パワハラの元凶なのに……「追い込み型」のマネジメントがはびこる理由

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2024年05月02日 09:31  ITmedia ビジネスオンライン

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「追い込み型」のマネジメントがはびこるのは、なぜ?

 宝塚歌劇団の劇団員が自ら命を絶つことになった痛ましい事件。歌劇団側は、上級生によるパワーハラスメント(パワハラ)があったことを認め謝罪しました。ネット上では「パワハラという名の犯罪」「亡くなってからじゃ遅い」などと辛辣(しんらつ)な声が飛び交っています。


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 大企業にパワハラ防止措置が義務化されたのは2020年のこと。22年からは中小企業にも適用範囲が広がって全面施行されています。しかしながら、会社の上司をはじめ政治家や警官、医師などさまざまな加害者によるパワハラ事件が、いまも後を絶ちません。


 これだけ世の中で騒がれ、してはいけないことだと分かっているはずなのに、なぜパワハラは一向になくならないのでしょうか。恐怖心を抱かせて部下をコントロールしようとする「ストロングマネジメント」の発生メカニズムと、そこから脱却するためのヒントを考えてみたいと思います。


●増え続けるパワハラ相談件数


 初めに、上司と部下の次のようなやりとりから考えてみましょう。


上司:「このペースで目標が達成できるのか?」


部下:「 このままでは難しいかもしれません……」


上司:「それで?」


部下:「……」


上司:「どうすんの?」


部下:「どうすればいいでしょうか……」


上司:「はあ? それを考えるのがキミの仕事だろ!」


 高圧的な上司の態度に、部下がどんどん萎縮していく姿が浮かんできます。厚生労働省は、職場におけるパワーハラスメントを以下のように定義しています。


 「職場において行われる(1)優越的な関係を背景とした言動であって、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、(3)労働者の就業環境が害されるものであり、(1)から(3)までの要素を全て満たすものをいう」


 最初に優越的な関係とあるように、職場では大抵の場合、パワハラの加害者は上司で被害者は部下です。上司としては部下を鍛えようとあえて厳しく接しているだけで、心の奥底には愛情を秘めているのかもしれません。しかし、あらゆるハラスメントと同様、パワハラに該当するか否かは、受け手側がどう感じるかが大きな鍵を握っています。


 厚労省の調査によると、大企業にパワハラ防止措置が義務化された20(令和2)年度以降の「パワーハラスメント防止措置」に関する相談件数は以下のグラフの通りです。


 同調査の22(令和4)年度の相談件数は4万4568件で、前年度の1万8422件と比較して2.4倍と極端に増えていますが、これはパワハラ防止措置の全面施行を受けて、21年度まで個別労働紛争解決制度の施行状況の「いじめ・嫌がらせ」にカウントされていた相談件数が、22(令和4)年度から同調査に上乗せされたことが大きく影響しています。


 ただ、集計ルールに変更がなかった20(令和2)年度から21(令和3)年度にかけても、相談件数が1万4078件から1万8422件へと30%増加しています。パワハラに対する意識は年々高まっている様子がうかがえます。


●パワハラが発生する4つのパターン


 パワハラが発生するパターンは、縦軸に「加害者側の圧力自覚」の有無、横軸に「被害者側が感じている愛情」の有無をとると、大きく4分類されます。


 部下としては上司の愛情を感じており、上司も自分の言動が部下に圧力を与えているだろうと自覚してはいるものの「部下のために心を鬼にしなければ」と続けるうちに限度を超えて部下を追い込むパターンが「勘違い型」です。


 それに対し、同じく部下は上司の愛情を感じてはいるものの、上司側は自分の言動が圧力を与えていることに気付いておらず、知らず知らずのうちに過度な要求をして部下を追い込むのが「鈍感型」です。


 一方、上司側が部下に対して故意に圧力をかけ、部下はそこに愛情を感じていないパターンは「意地悪型」。上司側に圧力をかけている自覚がなく、部下側は愛情を感じていないと「冷血型」になります。


 「意地悪型」は確信犯です。「鈍感型」と「冷血型」は部下の気持ちをおもんぱかる姿勢に欠けています。上司が「パワハラになってないだろうか」と戦々恐々としながら部下育成に臨んだ結果、やはりパワハラになっていたというケースの多くは「勘違い型」に該当します。


 このように相手を追い込んで、恐怖心を抱かせて部下を動かそうとするストロングマネジメントが、これまで職場はもちろん学校の部活動などでも日常的に行われてきました。体罰という名の暴力を伴うものさえありました。


 ストロングマネジメントによる部下育成の肝は、恐怖心を与えたり、悔しい思いをさせたりして、部下を精神的に追い込むことにあります。追い込まれた部下は逃げ道をふさがれるため、必死にもがいて乗り越えるしかありません。その結果、工夫や改善を試み、自らの意志で答えにたどり着きます。その過程が重要な成長体験となります。


 しかし、この追い込み型の部下育成は、加減を間違えるとパワハラになってしまいかねません。部下が悲鳴を上げていても「自分もそうやって成長してきたのだから」と自らの成長体験を盾に耳を貸さず、心を鬼にするという言葉で正当化すると、もはやブレーキをかけるのは不可能です。その結果、部下が心身の健康を損ねるまでエスカレートしてしまいます。


●ストロングマネジメントから脱するためには


 パワハラは完全にはなくせないとしても、部下を追い込むストロングマネジメントを止めさえすれば、その数はかなり減らせる可能性があります。自身がストロングマネジメントで育てられてきた上司にとっては、部下育成がしづらいでしょう。それでも、パワハラの弊害を考えると、脱ストロングマネジメントを進める必要があります。


 脱ストロングマネジメントを進めるのであれば、他人から与えられる恐怖心などではなく、内発的な動機づけによって、部下が自らの意志で自らに負荷をかけられるかどうかが鍵となります。


 上司としては、まず部下自身が主体であることを認識することです。そして、例えば部下がどうなりたいと考えているのかに耳を傾けた上で、実現させるには何が必要かを示します。それが導きとなり、示されたものと現在地点との距離を認識した部下がその差を埋めたいと願えば、自ずと自らに負荷をかけることになります。


 上司はそんな部下の意志を尊重して、なりたい姿になるための支援をします。このような関わり方は、サーバントリーダーシップ(servant leadership)などと呼ばれます。


 一方、大変なのは育成する側の上司だけではありません。部下も同じです。中には他人から追い込まれないと、本来持っている力を発揮できない人もいます。脱ストロングマネジメントが進めば上司は自分を追い込んでくれなくなるので、外発的な成長機会は減ってしまいます。


 「上司に怒られないから、今のままでいいんだ」と勘違いする人は成長機会を失ったままとなり、自らの手で自らに負荷をかけられる人との間で顕著な差が生まれていくことになります。


 パワハラに限らず、セクハラにカスハラ、モラハラなどさまざまなハラスメントリスクが高まる一方の社会において、脱ストロングマネジメントの推進は必然とも言えます。ただ、職場としてはより強く生産性の高い組織を構築していくために、部下育成を避けて通ることはできません。


 職場は部下自身が自己育成する機運を高めると同時に、上司たちにはこれまでの成長体験を捨てさせ、サーバントリーダーシップのような、プレッシャーを与えて部下を追い込む形とは異なる育成スタイルを習得させる必要があります。


 パワハラに対する意識が世の中で高まり続ける中、これから多くの職場にとって、部下育成と脱ストロングマネジメントの両立は重要課題の一つとしてより強く認識されていくことになるのではないでしょうか。


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