逆求人の「OfferBox」はなぜ伸びているのか 人気の秘密は反「数打ちゃ当たる理論」

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2024年05月13日 06:51  ITmedia ビジネスオンライン

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就活生の多くが「逆求人」のサイトに登録、理由は?

 就職活動といえば、学生が企業にエントリーして内定を得る流れが一般的だった。しかし、今では多くの学生が企業からのオファーを待つ「逆求人」スタイルのサービスを利用している。就職活動における「マッチングのあり方」を変えた新卒向けダイレクトリクルーティングサービスの中で、多くの学生と企業に支持されているのが、i-plug(大阪市)が運営するOfferBoxだ。


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 OfferBoxは、2024年度卒業予定の学生のうち24万6751人、新卒を募集する企業1万7469社が登録する。企業の採用担当者はサイト内で学生のプロフィール情報を閲覧でき、採用したい学生に対して「オファー」を送ることができる。オファーが承認されると、選考やインターンシップの案内に進む仕組みだ。


●「OfferBox」が提供する“逆求人”サービス


 学生は無料で利用でき、企業側も内定承諾をベースとした成功報酬制が基本となっている。1人採用につき38万円(※一部プランを除く)に設定されており、コストとリスクを抑えられる点が評価されている。


 新卒採用市場においては、就職ナビや合同説明会が企業と学生の接点となっていたが、i-plugを創業した代表の中野智哉氏は、従来の手法ではマッチングのあり方に課題があったと語る。


 「就職活動が大変だと話す学生が多かったが、『就職先がない』というより、『行きたい会社を見つけるのが大変』という声が大半だった」


 今でこそ、新卒採用を行う多くの企業で導入されているOfferBoxだが、リリース当初から企業に評価されたわけではない。


 新卒採用市場が、学生から企業にエントリーする一方向の流れのみだったことが背景にある。「当時は、なぜ企業側から学生に声をかける必要があるのかという反応が一番多かった」(中野氏)


 現在でも地方の一部で、同様の意見を聞くこともあるというが、サービスの改善を重ね、利用企業は全国に拡大している。


●景気の反転と就職活動のルール変更がサービス拡大に影響


 事業をスタートした直後、当時の安倍政権下ではアベノミクスが発表されるなど、景気上昇の気配が見られた。さらに、2013年には東京でのオリンピック・パラリンピックの開催が決定。開催に向けて人材不足を懸念する声が高まったこともあり、求人倍率は右肩上がりで上昇した。


 一方で、学生数は変わらないため採用手法の改善を求める声も高まった。売り手市場となり、優秀な学生を囲い込むため就職活動の早期化も進んでいた中で、2016年卒からの就職活動スケジュールが変更される(選考開始を大学4年生の4月から8月に後ろ倒す)ことが発表された。


 景気の反転と、就職活動のルール変更が事業拡大のターニングポイントになったと中野氏は振り返る。「就職活動のスケジュールが後ろ倒しとなったことでインターンシップが生まれ、その募集でもサービスを利用したいという企業からの要望が殺到した。当時、インターンの時期に利用できるサービスが他になかったことも大きかった」


 そこで、インターン募集のニーズに対応するため、早期定額型のプランを追加した。この判断が功を奏し、取引が拡大。景気の波とマーケットの環境変化が事業スケールに大きく影響し、OfferBoxは順調に成長していった。


●業界では異例の「オファー枠」


 OfferBoxが拡大した要因は、外部環境の変化以外にもある。そのひとつが、サービス開始以来続けている「オファー枠」だ。OfferBoxには、「採用計画1人につき、オファーを40枠付与(2人なら80枠、3人なら120枠を付与)」と、採用計画に応じてオファーの数に上限が設定されている。


 学生側にも「同時にやりとりできる会社を15社まで」という縛りがあり、満枠使い切っている中で新たな会社と会話したい場合は、すでに受け取っているオファーに対して意思表示しないと次に進めない仕様となっている。


 「お金のある企業に多くの送信権利が集まり、お金のない企業には権利がないという状態を防ぐ」ためにオファー枠の追加販売も行わないほか、「オファーの一斉送信機能」も設定していない。


 学生のプロフィール詳細画面に入らないと「オファーを送る」ボタンは出てこず、プロフィールも1人分しか閲覧できない仕様だ。「一括送信」ボタンもないため、企業側は必然的に一人ひとりの情報をしっかり確認することとなる。


 「一括送信はインターネットの利便性であって、人間のコミュニケーションの原理原則ではない」(中野氏)


●オファーに制限があることで「就職活動や採用活動のあり方」を変える


 予算をかけることで、簡単に何通でも送信できるのが当たり前だった人材業界において、オファー枠に上限を設けることは異例の設定といえる。


 一般的に、求人サイトのスカウトメールに代表される企業側からのアプローチ商材は、予算が大きい企業ほど送信数を多く獲得できる仕組みとなっている。誤解を恐れずに言うならば、「数打ちゃ当たる理論」だ。この理論に沿って、ミスマッチなアプローチを受け取った経験がある転職・就活経験者もいるのではないだろうか。


 オファー枠があることで、「意味のないオファーが発生しづらくなる」と、中野氏は語る。有名大学出身など目立つ経歴の学生がいたとしても、オファー枠があるため「興味あり」のレベルでは、無駄にアプローチできないからだ。


 つまり、採用を前提としたオファーしかできない仕様にしたことで、目立った資格や実績を持つ人に無意味なオファーが集中することはない。当然ながら、毎年オファーを多く受ける学生も一部いるというが、学歴やプロフィールに共通する特徴などはないという。 


 人材業界では異例の「オファー枠」を導入した理由は、「就職活動や採用活動のあり方そのものを変えるため」だ。


 「これまでは多くの学生の目に触れてもらうことが大切だとされてきたが、大事なことはコミュニケーションの深さ。そのためには、出会える数を制限する必要がある。制限があると、採用側も覚悟が生まれ、一人ひとりの候補者を吟味するようになると考えた」


●「OfferBoxでなければ、絶対に出会えなかった会社へ就職できた」


 制限を設けたことで、オファー1通あたりの熱量は高くなった。そんなオファーが届くことは、学生側の意欲や仕事の可能性を広げることにも一役買っている。「OfferBoxでなければ、絶対に出会えなかった会社へ就職した」という事例も多数あるという。


 例えば、語学が堪能で英語を使った仕事を探していた学生がオファーを受け、就職を決めたのは包丁メーカーだった。海外から高く評価されるメーカーだったこともあり、翻訳ができる学生を探していた企業と見事にマッチングした。


 包丁メーカーと英語を扱える学生という、一見すると繋がりがなさそうな企業と学生の間にも縁が生まれている。


 利用する学生からは、「就職活動では、断られる理由がわからないことが多く、自信をなくしやすいが、OfferBoxは知らなかった企業から自分を評価してもらえる。この体験は自信になる」といった好意的な声が多い。


 こういったポジティブな意見もあり、学生ユーザーの半分は口コミ経由での登録だ。「一斉にはじまる就職活動は学生間で口コミが広がりやすい傾向がある。ポジティブな口コミが広がるよう、いいサービスを作ることにこだわった」(中野氏)


●新卒採用市場におけるトレンドの変化


 新卒採用における学生の仕事の探し方は、過去から変化しつつある。


 「数年後の転職を前提とする学生が増えた。1社目を選ぶハードルは下がり、エントリー数も減少傾向にある。仕事の探し方は変わりつつあるものの、インターンで理解度を高めて入社する学生も多いことから、就職先を大事に選択しようとする考え自体は変わっていない」


 リクルートの調査によると、若年層にとって転職することが当たり前となりつつある。今の会社で定年まで働き続けたいと考える人は、Z世代(26歳以下)の約2割にとどまり、10年以内の転職を検討する人が7割を超えた。


 最初に入社した会社で長く働くという考え方は少数派となりつつあり、「いつか転職する」というマインドを持つ人が増えていることがうかがえる。


 一方、企業側の新卒採用に対するマインドはどう変化したのか。人的資本経営の考えが浸透したことで新卒採用の重要性が増していることに加え、今後も予測される人手不足、これら2つの観点から新卒採用に対する積極性は毎年上がってきていると中野氏は分析する。


 「学生数も減少しており、就職ナビへの掲載や合同説明会で人材を呼び込む従来の手法だけで新卒採用を実現するのは難しくなっている。『採用を科学する』という考えで戦略を見直そうと、新たなツールや手法を導入しようとする意識が強くなった」


●OfferBoxは「インフラと同じ」


 就活で内定を得るまでの手段は多様化している。しかし、本質的なことは、どの会社に入るかではなくて、「どこで何をするか」だ。


 「今後は、入社後に活躍することをゴールとした方向性で採用のあり方や企業選びのあり方も変化していく。インターシップ、ジョブ型採用、キャリア教育などが一体となるように変化しなれければならない」


 これからも人手不足は間違いなく続くと予測されるが、OfferBoxでは成功報酬の単価是正の考えはないという。「採用は今後より一層、難しくなるかもしれないが、少子化を理由とした単価アップは考えていない」


 背景にあるのは、「プラットフォームサービスは、インフラと同じ」という考えだ。あくまでもインフラは利用するユーザーの満足度を向上させるために存在するのであって、収益を上げることだけを考えていればいいというわけではない。


 「OfferBoxが目指すことは、企業と学生がお互いを理解し、一緒にいい価値を作っていくという当たり前のあり方をどれだけ実現するか」だと中野氏は語る。新卒採用のあり方を進化させた逆求人スタイルのOfferBox。今後の展開にも注目したい。


(カワブチカズキ)


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