ニッチだが奥深い「映像伝送」の歴史 アナログからデジタルまでの変遷を総ざらい

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2024年06月20日 17:11  ITmedia NEWS

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 プロフェッショナルから業務にかけての映像伝送方法は、アナログからデジタル、そしてIPと進化してきたが、それらは世代によって入れ替わっていったわけではなく、現場によっては今のなお混在した状態にある。特に文教では今でもアナログ機材が稼働しているケースもあり、若い人にとっては見たこともない端子に面食らう事もあるだろう。


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 今回は永久保存版、というほどではないが、アナログからデジタルまでの映像伝送の方式を振り返りながら、その発展の過程をまとめてみたい。なお筆者の専門はポストプロダクションであるため、カメラからの直接伝送ではなく、主にVTR等の記録装置からの伝送システムの例を中心にお話ししていく。


●アナログ伝送時代


 VTRの歴史をさかのぼると、最初は2インチVTRということになるわけだが、当時の伝送方式はアナログ・コンポジットしかない。


 アナログコンポジットは、プラス・マイナスを配した1本のケーブルで伝送できるのがメリットであり、この「映像1つに1本ケーブル」は、のちの映像伝送の基準となった。現在もなお使われているBNCタイプのコネクターはいつ頃から使用されているのか、はっきりした資料はない。


 1970年にAmpexが初のコンシューマー向けビデオレコーダー「InstaVideo」を発売したが、カメラとの接続はもっと大型の端子が使用されていたようだ。


 あいにく筆者はこの形状の端子を実際に使ったことがなく、名称が分からないが、筆者よりも年長の技術者ならご存じだろう。


 ソニーは1976年にヘリカルスキャン方式の1インチVTR、BVH-1000を開発、2年後に発売したが、この頃にはすでにBNC端子が使用されていた。


 コンシューマー用に開発され、のちにプロでも使用されたUマチック VTRは、3/4インチ幅のカセット型テープを使用するため、輝度と彩度を分けて記録する、Y/C分離方式となった。この方法論はのちに、S-VHSの伝送方式として「S端子ケーブル」となるわけだが、Umatic VTRはアナログ・コンポジットシステムへの互換性を重視して、コンポジットケーブルで運用された。


 潮目が変わったのが、ソニー「ベータカム」の登場以降である。ベータカムの記録はY/B-Y/R-Y という色差方式で、カメラからのRGB出力にマトリックス変換をかけて信号量を減らし、伝送する。記録する際にはさらにB-Y/R-Yを時間圧縮する。つまり2フレームに1回しか記録しないのである。


 ベータカムはアナログ・コンポジット入出力もできたが、3本の等長ケーブルを使う事で、Y/B-Y/R-Yの信号をそのまま伝送する、アナログ・コンポーネント入出力もできた。コンポーネント原理は現在もなお使われ続けている技術なので、非常に重要なターニングポイントである。


 アナログ・コンポジットよりも色再現性が優れているとして、スイッチャーもアナログ・コンポーネント対応のものが登場し、結線全てをアナログ・コンポーネントで行う編集システムも稼働した。


 ただ、通常のシステムに比べてケーブル量が3倍になるほか、パッチベイなどで結線を入れ替える際にも毎回3本の長さが同じのケーブルを用意しなければならないので、システム運用は煩雑であった。なぜ同じ長さでなければならないかというと、ケーブル抵抗値が微妙にズレると、色がズレるからである。


 ベータカムには別途CTDM(Copressed Time Domain Multiplex)という伝送方式もあった。これはテープに時間圧縮記録された状態を復元せず、そのまま伝送するというもので、ベータカム同士を専用のマルチケーブルで接続し、ダビングに使用する。時間軸の伸張・再圧縮のプロセスを踏まないので、ダビング特性が向上する。だがそもそもテープの単純ダビングが必要なケースがあまりなかったので、運用例はそれほどなかったのではないかと思う。


 なおフロントパネルにはこれらの入力切り替えスイッチが付いているが、出力切り替えスイッチはない。全部の出力端子からは常時信号が出ているからである。このためベータカムは、コンポーネントシステムとコンポジットシステムで共存利用することができた。


●デジタル伝送時代


 プロの世界では、1980年代半ばにデジタル時代に移行していく。最初のデジタル伝送は、コンポーネントからスタートした。つまり、アナログ・コンポーネント信号をデジタルサンプリングして記録するところから始まっている。なぜならば、当時のカメラセンサー(撮像管)からはアナログ信号しか取り出せないからである。


 Y/B-Y/R-Yのアナログ3信号をそれぞれサンプリングするわけだが、そのサンプリング周波数の比率を、Yは4、B-Yを2、R-Yを2とした。いわゆる4:2:2システムの発祥である。


 1986年に発表、翌年販売を開始したデジタルVTR「DVR-1000」は、デッキ部分の下に巨大なプロセッサが付いていた。デジタル化されたY/B-Y/R-Y信号、すなわち3本のケーブルを使うデジタル・コンポーネント信号を伝送できたほか、下のプロセッサ部ではアナログ・コンポーネント信号を直接入力することもできた。プロセッサ部でAD変換するわけである。


 スイッチャーシステムもデジタル・コンポーネント対応のものが登場し、この信号処理方式は現在も多くのスイッチャーの基礎となっている。


 その一方でパッチベイは、3本の映像信号のほか、水平同期信号と垂直同期信号の計5本をつなぎ換えるのは煩雑であるだけでなく、アナログと違ってつなぎ間違えると全く絵にならないところから、マルチコネクターを使用するようになっていった。ただ後述するシリアル・デジタル伝送方式の登場により、マルチケーブルを使うパラレル・デジタル伝送方式は、比較的短命に終わった。


 一方で1988年に登場したのが、コンポジットデジタルVTR「DVR-10」である。DVR-10からは、ケーブル1本のデジタル・コンポジット信号が入出力できるほか、アナログ・コンポジット信号も入出力できる。つまり従来のメインであったアナログ1インチVTRをこれに置き換えることができる。システムはアナログだが、VTRだけはデジタル、というハイブリッドシステムが生まれた。


 放送局への納品も、アナログの1インチテープからDVR-10用のD-2カセットテープへと変わっていったことから、テレビ番組制作でメインに使用された。


 D-2はアナログ1インチVTRよりもダビング特性は良かったが、画質的にはデジタル・コンポーネント方式(D-1)のほうが上であった。D-1システムはフルデジタルで組まれることが多かった事から、ダビングによる画質劣化がなく、テレビCM合成などで主力となっていった。


 デジタル・コンポーネント方式は、パラレル接続ではケーブルがコンポジットの3倍以上必要であったが、この課題を解決すべく、ソニーがケーブル1本でデジタル・コンポーネント信号を伝送できる、シリアル・デジタル伝送方式を開発した。これがのちの、SDI(Serial Digital Interface)である。


 SDIは、DVR-1000の後継機である「DVR-2000」に搭載され、D-1システム構築の大幅な省力化に貢献した。SDIの登場年にはっきりした資料がないが、DVR-2000の発売が1990年であり、少なくともそのころにはSDIの編集システムが存在したことから、だいたいそのあたりから普及が始まったものだろう。なお同じケーブル1本でデジタル信号が伝送できるD-2方式とは、互換性がない。よって両方のシステムを持つプロダクションでは、ケーブルの色を分けるなどして対応した。


 1993年にはデジタルベータカムが登場し、急速に10bitデジタル・コンポーネントシステムが普及した(D-1は8bit)ことから、デジタル・コンポジットシステム(D-2方式)は下火になっていった。デジタル・コンポジットシステムは他にパナソニックが開発した「D-3」があり、NHKでは番組運用標準フォーマットとして採用された。ただ現在ではD-2もD-3もVTRの生産が完了しているので、おそらくデジタル・コンポジットシステムを運用しているところはないと思われる。


 SDIは国際標準規格となり、その後多くのバリエーションを生んだ。HD方式が登場すると、これを伝送するためにHD-SDIが開発された。当初は放送用フォーマットだったため、1080i伝送である。伝送レートは1.5Gbpsで、以降この数字が上位フォーマットの基準となっていくので、ご記憶されたい。


 1080pの伝送は、フレームレートが2倍になるため、データ量も2倍となる。従ってこの伝送フォーマットは、1.5を2倍した「3G-SDI」と呼ばれる。


 2015年頃には「4K」が登場するが、これは1080pを縦横2枚、合計4枚の貼り合わせで実現した。従って映像伝送も、3G-SDIを4本束ねた「3G Quad-Link」で対応した。ただケーブルを複数本束ねて運用するスタイルは、長続きしない。アナログにしてもデジタルにしても、パラレル伝送方式は普及しなかった。


 やがて豪Blackmagic Designがケーブル1本で4Kが伝送できる「12G-SDI」を開発し、これも国際標準規格となった。3G×4だから、12Gというわけである。


 プロ用伝送フォーマットは、記録系の発展とともに変遷しているが、アナログ時代からずっとBNCコネクターとケーブルで伝送してきている。SDIだけでも、SD時代の無印SDIと、HD-SDIには1.5G、3G、6G、4Kの12Gの5種類がある(MPEG系のフォーマットを入れるともっとたくさんある)のに、全てBNCコネクターのインピーダンス75Ωケーブルで伝送できている。これが事態をややこしくしているともいえる。


 ケーブルがフォーマット変換してくれるわけではないので、フォーマットの異なる製品同士を直接接続しても、伝送はできない。信号の種類が混在する場合は、フォーマットコンバーターを経由するか、機器側でフォーマット変換をサポートする場合は、入力フォーマットを適切に設定する必要がある。


 生放送・生中継では、カメラからの映像出力をリアルタイムで伝送する必要があるが、記録系がファイルベースになることで、次第に伝送もIPに置き換わっている。次回はコンピュータの映像伝送方式と、IP伝送についてまとめてみる。


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