「ニッセン売却」が象徴するセブン&アイEC構想の大失敗 カタログ通販に残された利用価値とは

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2024年06月12日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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セブン&アイ、ニッセンを売却(公式Webサイトより引用)

 5月9日、セブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)は、子会社の総合通販企業ニッセンホールディングスの全株式を売却すると発表した。セブン&アイは、グループのポートフォリオの見直しを進めており、昨年は百貨店そごう・西武を不動産ファンドに売却。直近の2024年2月期決算説明会においても、祖業イトーヨーカ堂を中心としたスーパーストア事業の分離独立方針(株式上場後、持分法適用水準の株式保有が前提)を発表したばかりである。


【画像】買収側はニッセンをどう利用する?


 「グローバルコンビニ企業を軸とした、食を中心とする世界トップクラスのリテールグループとしての成長戦略」という大方針の下、セブン&アイはすでに高級セレクトショップのバーニーズジャパン、スポーツ用品のオッシュマンズを売却。振り返ると、セブン&アイが売却した企業の多くは、2000年代の小売大再編時代にM&Aによりグループに加わっている。


●「オムニ7」構想の置き土産


 セブン&アイには2023年2月期まで「百貨店・専門店事業」というセグメントがあり、主要企業の業績が開示されていた。しかし、そごう・西武の売却に伴って2024年2月期ではその他事業に括られたため、直近の状況は分からなくなった。


 百貨店・専門店事業の主要企業とは、そごう・西武、赤ちゃん本舗、セブン&アイ・フードシステム(デニーズ)、ロフト、ニッセンホールディングスの5社を指す。2013年以降の業績をみるに、どの企業も営業収益、売り上げともに伸び悩んでいたことが分かる(図表1)。


 かつて、セブン&アイは多様な小売業態をグループ化し、ネットをベースに連携させるオムニチャネル戦略「オムニ7」という構想を持っていた。リアル店舗、EC、カタログ通販、ソーシャルメディアなどの複数のチャネルをシームレスに連動させ、いつでも、どこでも同じように利用できる環境を作る、といった構想だ。そのため、グループ内にさまざまな小売業態があっても不自然ではない。


 しかし、オムニ7はネットやECにおいて存在感を出せず、2023年1月に閉鎖された。その結果、セブン&アイ内に多様な小売業態がある必要性も失われてしまったのだ。


●かつて国内有数の総合通販企業だったニッセン


 ちなみに、ニッセンがかつて国内有数の総合通販企業だったことをご存じだろうか。若い世代は記憶にないかもしれないが、ECが当たり前ではなかった時代、通販チャネルと言えば、テレビ、ラジオショッピングもしくは、カタログを見て紙や電話で注文するカタログ通販が主流だった。


 ニッセン全盛期の頃は、大きな小売店に行くとレジの周辺や出入り口に、分厚いカタログが積まれていて、無料で持ち帰られるようになっていた。こうして新規顧客を開拓しつつ、既存の顧客にはカタログを送付することでリピート購入を獲得するという手法で、ニッセンは2014年12月期には2084億円を売り上げていた(図表2)。


 ニッセンは2013年12月にセブン&アイと資本業務提携し、2016年11月には完全子会社となっている。2011年以降の収益の落ち込み、2014年から続く売上減から分かるように、ニッセンのビジネスモデルはうまくいかなくなっていた。この背景はいわずと知れた通販のECシフトであり、注文するのも探索するのもネットやスマホ経由で、というのが当たり前になってしまったからである。


 こうなると、ニッセンが大量に無料配布する分厚いカタログのコストは無駄になる。既存顧客に送付しても反応が少なくなり、結果として採算が合わなくなった。そして、損益が均衡するところまでカタログの縮小とECシフトを進めることで、400億円弱の売上規模でなんとか踏みとどまっている、というのが現状である。


 ちなみに経済産業省の調査によれば、EC物販市場規模(コンテンツや旅行などのサービス取引は除いて)は、2005年の1.7兆円から2022年14兆円へと8倍以上に拡大している。一方、この流れの中で、カタログ通販市場は急速に縮小へと向かいつつあるといえるだろう(図表3)。


●カタログ通販御三家、残る2社の動向は?


 かつて総合カタログ通販企業といえば、ニッセン、千趣会、セシールが御三家と呼ばれていた。残る2社のその後もみてみよう。


 セシールはニッセンよりも少し早く、2000年代初頭から業績の落込みが顕著になっていく。2006年にはライブドアに買収され、2010年にはフジ・メディア・サービス(ディノス)の完全子会社となり、上場廃止に至った(図表4)。現在はさらに株主が変わり、上場家電量販店ノジマの子会社となっている。


 千趣会についても、2012年12月期以降は減収が続き、直近の売り上げは492億円まで縮小した(図表5)。ちなみに千趣会は2020年、JR東日本と資本業務提携(出資比率は議決権ベースで12.46%)し、ECモールやJREポイントでの連携を行っている。このように、かつてのカタログ通販御三家はその存在感を失い、他社との連携で活路を見出そうとしているのが現状だ。


●ECシフトを逆手に取ったベルーナ


 カタログ通販が衰退へと向かっていく中で、唯一、業績を伸ばしていたのがベルーナ(埼玉県上尾市)である。図表6はベルーナの売り上げ、営業利益の推移だが、これまで見てきたカタログ通販御三家とは、全く異なる軌跡をたどっていることが分かるだろう。2022年までは右肩上がりで利益も堅調に拡大傾向にあったが、最近少し伸び悩んでいる、といった状況であり、御三家と比べると極めて順調といっていい。


 ベルーナがここまで強いのは、ECシフトの影響が少ない高齢女性層(2010年代時点の60代以上、特に70代以上の女性層)に特化したシニアマーケティングを徹底したことにある、といわれている。この層は時代の推移とともにECにシフトしない人も多く、そうした層の発掘、リピート管理に優れていたことで、御三家と大きな差がついた。


 また、ベルーナは不動産事業の育成に加え、化粧品事業、看護師向け通販、呉服販売、EC通販企業などをM&Aで傘下に入れた。商品の多様化、事業の多角化を進め、収益を確保する部門の分散を着実に進めてきたことが大きく奏功しているのだ。


 そして今、クレバーなベルーナが予想して備えた通り、シニア特化のカタログ通販さえも世代交代が進行。減収傾向は顕著で、部門としては赤字になり、他部門がそれを支える状態となった。ベルーナでも近い将来、カタログ通販ビジネスは他部門に代替されるようになるだろう。


●ECという大海に埋もれないために


 EC大手である楽天の流通総額(取扱高)は6兆円、Amazonの日本国内での売り上げが3.7兆円という規模となっている。カタログ通販大手の数百億〜1000億円といった売上規模は、数多く存在するEC企業の1社としての存在感しかなく、ECの世界での主役にはとてもなれない。こうした中で、特定層へのアプローチができるチャネルを持っている企業ならば、たとえ企業規模が小さくても、ネットの大海の中に埋没せず、顧客を維持することができるのではないだろうか。


 今回ニッセンを傘下に収める歯愛メディカル(石川県能美市)は、歯科医院向け通販を軸に、多忙な歯科医院関係者向けの通販という特殊なマーケットを掌握。今後はそれ以外の分野、つまり一般顧客向けのECの拡大を目指しているという。こうした企業にとっては、ニッセンのアクティブ顧客リスト(おそらく大半はECチャネル利用者)を買収金額の41億円で獲得できたことは十分価値がある。400億円の新規顧客購買リストを、10分の1の投資で買えたのなら安いものだ。


 ECという新たなチャネルが浸透していく中で、カタログ通販大手は次々と存在感を失っていった。唯一、ECにシフトしない顧客層=高齢者に特化してそのニーズに応えることで、ベルーナは業績を保ち続けたが、それでも10年ほどで通販部門は採算が合わなくなった。特定年代に特化したマーケティングに成功しても、その集団は時の流れの中で消費の世界から退場していくからである。


 団塊世代はECがお好みではなかったかもしれないが、これから高齢者になるバブル世代、団塊ジュニア世代はECが当たり前だ。少子高齢化を前提に、シニア向けのビジネスやマーケティングというのはよく聞くが、年代と世代を混同した認識を目の当たりにすることが少なくない。「高齢者」とは年代を意味するが、その時代により構成している世代が変わっていく。10年も経過すれば、その嗜好(しこう)は全く違うものとなる。「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」なのである。


 ネットを使わない高齢者は少しずつ買い物の主体から引退し、カタログ通販へのニーズは確実に減っていく。その点、歯愛メディカルの歯科医院関係者というのは、時代を経ても入れ替わりつつ顧客でいてくれる可能性は高く、コア顧客の安定性は極めて高い。今後は、こうした特定顧客層をつかんだEC企業が、業界におけるM&Aの買い手として名乗りを上げることになるかもしれない。


著者プロフィール


中井彰人(なかい あきひと)


メガバンク調査部門の流通アナリストとして12年、現在は中小企業診断士として独立。地域流通「愛」を貫き、全国各地への出張の日々を経て、モータリゼーションと業態盛衰の関連性に注目した独自の流通理論に到達。


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