名言ななめ斬り! 第76回 心理学者・河合隼雄の名言「ふたつよいこと、さてないものよ」は“幸せハードル”が過剰に上がった現代こそ刻みたい

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2024年05月14日 10:01  マイナビニュース

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SNSを見ていると、時々カウンセラーなど心理職の人の“金言”が流れてくることがあります。カウンセラーのこの言葉で自分は救われたというような内容です。個人の感想を否定するつもりはありませんが、私の経験から言うと、カウンセラーというのは、ああしろこうしろと指示命令を出す人ではないと思うのです。



クライエントは何らの悩みを抱えているものですが、必要以上に自分で自分を責めたり、反対に他責が強くなってがんじがらめになっていることがある。そういった感情の交通整理をするのが心理職の人であり、クライエント本人に考えるきっかけを与える人なのではないかと思います。ですから、心理職の極意は「決めつけない」ことだと思うのです。女性はこうすべきとか、あの人が悪いというような自分の基準をクライエントに押し付けないで、話を聞けるか。これはかなり難しいことと言えるでしょう。


○「人の心などわかるはずがない」と書いた河合隼雄さん



日本は欧米と比べると、心理職の人の社会的地位が低いと言われていますが、今日はユング心理学の確立に貢献し、箱庭療法などの心理療法を普及させた元京都大学名誉教授で文化庁長官だった河合隼雄さんの名言をご紹介します。



日本を代表する心理学者でありながら、河合さんは「こころの処方箋」(新潮文庫)において「人の心などわかるはずがない」「100%正しい忠告はまず役に立たない」と書いています。カウンセリングを受けたことがない人は「そんな人に相談して大丈夫なの?」「もっと自信のある人にみてもらいたい」と思うかもしれません。しかし、実は人間関係のトラブルというのは「私は相手の心がわかる」「私の忠告は100%正しいから、私の言うことを聞け」という変な自信や善意からはじまっていると思うのです。仕事柄、非行少年の話を聞くことも多かった河合さんですが、周囲から「札付きの不良」と言われても、それをうのみにすることはしなかったそうですし、反対にクライエントが嘘をついているなと感じるときでも「この人からはそう見えているんだな」ととらえて、そのウソにつきあったそう。これが「決めつけない」ということです。



このスタンスは「こころの処方箋」にも活きていて、エッセイにおいても、ご自分ですべてを解説するのではなく、読者に考えさせるような書き方をしています。その中でおもしろいなと思ったものがあったので、ご紹介しましょう。それは「ふたついいこと、さてないものよ」です。


○河合隼雄の名言「ふたつよいこと、さてないものよ」の真意とは?


河合さんはこの言葉には二つの意味があると解説しています。ひとつめは「ひとついいことがあると、ひとつ悪いことがあるとも考えられる」。具体例をあげると、社内で昇進すれば、同僚から嫉妬をかってやりにくいこともあるでしょうし、宝くじが当たればたかりに来る人もいて、面倒くさいことが起きるという例をあげています(余談ですが、宝くじに当たった女性が、交際相手に殺されるという事件が実際に起きているので、気を付けましょう)。ふたつめの解釈は「ふたつ悪いことは重ならない」という意味。ひとつ悪いことが起きると、すべて失敗したような気持ちになりがちですが、よく見てみれば「よいこと」が潜んでいることも多い。悪いことが起きたと思ったときも、全体をよく見まわしてみると、それほど絶望しないですむという内容でした。



いいこともあれば、悪いこともある。悪いことが起きたけど、そのことで救われることもあるというのは、現代に足りない考えなのではないでしょうか。先日、ある女性誌を読んでいたところ、30代の女性が“今の仕事では社会貢献ができないので転職すべきか”というお悩みを寄せていました。自分のことだけでなく、社会全体もよくしていきたい、つまり「ふたついいこと」を求めているのでしょう。私自身の若い頃を考えると、社会貢献なんて考えたこともなかったので今の若い人は立派だなと思います。が、その一方で、ちょっと考えすぎな気もするのです。



勤労や結婚や出産という、古来からの人間の営みには、実はあまり深い意味はなく、結局のところ、突き詰めると「食べていくため」の手段にすぎないように思うのです。ですから、これらを選択しても「完全なる幸せ」が待っているわけではないことは確かです。理想を掲げること、夢を持つことを否定するつもりはありませんが、「ふたついいこと」を過剰に求めると、何も挑戦できなくなり、ひとつの「いいこと」も手に入らないような気がしてしまうのです。「いいこと」を過剰に求めてしまうのは、キラキラしたSNSを見慣れているため、「いいこと」のハードルがものすごく高くなっているからかもしれません。



世の中というのは残念ながら一気には変わりませんし、「水清ければ魚棲まず」な側面もあります。何をしたらいいのかわからない、もしくは何をしても足りない気がするときは、「ふたつよいこと、さてないものよ」の精神で、ひとつの「いいこと」から探してみたらどうでしょうか。



仁科友里 にしなゆり 会社員を経てフリーライターに。OL生活を綴ったブログが注目を集め『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。「間違いだらけの婚活にサヨナラ」(主婦と生活社) が異例の婚活本として話題に。「週刊女性PRIME」にて「ヤバ女列伝」、「現代ビジネス」にて「カサンドラな妻たち」連載中。Twitterアカウント @_nishinayuri この著者の記事一覧はこちら(仁科友里)
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