「福岡のために尽くすのは当然」 明太子の老舗「ふくや」が示す真の地域貢献

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2024年05月20日 07:21  ITmedia ビジネスオンライン

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「明太子が売れるのは、福岡のイメージがいいからだ」と川原社長(提供:ふくや)

 「私もぐっときましたし、当時関わった人たちは皆、感極まったみたいですね。わずか10年でこんな未来があるのだと」


【写真】九州最大の歓楽街、福岡市中洲にある「ふくや 中洲本店」


 2023年11月4日、東京・国立競技場で行われた「JリーグYBCルヴァンカップ」決勝。アビスパ福岡が2対1で浦和レッズを下し、初優勝を決めた。福岡市の食品メーカー・ふくやの川原武浩社長は目を細めてこう回想する。


 アビスパ福岡はかつて窮地に立たされていた。そこに救いの手を差し伸べたのが、ふくやだった。


 2013年ごろから運営会社の資金繰りが厳しくなり、消滅の危機にさらされていた。しかし、個人や法人からの小口協賛金に加え、ふくやによる支援などによって持ち直した。


 「当時はつぶれなければ、もうJ2でもJ3でもいいよといった雰囲気でしたから。でも何とかアビスパは生き残り、ルヴァンカップで優勝して……。あそこでつぶれていたらそんな未来もなかった。あの時にやってよかったなと思いましたね」


 支援は工夫を凝らし、ただ単に資金提供することだけは避けた。


 「お金を出せば一息つき、すぐにはつぶれないでしょう。アビスパはずっとそうやってお金をもらって生き延びてきたんですけど、結局何も変わらなかった。だからいろいろな人を巻き込んで、自分ごとにしてもらうことが大切だと思いました。商品にして皆さんに買っていただき、それを全部寄付する。結果としては同じなのですが、周りの人たちに関わってもらうためにどうすればいいかを考えたわけです」


 ふくやは「アビスパ福岡支援商品」を販売し、売り上げを全額アビスパに寄付。約1776万円が集まった。クラブチームが存続したことで、14年にはアパマンショップホールディングスからの出資を受けることもできた。「関わり合いを増やした分だけ、いろいろな人の目に付きやすくなりました。遠回りだったけどやって良かった」と川原社長は喜びをかみしめる。


 ふくやの社是とも言える、地元を守りたいという思い、そして地域貢献。これはコロナ禍でも当たり前のように遂行された。


●お見舞金など、地元飲食店を自ら支援


 前編で述べたように、コロナ禍でふくやは苦しみ、ディフェンシブな経営に徹した。ただ、それ以上に近隣の飲食店は瀕死の痛手を負った。しばらく営業できない状況が続いた店に対し、ふくやは独自の支援をしたのである。


 「業務用の食材卸でお付き合いがある飲食店はかなりきつい状況でした。後の方になれば国から休業給付金などが出ましたが、20年4月、5月ごろは本当に何もありませんでした。このままでは厳しいなと思い、お見舞金を送りました。それと飲食店の応援に使える券をわれわれで販売しました。通常のプレミアム商品券は国や県でやってくれましたけど、それとは別に自社で負担して、飲食店で使えるチケットを発行したりはしましたね」


 支援を受けた飲食店からは当然感謝された。ただ、川原社長の話ぶりから、そこにもお互いの信頼関係が垣間見える。


 「お渡ししたお見舞金をその場でふくやの商品購入に全部使っていただいたこともありました。別にうちからの仕入れで使ってくれなくてもいいのに、逆にお店の方が義理堅いなと感じました」


 顧客を大事にすることをずっと心掛けてきた。それを形にしただけだと、川原社長はさも当たり前のことのように話す。


 この姿勢はふくやの歩みをたどれば一目瞭然だ。その昔、創業者・川原俊夫氏が手元にあった資金を他人に次々と貸したことがあった。ふくやも決して楽だったわけではないが、「あの人はお金に困っている。私たちは今このお金がなくなってもまだつぶれないだろう。だから貸してやってもいいじゃないか」と俊夫氏は言い放ったという。結局、そのお金は返ってこなかった。でも、後悔はしなかったそうだ。


 「立派な言葉だけを掲げても真意は伝わりません。実際に何をやったのかという具体例がないと。ふくやの過去の歴史を知れば、お見舞金を渡すことは周囲も腹落ちするでしょう。コロナ禍でわれわれも苦しみましたが、つぶれはしないと思っていました。でも、飲食店は本当に困っていました。もちろん、そのお金で全てを回避できるわけではないけど、やれることはやろうと動きました」


●社員の地域貢献活動に手当が出る


 地域貢献に関するこうした例は枚挙に暇がない。老舗の菓子屋「石村萬盛堂」が倒産しかけたときにもすぐさま支援に乗り出した。


 「創業以来、ふくやを受け入れてくれた博多や中洲に対して、頼まれたことは何でもやるスタンスです。他の会社と共同出資をして石村萬盛堂のブランドを引き継いだのもごく自然なことでした」


 その上で川原社長が強調するのは、ふくやが率先して取り組むことに意味があるのだという。


 「われわれは中小企業ですから、1社で何百億円も地域に還元することはできません。ただ、新規性があることや、これはやるべき価値があると思ったことには、真っ先にお金や人を出しています。そうすると『ふくやさんがやっているから、これは間違いないだろう』と、相乗りしてくれる会社や人が多いです。そういった呼び水になることは意識していますね」


 地域貢献は会社だけにとどまらない。ふくやの社員個人も積極的だという。そのための手当もつくそうだ。


 「いろいろな地域の行事に参加したり、役職についたりする人には手当を出しています。例えば、勤務時間中にPTA活動をしてもいいよとなっています。地域に尽くしている社員は多いですし、会社も奨励しています。だからといってモノが売れるわけじゃないですけど……」と川原社長は苦笑いする。


 実際、川原社長自身も地元自治会の会長や、中洲観光協会の事務局長などを引き受けている。


●福岡のために尽くすのは当然


 ふくやが地域のために躊躇(ちゅうちょ)なく活動をするのは、福岡の街のおかげで商売ができているという恩義があるからだ。


  「われわれの明太子(めんたいこ)が売れるのは、福岡のイメージがいいからだと考えています。地域に対する貢献は、ブランドロイヤルティを払うことと一緒。一般的には地名に払わなくてもいいことになっていますが、そうではないと思います。きちんと貢献活動という形で払って、福岡が持つイメージを良い状態に保つべきです」


  こうした姿勢は、自分たちがこの地域に存在する意味を明確に理解しているからこそ生まれるものだろう。そして、それが同じ土地で長く商いを続ける秘訣(ひけつ)でもあるのだ。


●著者プロフィール


伏見学(ふしみ まなぶ)


フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。


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