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大衆魚の代表だったサンマの大幅な値上げ、サケやイカの不漁、そしてマグロやウナギの資源の枯渇──最近、海の恵みであるさまざまな魚介類をめぐり、穏やかではないニュースが続いている。
水産資源の枯渇によって、寿司屋などの外食産業や一般家庭の食卓に並ぶ魚の種類にも変化が表れており、また家計への影響も無視できない。この背景には、多くの水産物の「乱獲」や「獲りすぎ」の深刻化が招く、資源量の減少と枯渇の危機がある。
実際、世界人口の増加による経済活動の拡大に伴い、魚や貝、エビなどの水産物の需要と消費は過去50年間で5倍に増加した。今後もその傾向は続くとみられる。
その結果として、世界で漁業資源とされる魚種のうち、資源量にまだ余裕があるとされるのは全体の1割以下だ。6割は漁獲可能な上限のレベルまで獲られ、残り3割にいたっては過剰漁獲の状態にある。
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そしてこうした現状が、水産物を水産食品として利用する業界のみならず、魚粉を家畜の餌として利用している畜産業をはじめ、他のさまざまなビジネス分野にも影響を及ぼしている。
●シーフードのサステナビリティ、現行ルールだけでは不十分
過剰な水産資源の利用を抑え、海の恵みを将来的に変わらず享受し続けるには、水産ビジネスのサステナビリティの確立が欠かせない。
そのための大きな枠組みとして、世界には「RFMO」と呼ばれる地域漁業管理機関がある。これは、漁獲の海域や魚種などに応じて設けられた国際機関で、マグロ類について言えば「ICCAT(大西洋マグロ類保存国際委員会)」「WCPFC(中西部太平洋マグロ類委員会)」「CCSBT(ミナミマグロ保存委員会)」などがある。加盟している各国政府代表の協議のもと、資源管理のための漁業のルールなどを定めている。
また、各国政府はこれらの取り決めに基づき、国内法を整備し、そのルールの周知徹底を漁業者や水産業界に対して行うことで、国際的な合意に基づいた資源管理を促進する責任を負っている。
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しかし、実際にはこれだけで水産物のサステナビリティを確立するのは困難と言わねばならない。水産資源として利用されるあらゆる魚種、海域の全てについて、国が指針を決めることは現状極めて困難なためだ。
何より、サステナビリティを証明する上で欠かせないトレーサビリティを実現するためには、実際の生産現場の管理や監督を徹底する必要がある。これらはむしろ、国の政策ではなく、その資源を扱うビジネスにおいて確立が求められるものだ。これは水産資源に限らない、自然資源を扱う全ての業界に通じた課題といえる。
ビジネス側でどうやって、水産資源を持続可能な形で、サステナブルに利用していくのか。実際問題として、水産業の母体である漁業資源が枯渇したら、そもそも産業自体が成り立たない。そのことに何よりも危機感を抱き、対応の必要性を感じているのは、他ならない漁業者と水産企業だろう。
そうした立場の人たちの努力によって2024年2月15日、大きな改善の一歩が踏み出された。日本の漁業会社2社から成るグループが、国内では初となる日本船籍のカツオ・キハダのまき網漁業での「MSC漁業認証」を取得したのである。
●サステナブルなシーフードの証MSC「海のエコラベル」
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MSC(海洋管理協議会)漁業認証とは、サステナブルな漁業の国際認証で、現在世界の550件の漁業がその認証を受けている。
MSCでは漁獲量や資源量、海洋環境への配慮について国際規格を設けており、各国の漁業ごとに厳しい審査が実施される。資源の乱獲や生態系への影響を緩和するために適切な記録、報告の枠組みがあり、それらが機能しているかを第三者の審査機関が審査・認証する仕組みである。
また、漁業の認証だけでなく、製造・加工・流通の段階で、認証の水産物と非認証の水産物が混ざらないよう適切に管理することを目的とした「MSC CoC認証」がある。こうした認証取得事業者を通じて販売される水産物には、MSC「海のエコラベル」が付けられて販売される。そのため、店頭でそれを手に取った消費者にも、その魚がサステナブルなものであることが一目で分かるようになっている。
MSC認証の重要性は、このように漁業の現場から消費者の手元までを審査の対象としてカバーすることで、サプライチェーン全体の管理を可能にし、漁業のサステナビリティを確立する手段の一つになっている点にある。
企業や漁業者が、それぞれ単独で資源管理や環境配慮に取り組む場合、何をどこまでやればよいのか、またそれをどう認めてもらえばよいのか、判断することが非常に難しい。しかし、第三者の審査機関がこれらを評価し、改善点を指摘し、国際規格を満たした生産や流通に認証というお墨付きを与えるならば、企業側は改善の取り組みが容易になる。
こうしたエコラベルの利用を伴う認証制度には、天然の水産物を対象とするMSC以外にも以下などがある。それぞれ海洋や森林の自然環境と資源の保全・持続可能な利用の確立につながる制度として、国際的な信頼を獲得している。
・ASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会):水産物の養殖が対象
・FSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会):木材や紙などの林産物が対象
・RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil:持続可能なパーム油のための円卓会議):パーム油(植物油)の生産が対象
あらゆるビジネスにおいてサステナビリティが求められるようなった現在、これらの認証制度を利用する企業は、増加の一途をたどっている。
●熱帯マグロ漁業で実現したMSC漁業認証の意味
2月にWWFジャパンの呼びかけで漁業改善に取り組み、MSC漁業認証を取得した中西部太平洋のカツオ・キハダ(きはだまぐろ)のまき網漁業も、こうした国際的信頼を勝ち得た取り組みの一つだ。
漁業対象であるカツオとキハダは、熱帯の海域を中心に生息するマグロ類で、カツオはタタキや出汁のかつお節、ツナ缶の原材料として、キハダは刺身やツナ缶の材料として多く消費されている。特に、ツナ缶としての利用が世界的にも需要が大きい。
しかし、それが原因となり漁獲量が急増。世界最大のカツオとキハダの漁場である太平洋では、資源量が過去最低のレベルまで減少していた。つまり、こうした状況の中で、日本の水産企業が資源管理とサステナブルな漁業への転換に取り組むことの意味は極めて重いといえる。
特にカツオは、日本の消費量が世界のカツオ消費量の10%を占める(※1)。今回、認証を受けた共和水産の第78光洋丸、東海漁業(共和水産の子会社)の第88光洋丸、明豊漁業の第36昇喜丸、第88明豊丸の4隻の漁船による漁獲量は、日本のカツオの総漁獲量の約14%に相当する約1万5400トン、キハダについては同じく約10%に相当する約4100トンに上ると試算(※2)されていることから、これは水産業界として、国際的にも注目するべき取り組みであることがうかがえる。
(※1)FAO Fishstatおよび財務省貿易統計よりWWFジャパンが消費量を試算(※2)漁獲量(MSC Track a Fisheryより)、日本全体の漁獲量(FAO Fishstatより)を用いてWWFジャパンが漁獲割合を算出
また、このカツオ・キハダのMSC漁業認証の取得例では、本来ライバル関係にある同業の2社が協力し、知見を共有しながらグループとして共に行動することで、認証にかかるコストを抑えつつ、水産業界として持続可能なマグロ資源の利用促進に挑んだ。
そして非営利で環境保全に取り組むWWFの呼びかけに応じ、3年間にわたりその助言を入れながら認証の取得を目指したことは、多様なステークホルダーによる連携の好例といえる。
●ビジネスにおけるサステナビリティ確立の先例として
この水産業界における画期的な取り組みが報道された同月27日、同じくWWFの支援のもと、MSC漁業認証の取得を目指していた、大洋エーアンドエフによるカツオ・キハダのまき網漁業がMSC漁業認証を取得。日本市場における熱帯マグロ漁業は、さらにサステナビリティを高めることとなった。なお、同社の2023年の漁獲量はカツオが約1万7900トン、キハダマグロが約4700トンだ。
MSCによれば、これらの認証の実現によって、対象のマグロ・カツオ漁船による漁獲量は100万トン未満であった2017年から2022年度には260万トン以上に増加。MSCのラベル付きマグロ・カツオ類の製品販売量は2022年までの過去5年間で約3倍に増え、過去最高の17万8000トンに上った。
さらに、これらの認証の取得に動いた、明豊漁業、共和水産、大洋エーアンドエフの3社は、他にも漁業資源の持続可能な利用に向けて積極的に取り組んでいる。
その一例が、世界最大の熱帯マグロ産地である、中西部太平洋のマグロ漁業を管理する国際機関「WCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)」に対する要望だ。2020年以降、3社はWWFのような環境保全団体や他の水産ビジネスに関係する企業と連名で、WCPFCに加盟する各国政府に対し持続可能な熱帯マグロの漁業管理の強化を訴求。目先の利益をもたらす漁獲可能な総量の増加を求めるのではなく、水産業の将来を見越した資源と漁業の持続可能な管理強化に向けた働きかけに参加した。
こうした一連の取り組みによって、企業による海の生物多様性の保全にも貢献する取り組みが、生産、流通、販売のプロセスにおいて、確かな形になろうとしている。まさに水産業界による、SDGs(持続可能な開発目標)の「12.つくる責任つかう責任」「14.海の豊かさを守ろう」「17.パートナーシップで目標を達成しよう」に通じたビジネスの在り方といえるだろう。
これらの取り組みは、水産業界のみにとどまらない。大手水産会社だけでなく、その製品を扱う大手小売業界より、持続可能な製品の調達を求める動きがあったために実現した経緯がある。より広いビジネス分野におけるサステナビリティの浸透に関係しているのだ。
今後企業に求められるのは、こうした方針を企業目標や公約として掲げ、また原材料の調達においては自社のサプライチェーン全体を視野に入れつつリスク管理をすることだ。機関投資家や金融機関の注目は日々高まっており、こうした姿勢が業界を問わず、企業に求められる環境対策のスタンダードになるだろう。
3年間にわたるさまざまなステークホルダーの協力のもとで実現した、カツオ・キハダのまき網漁のMSC漁業認証の取得は、こうしたスタンダードのモデルともいうべき取り組みの一つである。今後、水産業に限らず、あらゆる産業において、環境や人権に配慮した責任ある調達と消費の輪が広がっていくことを期待したい。
●著者紹介:植松周平
農学博士。東京大学大学院農学生命科学研究科において水域保全学に関する博士号を取得。
その後、経営コンサルティング会社を経て、国際水産資源研究所(現 水産研究・教育機構)に入所。太平洋クロマグロの資源研究を行う。
2013年よりWWFジャパンで勤務し、マグロ、カツオ、サンマといった国際水産資源の保全やIUU漁業対策に関わる業務に加え、事業戦略立案や各種業務改善等の社内コンサルタント業務にも従事。2021年には水産庁水産流通適正化法検討委員を務めた。
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