは生成AIを使うリスク。もう一つは生成AIを使わないリスクです。


 生成AIを使うリスクについては、情報漏えいの観点と、生成AIの出力の信ぴょう性が挙げられます。これらのリスクに対処するためには、生成AIに対して必要最低限の知識を持つことが重要だと考えています。当社では、生成AIに関する基礎知識を持つことを目的として「旭化成DX オープンバッジ」で従業員向けの教材を公開しています。また、社内報で従業員が積極的に生成AIを使えるような情報を発信したり、生成AI活用コミュニティを設立し、事例共有や利用者同士の情報交換を促進したりしています。


 教材の中では生成AIを使わないリスクについても言及しています。リスクを必要以上に恐れて生成AIを使わず、社内で発生する業務の全てを人間だけで遂行することにこだわっていると、業務効率やアウトプットの質を向上したり、新たな創発を起こしたりする機会を逃すことで競争力が低下し、個人だけでなく組織にとって大きな損失になる可能性があることも伝えています。


●Q. 生成AI開発に関するルール整備をしているか


 生成AIの利用については生成AIの専任チームとセキュリティやITガバナンスを担うチームが協力して、生成AIに関わるリスクや留意事項をまとめ、全社にガイドラインを発行して周知しています。


 情報漏えいに関する留意事項については、入力データが学習データに取り込まれることや、サービス提供先のサーバ内に一定期間保持されることなどを注意事項として挙げています。信憑性の観点からは、生成AIの出力には誤りが含まれる可能性があるので生成結果をうのみにせず、必ず自分自身で真偽を確認するように指示しています。


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