西尾維新、ジャンプ読者に何を伝えようとした? ド直球だった『暗号学園のいろは』のメッセージとは

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2024年06月03日 08:00  リアルサウンド

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『暗号学園のいろは』公式Xより @angou_iroha

  『化物語』に始まる〈物語〉シリーズや『刀語』、戯言シリーズなど、数々のヒット作を生んできた小説家・西尾維新。作風としてファンタジー寄りの世界観を描くことも多いが、先日完結を迎えた『暗号学園のいろは』は読者に現実を突き付けるような仕掛けとなっており、これまでになく切実でリアルな作品となっていて、完結には惜しむ声が上がっていた。



応援してくださった方々ありがとうございました!
いろはが一番だと思っていたのでまだまだ描いていたかったのですが、とてもあざやかで充実した完結で最後まで幸せな気持ちで作画ができました!
次こそはもっと長く楽しんでもらえるよう、進化して戻ってきますので応援よろしくお願いします! https://t.co/2CAbh2uiiS pic.twitter.com/mXmS74C76e


— 岩崎優次 (@pg_tf6) February 5, 2024




 『暗号学園のいろは』は『週刊少年ジャンプ』(集英社)に連載されたマンガで、西尾は原作を担当、作画は岩崎優次が担当している。その内容は暗号解読によって戦う少年少女の物語で、言葉遊びを盛り込んだ“西尾ワールド”が展開されていく。


  ただ、暗号という題材の性質上、“戦争”の影が終始チラついているのも特徴。そもそも物語の舞台となる暗号学園からして、「次なる大戦」に向けて暗号兵を育てるための軍人学校で、第1話のサブタイトルは「第四次世界大戦は紙と鉛筆でおこなわれる」だ。作中では、戦地からハンドサインでSOSを求める人物も登場する。


  その一方で、作品を通底しているのは平和主義の精神。主人公・いろは坂いろはは入学当初、「戦争は人間の業だからなくせるわけがない」という風刺を信じていたが、その後「世界で起きてる戦争を全部停める」という大言壮語ともとられかねない目標を掲げるようになる。


  同作にかぎらず、少年マンガのヒーローが争いのない世界を夢見るのはよくある設定だろう。しかしこのテーマは、“戦いを止めるための戦い”という致命的な矛盾を避けることができない。争いの火種となる悪を倒すためには自身も武力や暴力に訴えるしかなく、それがまた新たな争いの火種を生んでしまうからだ。


  それに対して『暗号学園のいろは』は暗号、すなわち紙と鉛筆による非戦(たたかい)という設定を持ち込むことで、このジレンマを巧妙にすり抜けている。物語の序盤で「暴力をふるわなくてもヒーローになれる」というセリフが登場するのだが、その言葉通り、いろはは紙と鉛筆で戦争を停める非戦のヒーローへと成長していく。


 また本編終了後に『ジャンプ+』で公開され、単行本7巻にも収録された『特別番外編』では、さらに非戦のメッセージが直接的に打ち出されている。



【『暗号学園のいろは』特別番外編、本日(5/1)よりジャンプ+にて配信中!】


いろは達の修学旅行を収録した特別番外編は、59ページの大ボリューム!!
secret mission 「ALOHA」をお楽しみください!https://t.co/IoXB0SbhDt


— 『暗号学園のいろは』公式 (@angou_iroha) May 1, 2024


 本編の後日談として、暗号学園の生徒たちが参加した修学旅行の模様が描かれるのだが、その行き先は戦争の爪痕が残る場所ばかり。沖縄県のひめゆりの塔、真珠湾奇襲が行われたハワイ州オアフ島パールハーバーのアリゾナ記念館、ドレスデン爆撃で崩壊した建物のがれきによって再建されたドイツのフラウエン教会などだ。そして最後にはクラスメイトたちがフラダンスを踊り、焚き火を囲みながら一緒にお菓子を食べる……という平和の極致のような風景で幕を閉じている。


実は“まっすぐな理想”にこだわってきた西尾維新

  では西尾維新という作家において、『暗号学園のいろは』はどう位置づけられるのだろうか。西尾はデビュー作の『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』以降、世界を斜めから見るようなひねくれた主人公を好んで描いてきた。とくに初期の作品では、思春期の自意識に閉じこもり、外の世界がどうなっても構わないというニヒリズムを抱えた主人公が多かった印象だ。


  しかしその一方、西尾は主人公がニヒリズムから“卒業”する成長物語をしばしば描いており、平和主義や理想主義への憧れを隠していなかった。印象的なのは、〈物語〉シリーズの羽川翼や『十二大戦』の砂粒といったキャラクターだ。


  羽川は高校卒業後に海外の紛争地域で「国境を消す」ために奔走し、現代のジャンヌ・ダルクと呼ばれるほどの存在となるのだが、主人公が憧れる“完璧な美少女”にそうした設定を与えていることの意味は大きいだろう。また砂粒は徹底した平和主義者で、その実力によって数多の戦争を調停してきた英雄とされており、やはり主人公から尊敬の念を向けられていた。


  そうした流れで考えると、『暗号学園のいろは』は“他の立派な誰か”ではなく主人公自身がまっすぐに平和と理想を追い求める作品であり、西尾にとって1つの新境地だったと言えるかもしれない。


  ところで『暗号学園のいろは』の連載が始まったのは2022年11月で、連載終了を迎えたのは2024年2月5日のこと。ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めたのは2022年2月24日、イスラエル・ガザ戦争の端緒となった出来事が起きたのは2023年10月7日なので、奇しくも現実世界の動きとリンクしていた。


  どこまで西尾がそうした動きと絡めて物語を考えていたのかは分からないが、まったく意識していなかったことはないはずだ。また、今このタイミングで発表された作品だからこそ、読者の胸を強く打つ物語になったという側面もあるだろう。


  さらにいえば、同作が少年マンガとして制作され、『週刊少年ジャンプ』で連載されたことの意義も大きいはず。戦争を停めるために奔走する少年少女の姿は、たとえフィクションであってもかけがえのない輝きを放っている。


 『暗号学園のいろは』を経て、西尾は今後どのように現実と向き合っていくのだろうか。“いろはのい”の先に待ち受けている光景に期待するほかない。


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