消えたキーマン──「新プロジェクトX」のスパコン「京」回が批判を受けた理由 富士通とNHKの見解は?

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2024年06月22日 08:51  ITmedia NEWS

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スーパーコンピューター「京」(理化学研究所 計算科学研究センターのWebサイトより)

 スーパーコンピューター「京(けい)」を取り上げたNHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」が、ネット上で波紋を広げている。当時、京の開発責任者を務め、その後富士通を離れた人物に番組でほとんど触れられなかったことで、企業の都合が番組に反映されたのではないかという見方だ。一体、何があったのか。


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 京は、富士通と理化学研究所が開発し、2011年に稼働したスーパーコンピューター。演算性能は約10PFLOPS(ペタフロップス)で、これが1秒間に1京回(10000兆回)の計算にあたることから京と名付けられた。番組では富士通の技術者が登場し、当時の状況を語った。


 しかし放送後、X上である投稿が注目を集めた──「プロジェクトX見た。京の開発責任者で、その後富士通と道を違えた父が一切出ず、直属の上司や部下で、今も富士通との関わりが深い人たちのみが登場する内容には、家族としては非常に複雑な気持ちである。集合写真で真ん中でガッツポーズ決めてたのに」。父というのは、当時「京」の開発責任者を務めていた技術者・井上愛一郎さんのことだった。


 井上愛一郎さんの弟で、サウンドプロデューサーとして知られる井上慎二朗さんも、「夕飯食べてたらたまたま新プロジェクトX始まって『スパコン京』の話だってもんで、途中用事あったから残り録画して見たけど、兄の『あ』の字も『い』の字も出てこず、ついでに言うと僕の青学同学部同期生の件も全く触れられてなかった。wikiからもそこの一文消えてるし、おっかしいよね」とXに投稿している。


 井上さんは、名前をネットで検索すれば、ITmediaを含めテクノロジー関連の記事がいくつも出てくる著名な技術者だ。富士通で長年にわたりCPU開発に従事し、京の開発時は、常務理事・次世代テクニカルコンピューティング本部長という立場で富士通側の開発責任者を務めた。


 2011年、「京」がLINPACKのベンチマークTop500で第1位(世界一)になった時の記者会見で、井上さんは「年齢を問わず、スーパコンピュータの開発に情熱を注ぐすべての技術者の力を結集できた成果」と話している(2011年のITmedia NEWSの記事より)。同年、日経BP社の「第10回日本イノベーター大賞」で、スーパーコンピュータ「京」が特別優秀賞を受賞した際は、開発チームの代表として表彰を受けた。


●社長交代劇の影響を受けたか


 新プロジェクトXがネット上で話題になったためか、「週刊エコノミストOnline」が、2020年に掲載した井上さんのインタビュー記事を無料公開している。井上さんの目から見た、当時の状況が詳しく語られている。


 週刊エコノミストOnlineのインタビューによると、京の開発は当時の富士通にとっては「金食い虫」だったが、当時の野副州旦社長はゴーサインを出した。これで社長という後ろ盾を得る格好になったものの、2009年9月25日、唐突に野副社長の辞任が発表された。


 当初、富士通は辞任理由を「病気治療に専念するため」と説明した。しかしその後、野副さん自身が辞任取り消しを求めていたという情報が広まり、10年3月には辞任理由を「ふさわしくない企業と関係を続けたため」と訂正。両者の記者会見合戦や裁判に発展する騒動となった。裁判では富士通側の主張が認められたものの、富士通にとって外聞の悪いエピソードだったことは間違いない。


 この一件は、井上さんの仕事にも大きな影響を与えたようだ。上記インタビューによると、京が世界一になるメドが立った11年5月、井上さんは上司に呼び出され、「君の考えていることは会社の方針と反する」として、約100人のCPU開発部隊を取り上げられたという。京がスパコン世界一になった際の「すべての技術者の力を結集できた成果」というコメントは、そんな状況下で出てきたものだった。


 井上さんは、12年に「スーパーコンピュータ技術の開発育成」で文部科学大臣表彰(科学技術賞)を受賞。また13年には「ハイエンドコンピュータを実現する高性能・高信頼CPU技術の開発」の業績により紫綬褒章を受けるなど、その業績は国にも認められている。富士通でも12年に「フェロー」という、卓越した研究業績を上げた研究者に与えられる役職に就任した。


 しかし13年、井上さんは京の開発パートナーでもあった理化学研究所に移籍する。上記インタビューによると、富士通でスパコンの仕事に戻れず、野副さんの勧めもあって理研に移籍したものの、その後も“ポスト京”のプロジェクトに携わることはできなかったという。


●富士通とNHKの見解


 今回の新プロジェクトXについて、ネット上では「面白かった」「感動した」という好意的なコメントも多い一方、冒頭の投稿を知った人たちなどから「袂をわかてばサヨナラなんですね」「番組制作には富士通の提供が不可欠だが、大人の事情で井上氏を消したかったのか」「会社に都合の良い内容に改変されてて社会ってことなと感じた番組でした」など批判的な意見も多く出ている。


 富士通とNHKは、井上さんの家族の反応をどう受け取ったのか。また番組の制作時に何かしらの要請や配慮などはなかったのか、両者に聞いた。


 富士通は、「インタビューの対象者を含め、番組制作方針についてはNHKの判断であり、当社からのコメントは特にありません。また、当社からNHKに対して、ストーリーの内容や取材対象について何かを要請したという事実もございません」と否定。その上で「本プロジェクトの成果は、番組に登場したメンバーはもちろんのこと、プロジェクトに携わった社内外の多くの関係者の皆さまの努力の結果であると考えております」としている。


 NHKは「今回の番組では、『京』のプロジェクトのうち、CPU同士をつなぐ『インターコネクト』の開発を中心に現場の技術者たちの苦労と開発までの道のりをお伝えしました。NHKで制作・放送する番組でどのような方を取り上げるかについては、番組のテーマや個別の取材方針のもと、自主的な編集判断に基づいて決めております。なお、個別の番組に関する取材制作の過程についてはお答えしておりません」としている。


 つまり取材方針や内容は全て、番組制作側の判断だという。結果として、取材対象は富士通側の現役社員に偏り、かつて現場を率いたキーマンの姿は見えなくなった。スーパーコンピューター「京」とそれを支えた人たちの偉業は変わらないが、事情を知った視聴者の番組を見る目は少し変わるかもしれない。


 「新プロジェクトX 世界最速へ技術者たちの頭脳戦〜スーパーコンピューター『京』〜」は、22日午前8時15分から再放送する予定。「NHK+」で見逃し配信も行っている。


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