「驚きがないPCメーカーになる」の真意 電撃退任したマウスコンピューター 小松社長の18年におよぶ歩みを振り返って分かったこと

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2024年06月20日 16:11  ITmedia PC USER

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マウスコンピューターの小松永門代表取締役社長が退任した。

 マウスコンピューターが、トップ人事を発表した。小松永門(こまつ ひさと)社長が退き、6月20日付けで新社長に軣秀樹(とどろき ひでき)常務取締役が就任する。18年間という長期に渡り社長を務めてきた小松氏は会長にはとどまらず、経営のバトンを完全に手渡すことになる。


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 小松氏はインテルを経て、2005年にマウスコンピューターの親会社であるMCJに入社した。2006年からマウスコンピューターの社長に就任し、同社の事業拡大を牽引してきた。小松氏自身、60歳の節目を迎えるタイミングでの決断となる。小松氏のこれまでの取り組みを振り返ってみたい。


●顧客や社員を重視し、信頼を1つずつ積み重ねるという経営手法


 マウスコンピューターは、2024年に創業31年目を迎えた。2006年に社長に就任した小松氏は、その約6割にあたる期間を、経営トップとして陣頭指揮を執ってきたことになる。


 この間、取材をしていて感じたのは、小松氏の経営手法は顧客や社員を重視し、信頼を1つずつ積み重ねるというやり方を繰り返してきたという点だ。


 象徴的ともいえるのが、30周年を迎えた2023年度に「新しいこと、マウスから」をキーメッセージに、年間30件を目標にして新たなことに「挑戦」したことだ。30周年という数字に合わせて、社外向けに30件、社内向けに30件の新たなチャレンジをしている。


 具体的な成果として、PC購入者への送料無料化や3年間の無償保証サービスを標準化したのに加え、直販限定ブランドのゲーミングPC「NEXTGEAR」シリーズの投入、広島サービスセンターの本格稼働といった顧客向け施策の実施やサービスの拡充を行う一方、1時間単位で有給休暇を取得できるようにするといった柔軟な働き方改革の導入、厚生労働省の「くるみん」の認定取得など、社員にとって働きやすい環境作りにも取り組んできた。


 これらの取り組みにおいて、小松氏は、「お客さまにとってプラスに働くことに新たに挑戦しようと考えた。また、社内向けの挑戦でも社員が変えたいと思うことから取り組んでいった」と振り返る。顧客の声を起点にアイデアを生み、そこから新たなサービスにつなげたり、社員の声を聞いたり、働き方の変化を捉えたりしながら、働きやすく、働きがいがある環境作りを進めていった。


 例えば、3年間無償保証サービスを標準で提供するという挑戦も、顧客の視点から生まれたアイデアだ。


 小松氏は「従来は1年間の無償保証だったが、PCを1年間で買い替える人はいない。最低でも3年は使う。それならば、少なくとも3年は安心して使ってもらえるようにすべきであるというのがサービス開始の発端となっている」と振り返る。


 まさに、顧客を重視し、信頼を1つずつ積み重ねる小松氏の経営手法に合致した取り組みだったといえる。


 そして、「重要なのはトップダウンで進めた挑戦ではなく、現場の社員が中心になって進めている挑戦であること」とも語る。30個の挑戦の中身は、全て社員が考えた。「30個やるということは決めたが、後は社員に任せた。私が口を出すことで、もっと膨らますことができる場合にだけ口を出した」と笑う。


 新ブランド「NEXTGEAR」の投入に合わせて、ノートPCにブルーグリーンという斬新なボディーカラーを採用したことで話題を集めたが、これもユーザーの声を反映している。


 このとき、これまでの製品企画からすれば、想定外の意見が集まったことで、現場の社員たちは、それを反映することにちゅうちょしていた場面があったという。そのときも、小松氏は「集まった声に沿ってやらないのならば、何のためにユーザーに聞いたのか。ユーザーの要望ならば、やってみたらどうか」と一押しし、現場の社員は自信を持って、ユーザーの声を製品化に反映したという。


●とにかく「品質」にこだわって「驚きがないPCメーカーになる」


 小松氏が、ずっと重視してきたのが「品質」だ。


 長野県飯山市の飯山工場における国内生産によって、高品質の製品を素早く納品する「Made in Japan」の仕組みを構築し、品質向上に向けた改善を日々実施している。


 2008年にiiyamaの生産拠点を自社化し、PCの生産機能を集約。国内生産による高い品質の実現とともに最短で翌日、平均で3〜4営業日での出荷体制を構築した。


 一方、部品の調達に関しても、同社独自の品質基準を元に取り組んだ。パートナー企業との連携によって、数年かけて共同で改良を行うといった取り組みも進めている。


 さらに同社では、新たに技術説明ページを公開し、製品仕様には掲載していない技術説明や製品寸法図、さらには採用している部材のメーカー名や型番なども明記することで、購入者が安心してマウスコンピューターのPCを購入できるようにしている。


 特に、この5年間は品質改善の効果が大きく、AFR(年間平均故障率)や初期不良率は、大幅に削減しているという。社内の品質改善に対する意識が毎年のように高まり、それに伴って、物作りの品質基準や部品の調達基準も改善され、その繰り返しが品質向上につながるという好循環が生まれていることが理由だ。


 小松氏は、「お客さまの信頼を得るには、『品質』が重要な要素になる。『品質』を認めていただけるからこそ、お客さまと継続的なつながりを持つことができる。だが、品質は、一気に改善するものではなく、地道な取り組みの積み重ねである。30年間以上に渡り、私たちのPCを使っていただけているのは、『品質』に対する評価の積み重ねに尽きる。品質改善への取り組みは終わりがない」とする。


 かつての取材で小松氏は、「驚きがないPCメーカーになる」とコメントしたことがあった。ユーザーを驚かせるようなPCを投入しつ続けてきたマウスコンピューターの社長の発言としては、やや違和感を持ったが、その言葉の真意は別にあった。


 小松氏は、「驚きというのはいいことばかりでなく、悪いことで驚くこともある。むしろ、そちらの方が多いかもしれない。しかし、当社のPCを購入すると、空気や水のように何事もなく、3年間や5年間に渡って利用できるという存在でありたい。何もないことが一番であり、それが、当社が目指すこれからの姿である」と語っていた。品質を重視するモノ作りを進める小松氏らしい発言だといえる。


 小松氏が実施した改革の中で、重要な取り組みの1つだったのが、2010年に実施したコールセンターの自社運営化だ。


 それまでは、多くのPCメーカーと同様に、外部企業にコールセンター業務を委託していたが、受電率が業務委託先の評価指標になっていたこともあり、受電を優先して解決対応への品質が低下。同社のコールセンターに対する評価が悪化するという事態が発生していた。そこで、コールセンター業務を自社運営へと転換し、受電率よりも応対品質を重視する体制へと移行し、確実に解決することを目指した。


 さらに、24時間365日のサポート体制をいち早く構築したのも大きな特徴だ。


 日中は仕事や学校などで電話できないユーザーも、自宅に帰ってから電話やメール、LINEで問い合わせることができる環境を用意した。深夜にPCの設置業務を行うといった作業担当者にとっても、トラブル発生時にすぐに問い合わせができるというメリットも生んでいる。今後は、オペレーターを支援するAI音声認識システムの導入も進めることになり、より高い応対品質を目指すという。


 現在、沖縄県沖縄市の沖縄コールセンター、鳥取県米子市の米子コールセンターで対応中だ。2023年からは埼玉サービスセンターでも約10人体制でコールセンター機能を併設した他、新たに本格稼働させた広島サービスセンターにもコールセンター機能を持たせることになる。


 24時間365日のコールセンターでの対応に加えて、72時間以内での修理完了の実現も同社の特徴の1つであり、これも小松氏が取り組んできた改革だ。


 PCが壊れたり、不具合が発生したりといった際に、業務を止めないためにPCの修理を最短で行い、手元に戻すことがPCメーカーの責務と位置付け、修理体制を大幅に改革した。実際、2015年当時は、修理にかかる時間は平均で167時間にも達していたが、2022年度には平均修理納期で60時間を達成している。同社では引き続き、修理品質を高めながら修理時間の短縮に挑んでいる。


 これまでは、埼玉県春日部市の埼玉サービスセンターで修理を行っていたが、2023年11月からは、西日本エリアを担当する広島サービスセンターを加えた2拠点体制へと拡張。九州や中国、四国の修理納期の短縮にもつながることになる。


 さらに、センドバック修理やピックアップ修理といった通常修理サービスに加えて、持ち込み修理サービス/出張修理サービス/パーツ配送サービスなども実施している。今後は、法人向けオンサイト修理を新たに開始するなど、さらなる体制強化を進める。


 こうしてみると、小松氏の社長としての18年間は、国内生産/国内サポート/国内修理体制を構築し、マウスコンピューターの事業拡大の基盤を作り上げた18年間だったといえる。


●創業から取り組んできたモノ作りのDNAをコーポレートスローガンに


 マウスコンピューターのPCは、最新CPUの搭載を始めとして、最新技術にいち早く対応することが特徴だが、その一方で、ユニークなモノ作りでも知られるPCメーカーだ。


 2011年に発売したリビング設置型PC「LUVLIB」や、2014年の手のひらサイズのスティック型PC「m-Stick」、オンキヨーと手を組んだハイレゾ対応のキューブ型PC「EasyCube59HD」、スタディPC「mouse E10」など、同社だからこそ生まれたPCも少なくない。


 また、一般向けPCである「mouse」、ゲームPC向けの「G-Tune」に加えて、2011年からは、法人向けPCブランドの「MousePro」をスタートし、2016年にはクリエイター向けPCブランドの「DAIV」を開始した。2023年からは、直販限定のゲーム向けPCブランド「NEXTGEAR」を新たに用意するなど、ブランド展開を強化してきた。


 特にMouseProは、国内PC市場全体の約7割を占めるビジネスPC市場に向けて投入したPCであり、長期間に渡って同一仕様のPCを調達したいという法人需要に対応している。同社が得意としているのは毎月のように仕様を見直すという迅速性だが、MouseProはそれらのモノ作りとは一線を画したものであり、国内生産による柔軟なカスタマイズ対応ができる強みを生かして、ビジネス市場における基盤を着実に築いてきた。


 他のブランドに比べると派手さはないが、今後の同社の事業拡大において、重要な意味を持つ製品だといえる。


 小松氏も「MouseProは、法人ユーザーに求められるPCは何かといったことを追求したPCだ。当社にとって、重要なブランドの1つに育っている」と胸を張る。


 同社は2016年1月に、PCのブランド名を「Mouse Computer」から「mouse」に変更した。


 愛称として使われていたmouseをブランド名にした理由について小松氏は、「長年に渡って、当社の製品を使っていただいているユーザーの方々が、愛着を込めて『マウス』と呼んでいただいたり、SNSに『マウス』と書き込んでいただいたりしていることを捉えて、それをブランドにした。また、もっと多くの方々にマウスコンピューターを知ってもらうという狙いもあった」とする。小文字でmouseとし、丸みを帯びた書体を採用したのも愛着がわきやすいロゴにするためだ。


 もともとマウスコンピューターの「マウス」は、PC周辺機器のマウスが由来だ。マウスを製品化していたわけではなく、マウスが、PCにとって当たり前の存在であり、同時に人とPCを結びつけるために、重要な役割を果たしていることに着目して命名した。


 創業当初はPCの価格が高く、誰でも購入できるものではなかったが、それを手ごろな価格で購入できるようにしたのが、最初に手掛けた人とPCを結びつける役割であり、PCユーザーのすそ野拡大に貢献してきた。その後、PCの普及に伴って利用シーンが広がり、さまざまなPCが求められるようになった。そういった変化に対応しながら、人とPCを結びつけるための役割を果たしてきたというわけだ。


 mouseへのブランド変更の際に、同社では、新たなコーポレートメッセージとして「期待を超えるコンピューター。」を打ち出した。これは、30周年を迎えた2023年度には、「期待を超えるパソコン!」に変更している。


 ここにも、小松氏の思い入れがある。


 小松氏は、「創業以来、取り組んできたモノ作りのDNAを、1つの言葉に集約したもの」と位置付けながら、次のように説明する。


 「仮に『期待に応える』した場合、それでは、受け身の姿勢でしかない。当社は自分たちで考えてポジティブな姿勢でモノを作り、お客さまの期待を超えたい。いい意味でお客さまの期待を裏切り、期待を超えていきたいという意味を込めた」とする。


 また「マウスコンピューターを知ってもらう上で、まずはPCのメーカーであるということを訴える必要があると考えた。当社は、PCやPC周辺機器、サーバなどのハードウェアを開発/生産/販売するPCメーカーであり、一歩先を見据えて、お客さまの『こうして欲しい』という要望に対して、それを上回る提案をすることに取り組みたい」とした。


 そして小松氏は、「期待を超えるパソコン!には、具体的な定義がなく、合格ラインもない。常に上を目指す必要がある。もっと多くの期待を超えるパソコン!を実現しなくてはならない」と、社内にゲキを飛ばす。


 なお、コーポレートメッセージの最後には、「!」マークをつけている。この感嘆符は、特別なフォントを作って、右斜めに傾けている。パソコンビジネスによって、これからも右肩上がりに成長していくという意味を込めたという。


 小松氏が社長を務めた18年間は、マウスコンピューターの事業成長の18年間だといえる。国内生産、国内サポート、国内修理体制を構築し、それを強化し続けており、次の成長に向けた地盤が整っている。この実績をベースに、新社長体制の元で新たな成長戦略がどう描かれるのかが、これから楽しみだ。


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