AI導入を成功させるには? 不二家とリンガーハットの事例から学ぶ

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2024年06月06日 07:50  ITmedia ビジネスオンライン

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リンガーハットはAIの「導入と定着の壁」をどう乗り越えたのか(写真AC)

 もはや企業において、AIなしに効果的なDXは実現できません。


【画像】不二家はAI導入でどのような効果を得られたのか


 例えば、AIを活用することで顧客の行動パターンを解析してパーソナライズしたサービスを提供したり、業務プロセスを最適化したコスト削減が可能です。


 また、非効率的なプロセスを自動化または半自動化し、従業員がより価値の高い業務に集中できるようにもできます。その結果として、新しいビジネスモデルの構築や意思決定の仕組みを作り出すことにもつなげられます。


 このように、業務の各所でAIを活用することで、企業におけるDXを効果的に推進できるのです。今回は、AIをDXの中心の戦略に置いて成功した事例をご紹介するとともに、その秘訣(ひけつ)をお話ししたいと思います。


●不二家は「勘・経験」からどう脱却したか?


 まずは、大手菓子メーカーである不二家の事例をご紹介します。


 不二家には「カントリーマアム」などの菓子を量販店に販売する製菓事業と、店頭でケーキなど生菓子を扱う洋菓子事業があります。堅調な製菓事業に対し、洋菓子事業では10年以上赤字が続いていました。そこで不二家は、赤字の洋菓子事業にAIを導入し、立て直しを図ることにしたのです。


 まず、2000種類に上る商品の、店舗ごとの発注量や販売動向、顧客の属性などのデータを整理しました。加えて、生菓子の材料や配合、天気など多岐にわたるデータをAIに解析させることで、「特定の商品がどのような条件で、どの店舗で売れているのか」という詳細な需要傾向を予測するAIを開発しました。


 これにより、これまで人の感覚で発注していたことによる無駄を削減し、生産コストを最適化できたほか、食品ロスも減らせました。この需要予測は正確な出荷予測にもつながるため、工場のライン編成や人員配置の最適化も可能となります。


 「需要予測」という勘や経験に頼っていた領域を自動化し、業務プロセスの改善や最適化につなげられることが、AI導入の大きな強みです。


 AI導入の効果は、業務の効率化や自動化だけにとどまりません。データを蓄積していくことで将来、データドリブンな戦略の意思決定につなげることもできます。つまり、AIの導入は、今後のさらなるDXを推進する上で重要な礎となるのです。


●AI導入と定着の「壁」 リンガーハットはどう乗り越えたのか


 しかし、私自身がこれまで100社以上の現場を見てきた中で、AI導入やDX推進には大きな壁があると感じています。それは「導入と定着の壁」です。


 技術者たちが尽力して良いシステムを構築したとしても、現場に定着しなければ意味がありません。また構築したシステムを実際に使用してもらい、定着させるためには「現場にとって本当に良いシステム」であることが必要です。そのためには、現場の声を聞き、システムに反映する必要があります。


 AI活用の成功というとシステムの中身に目が行ってしまいがちですが、実はこの「導入と定着の壁」を越えることこそが重要なのです。


 それではこの壁はどうしたら越えることができるのでしょうか。リンガーハットが500店舗近い直営店に需要予測AIを導入した事例をもとに、ポイントを紹介します。


 リンガーハットは、かねてよりAIを活用したシステムで、店舗の売り上げ予測を行っていました。ところがコロナ禍の外出自粛要請で客足がイレギュラーに減ったことで、既存システムの予測精度が著しく低下してしまいました。


 これを受け、パロアルトインサイトと共同で「緊急事態対応型需要予測モデル」を開発しました。このシステムは、地域ごとの情報やイベント、天候などの詳細なデータを基に消費者の需要を予測します。


 緊急事態宣言期間など、通常時と異なる環境に置かれた場合には、より直近のデータを需要予測に反映する「緊急事態対応モード」へシステムを切り替えることで、いちはやく市場変化に対応できるようにしました。


 さらに、このモデルをベースとした「自動発注アプリ」と「店舗シフト管理アプリ」も同時に開発し、毎月10数時間を要していたシフト作成業務が、数時間で終わるようになりました。作業の効率化により、人手不足の解消も見据えています。


 特筆すべきは、これらのシステムを10カ月という短期間で、全国の直営492店舗へ導入できたことです(2024年2月29日時点)。


●スムーズなAI導入に成功した理由


 スピード感をもって導入できた背景には、外部から招致したコンサルタントなどではなく、リンガーハット社内の人材をAIシステムの導入・運用担当にアサインした点があげられます。


 導入にあたっては、全国各地の店舗を訪問して説明会や意見交換セッションなど、現場とコミュニケーションを取りました。これにより、トップからの指示ではなく、現場との相互理解を深めながら「導入の壁」を乗り越えられました。


 また、社内のイントラネット上に専用の掲示板を構築し、従業員が直面する課題や改善提案などのフィードバックをリアルタイムで書き込み共有できるようにしました。これにより、実際の運用中に発生する問題に迅速に対応できる体制が構築され、「定着の壁」を乗り越えられました。


 リンガーハットのAI導入事例からは、単にテクノロジーを導入するだけでなく、現場との地道な連携が必要なことが分かります。


 AIを「単なるデジタルツール」と捉えるのではなく、全社横断的にDX戦略を考え、ゴールを設定することが重要です。そして「導入の壁」「定着の壁」を越えるためには、風通しのよい社内の体制づくりこそが成功の秘訣といえます。


●著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ) 


パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー


2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。東急ホテルズ&リゾーツ株式会社が擁する3名のDXアドバイザーの一員として中長期DX戦略について助言を行う。


AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。


毎日新聞、日経xTREND、ITmediaなど大手メディアでの連載を持ち、 DXの重要性を伝える毎週配信ポッドキャスト「Level 5」のMCや、NHKラジオ第1「マイあさ!」内「マイ!Biz」コーナーにレギュラー出演中。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。


著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。


パロアルトインサイトHP


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