全日本プロレスが能登に届けた「元気」 選手会長・宮原健斗らがチャリティ大会で見せた普段どおりのファイト

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2024年06月20日 10:40  webスポルティーバ

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【「何もしなければ、何も始まらない」】

 元日に発生した能登地方地震から5カ月あまり。能登半島は、甚大な被害を受けた奥能登地方を中心に倒壊家屋が手つかずのままなど、復興への険しい道のりが続いている。

 一方で被災地には、義援金の寄付などさまざまな業界が支援の輪を広げている。スポーツ界でも支援を行なっているが、そのなかでプロレス界では、全日本プロレスが6月10日に石川県の七尾市田鶴浜体育館でチャリティ大会を開催した。

 プロレス団体で能登半島でのチャリティ大会を開催したのは、全日本が初めて。「全日本プロレス 能登チャリティ大会〜ALL JAPAN FOR ONE〜」と題し、入場は無料だった。

 開催のきっかっけは、今年から全日本の選手会長に就任した宮原健斗の「能登半島のために、自分たちが何かできないだろうか」という思いだった。日々、テレビなどのニュースで知る能登半島の現実。甚大な被害を受けた能登で暮らす人々のために、「自分たちプロレスラーができること」を考え続けたという。

 宮原は2007年に『健介オフィス』に入門して翌年2月にデビュー。14年に全日本へ入団したあとは、最高峰の「三冠ヘビー級王座」を6度も戴冠するなど活躍を続け、今年でデビュー16年目となる。その間、石川県でも幾度となく試合を行ない、数多くのファンから声援を受けた。自らの背中を押してくれた石川県、能登地方のファンが地震で苦しい思いをしている。考えた末の結論が、能登半島で試合をすることだった。

「僕は常日頃から、プロレスが世の中のためにできることは『見ている方々に元気を届けること』だと思っています。それは、僕が子供の頃にプロレスファンになって、夢を見て元気をもらった人間だからそう思えるんです。

 今年、能登で大変な地震が起き、被害の状況をテレビとかで見るたびに『能登のみなさんにプロレスの元気を届けたい』となりました。もちろん、大変な被害を受けた方々に対して、僕らが『プロレスで元気を届ける』と言うのは、おこがましいとも思います。それは、僕らの自己満足なのかもしれません。ただ、『何もしなければ、何も始まらないんじゃないか?』と考えたんです」

【社長が見せた男気】

 さまざまな考えが宮原の頭を駆け巡った。しかし、何度考えても能登半島に「プロレスで元気を届けたい」という思いは揺るがなかった。

「僕らは表に出る仕事ですから、少なからずさまざまな人に影響力を与えることができる。僕はいつも、自分の試合を見ている方のなかでひとりでも何かを感じてくれたらいいな、と思って戦っています。

 僕らプロレスラーは、話すことでメッセージを伝えることもできますけど、一番の使命は、リングの上で体を使って全力で表現し、お客さんに喜んでいただくこと。その使命が、今回は能登半島でチャリティ大会をすることだと思いました」

 震災以降、現地に入って歌を届けた歌手もいれば、多額の義援金を送った財界人もいる。それぞれが、それぞれの立場で能登半島へ思いを届けている。宮原はプロレスラーだ。プロレスラーだからできること。プロレスラーにしかできないこと。それがプロレスを届けることだった。

 自らの思いを仲間のレスラーに伝えると賛同を得ることができ、今年4月には福田剛紀社長に伝えた。福田社長も宮原の意向を受け入れ、入場無料での開催を決断した。

「チャリティ試合をするにも資金が必要ですから、開催するかどうかは僕だけの判断ではできません。そこで社長が開催を受け入れてくれて、しかも入場無料で実施することを決断してくれました。それを聞いた時は『大丈夫かな?』とびっくりしましたが、社長が能登の方々のことを思い、男気を見せてくれたんです」

 その時点で6月9日に岐阜市で大会を開催することは決まっており、1日あれば能登にバスで移動できる。その日は試合の予定が入っていなかったため、6月10日の開催が浮上した。5月に営業部員が現地に入って会場を探し、七尾市田鶴浜体育館で試合が実施できることに。そして5月12日、チャンピオンカーニバル優勝戦が行なわれた横浜BUNTAIでチャリティ大会の開催を発表した。

【熱気に包まれる会場】

 迎えた大会当日。開場は午後5時半だったが、3時すぎには体育館の周辺にファンが列を作った。七尾市はもちろん、金沢市、さらには東京から訪れたファンもおり、開場までにその行列は100mほどの長蛇になった。入口では、大会開催に賛同した『高橋創税理士事務所』の協力で作った、団体ロゴに「がんばろう!能登 石川」というメッセージ、選手のサインが入ったはがきサイズのステッカーを配布した。

 試合開始時刻の6時半には用意した椅子席が満席となり、二階席も開放した。入場者数は発表しなかったが、会場は男女を問わず、お年寄りから子供たち、家族連れなど幅広い年齢層のファンで超満員となった。

 入場無料のチャリティマッチ。宮原が誓ったことは「いつもと同じ全日本プロレスを見せる」ことだった。

「一番大事なことは、普段と同じようにしっかり練習をして準備をすることです。そして僕の今日のテーマは、いつもどおりの僕をお届けすること。普段と変わらない宮原健斗を、能登のみなさまにすべてお見せします」

 全日本のキャッチフレーズは、1990年代から「明るく楽しく激しく」で一貫している。30年あまり貫いてきた"王道プロレス"をそのままを届けることが、被災者への最大限の誠意。宮原の言葉は、全4試合に出場したすべてのレスラーに共通した思いだった。

 試合前には三冠ヘビー級王者の安齊勇馬、宮原がサイン会を行ない、第一試合で世界タッグ王者の「斉藤ブラザーズ」斉藤ジュン&レイは、大森北斗・羆嵐を相手にいつもと変わらぬパワーファイトを展開して会場をどよめかせた。

 第二試合は芦野祥太郎と立花誠吾によるシングルマッチ。真正面からぶつかる熱いファイトで客席を沸かし、第三試合の諏訪魔・田村男児・吉岡世起vs綾部蓮・鈴木秀樹・阿部史典の6人タッグマッチでは、諏訪魔がド迫力のラストライドで阿部をたたきつけると、大きな拍手が起こった。それらの全試合で、戦いを終えたレスラーはマイクを持って「みんなで力を合わせて頑張ろう」とメッセージを送った。

 迎えたメインイベント。宮原は、青柳優馬、MUSASHIと組み、安齊、本田竜輝、ライジングHAYATOと対戦した。リング上では「激しい」戦いを展開したが、いつも以上に観客に声をかけるなど「元気を届ける」という思いを体全体で表現した。

 試合中、宮原は場外乱闘で本田を羽交い絞めにすると、客席の男子小学生にチョップを要求。思いもよらぬレスラーからの言葉に少年は戸惑ったが、宮原、さらに客席からの拍手に後押しされて立ち上がり、本田の胸にチョップを叩き込んだ。

 観客がレスラーに手を出すことは、通常の大会ではもちろんご法度だが、チャリティ大会ならではの"サービス"に、会場はこの日一番の歓声で包まれた。試合は、安齊が必殺技「ギムレット」でMUSASHIを倒し、三冠王者の貫禄を見せつけた。

【それぞれの感謝】

 熱戦の連続に活気がみなぎった体育館。マイクを持った宮原が「最後まで応援ありがとうございました!」と感謝を伝えると、客席から大きな拍手と「ありがとう!」の言葉がリングに注がれた。

 さらに宮原は、「俺たちプロレスラーはこのリング上から、見ている人たちに元気を届けるべく明日からも戦っていく。みなさまに会えるのを楽しみにしてるぜ」と続け、「今日はチャリティ大会。せっかくだ、未来ある子供たちとリング上で写真撮ろうじゃないか。子供たち、リングに集合だ」と、観戦した子供たちをリングに上げた。そして、メインイベントに出場した6選手との記念撮影を行なった。

 試合後、バックステージで宮原はこう噛みしめるように語った。

「ここ石川に、俺たち全日本プロレスは何かを届けたい思いでここに来た。元気を届けたつもりが、俺たちが元気をもらったような気がする。俺たちレスラーは、いろいろ言葉で言ったとしてもこの体で表現するしかないからね。それを見ている人たちに、どんな形でも、明日からの活力になってくれたらうれしいですね」

 宮原に促されて本田にチョップを見舞った男子小学生は両親、妹と観戦しており、大会後には「楽しかった」とはにかんだ。住まいは会場に近く、父親によると元日の地震発生後は、七尾市田鶴浜体育館が避難所になったため「家族でここに避難して一晩を過ごしました」と明かしてくれた。

 体育館は3月3日まで避難所となり、多くの七尾市民が生活をともにした。男子小学生の一家は一晩で自宅に戻ったが、父親は「元日に避難したこの場所で、5カ月後の今日、プロレスを観戦して元気をいただきました。本当にありがたいことです。感謝しています」と感謝を語った。

 約1万5000戸の家屋が損傷するなどの被害を受けた七尾市。リングサイド最前列で観戦した70歳の男性は、自宅が一部損壊して今も回復していないことを明かし、「なかなか復興は進んでいませんけど、今日は元気づけてくれてありがたいです」と笑顔を見せた。また、プロレスファンになって2年目という七尾市に住む40代の女性は、3月末まで断水で不便を強いられたという。

「地震があってからプロレスを観に行く気力がなかったんです。奥能登は今も大変ですし、『自分が楽しんでいいのかな?』と思っていました。だけど、自分が楽しくて気分がよくないと、周りの人にも影響しますから。全日本プロレスを見て楽しみました」

「プロレスの元気」を届けようと能登半島で戦った宮原、そして全日本プロレス。その思いは、確かに七尾市民に届いた。

「ここから、新しい何かが生まれたらいいなと思います。今回は、僕らが能登のみなさんのために何かをやるための第一歩です」

 七尾市に届けた「元気」を、全日本はこれからも全国に伝えていく。

このニュースに関するつぶやき

  • プロレス興行の価値は東京にいると分からないんだよな。日本全国に生の娯楽を届けるって、テレビ中心の都会主義とは真逆だから。
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