岩渕真奈が30歳で引退を決断したワケ アーセナルからトッテナムに移籍する時に思ったこと

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2024年05月30日 17:31  webスポルティーバ

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web Sportiva×BAILA special collaboration
feat. 岩渕真奈(元なでしこジャパン)中編

 女性向けメディア『BAILA』とのコラボ企画の中編(@BAILAでも異なる内容のインタビュー記事を配信)。女性誌で活躍中のヘア&メイクアップアーティスト、スタイリスト、カメラマンが撮影を担当した。

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前編◆元なでしこジャパン・岩渕真奈が語る引退後の変化>>

「リトルマナ」として、15歳で世界にその存在が知れ渡った岩渕真奈。その後も"飛び級"で各世代別の代表で活躍し、なでしこジャパンにも16歳で招集された。

 2011年、女子ワールドカップで世界一に輝き、翌年のロンドン五輪では日本女子サッカー史上初の銀メダルを獲得した。大きなうねりのなかで、岩渕はどのようなことを考えていたのだろうか――。

――あまりにも早く注目されすぎたサッカー人生のスタート。ひょっとして、純粋にチャレンジを楽しめたのは、U−17女子ワールドカップの時だったりしますか。

岩渕真奈(以下、岩渕)言われてみたら、本当にそうかもしれないです。15歳のときに出場した(U−17)ワールドカップは、マックスで楽しかった!(その際に)MVPをいただいたがゆえに、(そこから)いろんな目を向けられたっていうのはあるかもしれないですけど、当時はそこまで深く考えてなかったですね。

 ただ、2011年の女子ワールドカップのときは、もうプレッシャーが凄まじくて、取材拒否してしまう、ということがありましたけど......。

――"プチ反抗期"のときですね(笑)。

岩渕 そう、あの"プチ反抗期"(苦笑)。今振り返ってみると、あのときの自分の言葉が一切残っていなくて、もったいないというか、残念なことをしているなって思うんですけど、当時はいっぱいいっぱいで......。自分にとっては、必要なことでした。実際、あそこでサッカーときちんと向き合えたことで、翌年のロンドン五輪にも行けたと思っているんです。

 もうほんと、当時のメディアの方々からすれば『よく言うわ』って感じだと思うんですけど......。あのときは、ほんと、すみませんでした(苦笑)。

――特に世界一になったあとは、岩渕さんだけでなく、他の選手のみなさんも、メディア対応には苦労されていたようでした。ともあれ、そうした過程を経て、2016年リオデジャネイロ五輪出場を逃したあと、なでしこジャパンは高倉麻子監督率いるチームへ。そこで、岩渕さんは「もうチームを引っ張っていく存在なんだぞ!」的な感じで、チーム内での地位や役割がグイッと引き上げられたじゃないですか。それまではずっとチームの最年少だった岩渕さんにとって、その感覚はすぐにフィットできましたか。

岩渕 高倉さん体制になった当初は、全員が競争だと思っていたので、自分がチームを引っ張っていく、なんてことは思っていませんでしたけど、そういった状況のなかでも、自信は持ちながらやっていました。でも、試合で使ってもらえないときとか、「態度が悪い」って言われたこともありましたね。

 だから、(チームの中心としての)自覚ってなるといつ頃だろう......? でも、2018年の女子アジアカップで優勝できたことは(自らが自覚を持つ)ひとつの、すごく大きなきっかけになったかもしれないです。

――あのときは、間違いなくチームをけん引していました。新体制下では、熊谷紗希選手が若いながらもキャプテンを引き継いで、それをベテラン勢が脇から支えている感じのなか、岩渕さんも下の世代といろいろと話して、コミュニケーションを取っていましたよね。

岩渕 それは、結構言われます。「意外に下の世代ともイケるんだね」みたいなこととか言われたりして。こう見えて、上下関係なく打ち解けられるし、(年下に対しては)面倒見がいいんですよ(笑)。

――昨年の引退会見の際、印象に残るゴールについては、2015年女子ワールドカップ準々決勝(vsオーストラリア)の決勝弾を挙げていました。

岩渕 ロンドン五輪決勝で決定機を逃したことがあったから、というのもありますが、(理由は)それだけじゃなくて。なぜ印象に残っているかというと、あのとき、ケガをしているのに代表に選んでもらって(ワールドカップにも)連れていってもらったんですよね。それで、佐々木則夫監督体制の先輩たちに、初めて結果で貢献できたって思えたのが、あのゴールだったからなんです。

――87分に決めた値千金のゴールでした。でも確かに、世界大会では常にケガを抱えながら戦ってきたイメージがあります。フィジカル、メンタル、経験値すべてを含めて万全で、充実感にあふれたシーズンはありましたか。

岩渕 ない、ない! 常に(どこか)痛かった(笑)。なんだかんだで、大きい大会のときにはいつもケガがつきまとっていたし......。

 先輩たちと集まると、よくアルガルベカップ(ポルトガル)の話題になるんですけど、「あっ、(あのときは)ぶっちいなかったわ」ってなること多いんです。(同大会への)参加率が低すぎて、楽し気なエピソードを体験してないんですよね。

――2011年から毎年参加していたアルガルベカップは、宿泊場所の敷地内にピッチがあったので、選手みんな、共有する時間が多くて、中身が濃い時間を過ごせたこともあって、いろいろな思い出があるのでしょうね。

岩渕 そうなんです! 私、ふつうなら7〜8回は行っていてもおかしくないんですけど、ケガばかりしていたので、参加できたのは3回だけ。出席率が低すぎでしょ。

 それだけじゃなくて、アジアカップとか、アジア大会も、実は参加できていない大会があって......。本当に充実したシーズンって、なかったかな。

――でもその代わり、多くのかけがえのない経験もされています。2022年末にイングランドへ取材に行った際には、エミレーツスタジアム(アーセナルのホームスタジアム)で3万人近い観衆が見守るなかで、ウォーミングアップしていたじゃないですか。岩渕さんのコールがすごく大きくて驚きました。ああいうのは、なかなかできない経験だと思いますし、アスリート冥利に尽きるのではないですか。

岩渕 そう思います。(現役生活)最後の半年はちょっと苦しかったですけど、(アーセナルに移籍した)最初の1年は試合にも出られていましたし、世界のトップレベルの選手たちとトップの環境で、たくさんの観客でスタンドが埋まったすばらしいスタジアムでプレーできて、本当に楽しかった。アーセナルで過ごした最後の時間は、すごくいい時間だったなって思います。

――給水をしたあととか、ちょっとした合間に岩渕さんは必ずスタンドのほうに視線を送っていて、それを受けた小さなサポーターが笑顔を見せたりして。岩渕さんがそれに気づくと、すかさず手を振っていた。ああいったファンとのキャッチボールを見ていると、温かいあと押しがずっとあったのだろうなと感じました。

岩渕 まさにそんな感じでした。わけのわからないアジア人を、たくさんのファンが応援してくれました(笑)。

――だからこそ、そこから移籍したことに、2023年女子ワールドカップへの強い覚悟が伝わってきました。一方で、もう長くはこの舞台にいないのかもしれないな、とも感じました。

岩渕 引退するぞっていう気持ちはなかったけど、もう無理かもな......とは思っていました。自分のベストが出せていなかったし、ボールタッチひとつにしても感覚が違っていたから。

 だから、最後の1年は「なんか楽しくないな」って思うこともありました。移籍先のトッテナムで自分のプレーが出せたか? と聞かれたら、そんなことはなかったですし。そう考えると、トッテナムに移籍するときに「(サッカーは)もういいや」って思っている部分もあったような気がします。

 でも、いいオファーをもらったりもしていて、周りも「(やめるのは)もったいないよ」とか言ってくれたりしたので、「やっぱりもう少し現役を続けるか」と考えたり、本当にいろいろ考えたんです。

 それでも(現役引退の)決断に至ったのは、一番の理由は自分が目指したい場所がなくなった、という感覚があったこと。サッカースタイルも含め、アーセナルがトップトップだと自分は思っていたし、そのリーグですごく楽しくプレーしてきた。

 そこからもう一度、(さらに上を)目指す場所っていうのがなくなってしまった。だから、ここで区切りをつけるのがいいと思いました。

(つづく)◆岩渕真奈がパリ五輪に挑むなでしこジャパンを考察>>

岩渕真奈(いわぶち・まな)
1993年3月18日生まれ。東京都出身。2005年に日テレ・メニーナ入りし、2008年にトップチームの日テレ・ベレーザに昇格。同年、U−17女子ワールドカップに出場して活躍。日本は準々決勝で敗れたものの、大会MVPを獲得して世界的に脚光を浴びる。2010年には16歳ながらなでしこジャパン入り。その年、U−20女子ワールドカップにも出場した。翌年、ドイツで開催された2011年女子ワールドカップに出場し、世界の頂点を味わう。2012年ロンドン五輪、2015年女子ワールドカップ・カナダ大会にも出場し、ともにチームの銀メダル獲得に貢献した。所属クラブは、2012年にドイツのホフェンハイムに移籍。以降、バイエルン・ミュンヘン、INAC神戸レオネッサ、アストン・ヴィラ、アーセナル、トッテナムでプレー。2023年9月、現役引退を発表した。現在は解説者をはじめ、さまざまなことにチャレンジしている。Instagram>>

<スタッフ>
吉崎沙世子(io)●ヘア&メイク、辻村真理●スタイリスト、動画撮影&制作●市川陽介、動画ディレクター●池田タツ(スポーツフォース)

<衣装クレジット>
ベスト¥36300・パンツ¥35200/ティッカ ブレスレット¥15400(イットアトリエ)・ネックレス¥8580(エイチアッシュ)・リング¥22000(オンブル ビジュー)/フォーティーン ショールーム 靴¥59400/ティースクエア プレスルーム(テラ) インナー/スタイリスト私物

ティースクエア プレスルーム 03-5770-7068
ティッカ https://ticca.jp/
フォーティーン ショールーム 03-5772-1304

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