ラミレス氏、東京ヤクルトスワローズへの感謝を告白 「若松勉監督が我慢して使ってくれた」

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2024年05月22日 09:30  Sirabee

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Sirabee

(©ニュースサイトしらべぇ)

元横浜DeNAベイスターズ監督のアレックス・ラミレス氏が自身のYouTubeチャンネル『ラミちゃんねる』で、古巣・東京ヤクルトスワローズへの感謝を語った。

 

■ラミレス氏がヤクルト時代を振り返る

ラミレス氏と古田氏がトークした今回の動画。そのなかで古田氏が「試合を休まないメリット」を説明する。

話を聞いたラミレス氏も「(ヤクルトでの)7年間、毎試合4打席立つことができた。その結果、毎年600打席立つことができたんだ。そうなると安打数も多くなる」となどと見解に同調。

そして「トレーナーやコーチが良いケアをしてくれた」「(来日当初の)若松勉監督は結果が出なくても、僕を我慢して使ってくれた。それが7年間ヤクルトで活躍できた理由だと思う」と話した。

 

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■入団当初のヤクルトはすごいチームだった

さらに「ジャイアンツに移籍したときは、すでにキャリアができていたので難しくなかったが、その前のヤクルトでの7年が、2,000本安打を達成できた大きな要因」とラミレス氏は語る。

古田氏が「ヤクルトのみんなは優しかった?」と質問すると、ラミレス氏は「優しかったよ。当時のヤクルトはすごいチームだったよね。5人も名球会に入っている」と笑った。

 

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■ヤクルトへの感謝を口に

当時のスワローズについてラミレス氏は「名球会に入っていなくても、岩村明憲もすごい選手だったし、古田敦也さん、真中満さん、飯田哲也さん、稲葉篤紀さん、土橋勝征さん、城石憲之さん、三木肇監督、宮本慎也さん。本当にいい雰囲気で素晴らしいチームだったよね」と話す。

続けて「1番のムードメーカーは試合の出番は少なかったけど、度会(博文)。僕に『アイーン』を教えてくれたんだ。僕が日本で長くプレーできたのは、最初にヤクルトに入団できたことが大きかった」とスワローズへの感謝を口に。

そして「もし最初に入ったのがジャイアンツだったら、3ヶ月で終わっていたかも。オドーアのようにね。本当に最初の球団がヤクルトで良かったよ」と笑った。

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■ペタジーニ氏の質問に苦笑い

ヤクルトファンについてもラミレス氏は「ファンも素晴らしかった」とコメント。古田氏は「親友のペタジーニは?」と不仲説もあったロベルト・ペタジーニ氏について質問する。

これにラミレス氏は苦笑いを浮かべ「ペタジーニはなにをしているかわからないけれど、彼はまだ奥さんと一緒に住んでいるんだよね? オルガ夫人と」と語っていた。

 

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■外国人選手初の2,000安打達成

ラミレス氏は2001年に来日し、同年のヤクルト優勝・日本一に貢献。スワローズの主力として高い打撃能力を発揮し、明るいキャラクターもあり、球団の顔として活躍した。

その後、巨人・DeNAと渡り歩き、外国人選手としては史上初となる2,000本安打を達成している。

■ラミレス氏がヤクルトへの感謝を語る

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(文/Sirabee 編集部・佐藤 俊治)

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