北九州「成人式のド派手衣装」生みの親の“苦悩と逆転”。九州の恥から一転、NY個展へ

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2024年06月22日 09:30  日刊SPA!

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成人式当日に撮影した写真。画像提供:貸衣装店「みやび小倉本店」
 2010年頃からたびたび話題となり賛否両論を巻き起こしている、福岡県北九州市小倉発祥の “ド派手成人式”なるものをご存知だろうか。卒ラン(中学校を卒業するときに着る特別に刺繍を入れた学生服)や暴走族の特攻服など、ヤンキーファッションを彷彿とさせるド派手な衣装を身に纏い、成人式に出席するスタイルのことを指す。
 今回は、そんなド派手成人式を生み出したことがキッカケで誹謗中傷の的となりつつも、ニューヨークでのファッションウィーク出演や「パリコレクション(パリコレ)」へ出場するモデルへの新作ドレス提供などを実現し、北九州市の発展に注力する貸衣装店「みやび小倉本店」の池田雅さんに話を聞いた。

◆キッカケは2人組の男性「金さん、銀さん」

 ド派手成人式のはじまりは、2003年頃。北九州市の八幡で営んでいた店が手狭になり、小倉へ移転してきた貸衣装店「みやび」が手掛けた2着のド派手衣装が発端だった。当時みやびは、ブライダルを中心とした貸衣装とフォトスタジオがウリの一般的な店だったという。

「成人式の振袖や袴は取り扱っていましたが、男性はお店にある貸衣装の中から選ぶというスタイルでした。そのため、女性は成人式の1年半ぐらい前から店に来て振袖の柄などをすり合わせしていく感じでしたが、男性は成人式の2〜3か月前から予約を受けるのが普通でした。

 2003年当時は、男性の衣装といえばシンプルな無地の羽織に縦縞の紋付袴が主流。そのような状況のなか、成人式の1年前ぐらいにやってきた2人組の男性(金さん・銀さん)から、金色と銀色の衣装を着て成人式に出たいと相談があったのです」

 この日は日曜日で、取引先の業者はすべて休み。それでも、「なんとかなるだろう」と考え「あたってみます」と答えたところ、金さん・銀さんは大喜び。さらに、2人からレンタル料金を確認された池田さんは、当時の相場であった4万〜5万円だと返答してしまう。

◆結局100万円近くの赤字に

「でも、月曜から取引先に問い合わせをはじめてみると、『金とか銀はない』『グレーなら』という返事ばかり。それはそうですよね、いままでそういう注文はなかったのですから。そのような状況でしたが、羽織はどうにかなりました。問題は袴……」

 ネットもまだまだ普及していない2003年当時、頼れるのは取引先の業者のみ。けれど、どこに問い合わせても金と銀の袴はみつからない。池田さんは、「問い合わせの電話をするたびに、気分が落ちていきました」と言い、何度も事情を説明して断ろうとした。

「でも彼らは『少しずつでも支払っていきたい』と言い、毎月5000円とか1万円を店に持って来てくれるようになったのです。そんな彼らの一生懸命な姿、そして私が『あたってみます』と答えたときの嬉しそうな顔を思い出すと、どうにかしたいと強く思いました」

 商売をはじめる前から大切にしている「お客様の夢を叶えるのが仕事」という自身の理念ともリンクし、あらためて奮い立った池田さん。けれど、この依頼を遂行したことで100万円ほどの赤字を抱える事態に陥ってしまう。

◆まったく元が取れないオーダー貸衣装

 金さん・銀さんの希望を叶えるために辿り着いたのは、いまはなき京都の機織り業者。普段は袴など作っていないその業者にお願いし、金と銀の生地を織るところからスタートすることになった。ただ、1種類につき約10人分もの生地が出来上がる仕組み。

「生地は機械で作るので、決められた長さが自動的に出来上がります。その一部だけを買い取ることもできなかったため、100万円近くの赤字を抱えることになりました。さらに、はじめて縫製から携わったのも、このときです」

 縫製した袴を見せると、金さん・銀さんは大喜び。さらに、成人式で目立つことに成功した彼らは、お礼をとともに「後輩を紹介します」とも言ってくれたとか。驚いたのは、その翌年。金さん・銀さんの後輩だというお客が何十人もやってきたのだ。

◆衣装は基本レンタル

「そして、先輩より『派手なもの』『スゴイもの』と希望したのです。当然ですが、彼らが要望している“金さん・銀さんを超えるもの”は、既製品にはありません。本格始動はもう少しあとですが、この頃ぐらいから、ブライダル中心の事業スタイルから変化していきました」

 希望すれば買い取りもできるというが、現在も基本はレンタル。ド派手衣装の場合、衣装代(傘やトラなどの小物は別途オプション料金が必要)のみで10万円ぐらいから相談に乗っているため、オーダー製作した衣装の料金は長期間にわたり回収できないことも多いという。

「正直、お客さんの夢を叶えるのが最優先なんです。ド派手衣装の在庫も、こんなに増えちゃって。どうするんだって思っちゃいますよね。トラの顔が付いた衣装もありますよ(笑)」

 普通の人ならマイナスの総合計金額に凹んでしまい、事業方針を転換することさえ考えそうな状況だが、「だから私、商売は下手だと思います」と、豪快に笑い飛ばしてしまう。そんな池田さんだが、過去には精神的にキツイ日々が長く続いたこともあった……。

◆やってきた「虹キング」

 池田さんがド派手成人式の衣装を本格的に手掛けるようになったキッカケは、金さん・銀さんの来店から5年後の2008年頃。金さん・銀さん以降、「先輩より目立つように」と毎年レベルアップする派手な衣装の要望に応えてはいたが、“虹キング”の登場は別格だった。

「私が勝手に『虹キング』と呼んでいる彼は、レインボーの傘に7色の羽織袴のイメージ画を持ってお店にやってきました。このときも取引先の業者をあちこち当たりましたがどこにもなく、7色に染めるのは難しいため、7つの生地を縫い合わせて作ることにしたのです」

 約1年かけて仕上げた衣装を見た虹キングは、とても喜んでくれたのだそう。そして、そんな彼らがとくに喜んだのが、当時発行されて人気だったタウン誌『おいらの街(おい街)』に掲載してもらうこと。ド派手衣装に身を包んだ成人式の写真を撮ってもらうことだった。

「でも、そのあとで『おい街』が廃刊になってしまい、みんなとても残念がっていたんです。そこで2010年頃、彼らの思い出になるような雑誌をと当店で 『みやびBOOK』を発刊。テレビに出たいという声もあったのでメディアにも取材してくれるよう申込みましたが、当時は実現しませんでした」

◆「けしからん!」「九州の恥」誹謗中傷の嵐

 このとき池田さんが取材してほしかったのは、思い思いの衣装で成人式に挑む彼らの晴れ舞台。ところが、このメディア出演は思わぬカタチで実現することになる。発行が続いていた『みやびBOOK』の中身を誰かが写真に取り、匿名掲示板にアップしたのだ。

「これが、2013年頃。一部の人たちがバカウケしてくれ、少しだけネットで話題になりました。そのあと、マツコ・デラックスさんと村上信五さんがMCを務める『月曜から夜ふかし』にも出演。それと同時に、苦情や誹謗中傷が一気に大きくなりました」

 そして、「そんな恰好で成人式など、けしからん!」「九州の恥」といった厳しい声や「死んだらいいのに」といった誹謗中傷の嵐。「非難されるようなことは何もしていない」と自分を励ましつつも、しんどい時期を送っていた。

◆ド派手成人式は“輩”の集まり?実態は…

 ド派手成人式の認知度が上がっていけばいくほど、しんどい思いをするようになっていたとき、ついに陳述書が市に提出された。そして北九州市は2016年より、成人式に「きちんとした服装でご参加ください」といった異例の呼びかけを開始。

「もちろん市の立場としては、意見があれば対応しなければいけないのもわかるのですが、つらい気持ちになりました。そしてこの頃は、これまで自分がやってきたことを振り返り、『私がやってることって間違っているの?』と、何度も自問自答しています」

 なぜ、ド派手成人式は陳述書が市に提出されるまでに批判されるのか。それは、身に纏っている衣装がド派手だという以外に、刺繍入りの卒ランや特攻服など、ヤンキーファッションを彷彿とさせることが大きいかもしれない。では、彼らは世間でいう“輩”なのだろうか。

「工場勤務や建築業界、JRや消防士として働くなど、普通に働いている子たちがほとんどです。成人式のために上司から髪の毛を伸ばす許可をもらったり、『仕事を辞めたら袴代が払えなくなるから』とキツイ仕事も辞めずに頑張ったり。みんな、いい子たちです」

◆意外だった海外での評価は…

 そういった彼らの素性を知っている池田さんは、容赦ない批判や偏見に心を痛めてきた。けれど、彼女ひとりが否定したところで批判や偏見がおさまるわけではない。モヤモヤとした気持ちが続いていた2018年、日本から遠く離れたニューヨークより連絡が入る。

「それは、ド派手成人式の衣装を見たというニューヨカーのスティーブンという男性からでした。スティーブンは茶道や着物といった日本文化に興味を持っていて、ニューヨークで紹介する計画を立てていたのです。そして、私(みやび)からも2〜3着借りたいと言います」

 でも、スティーブンがどの衣装を送ってほしいのかわからない。そこで役立ったのが、『みやびBOOK』だった。そして、指名を受けたド派手成人式の男性用衣装を複数点ニューヨークへ送った池田さんは、イベント終了後にスティーブンから絶賛されている。

「スティーブンからは、『たくさんの人が、みやびの衣装の前で立ち止まった』『すごく人気だった』と嬉しい言葉をいただきました。海外では、アートとして評価されたのです。この展示をキッカケに、約4年後の2022年にはニューヨークで個展を開くことになりました」

◆海外に住む人から「着物革命」と大絶賛

 コロナ禍の影響もあり、大絶賛だった2018年の展示から約4年後の2022年開催となったニューヨークの個展。池田さんがデザインし、縫製なども手掛けた約20着のド派手衣装が、海外の人々や海外に住む日本人から「着物革命」など嬉しい声とともに称賛されている。

「その個展の打ち上げパーティーには驚くような著名な方々が出席していて、翌月にはオファーがあり、2023年9月にニューヨークでファッションウィークを開催することになったのです。日本では成人式の準備も控えていましたから、スケジュールはキツキツでした」

 ファッションウィークのオファーを受けた池田さんは、タイトなスケジュールを乗り越え、約1週間にわたって開催されたショーを成功させている。そして、大喝采――。客席にいたギャラリーの目が釘付けになっていたことは、ショーを終えてから聞かされた。

◆NYファッションウィーク後の変化

「日本での風向きが変わったのは、このあとです。読売新聞がショーを取り上げてくれたことで取材が殺到しました。ニューヨーク滞在中にはZoomで、日本へ戻ってからも多くの取材を受け、激レアな人から体験談を聞く『激レアさんを連れてきた』にも出演しています」

 そしてメディア出演や仕事の増加とともに、ド派手成人式への評価も変化した。さらに、2023年に市長が武内和久氏へと変わり、ド派手成人式について「北九州市の若い人たちがコツコツ生み出した美意識」「否定から挑戦へ」など、前向きなコメントも発表している。

「市長のコメントは、本当に嬉しかったです。ほかにも、北九州の旦過市場で2022年に起きた火事の復興にも携わるNPO法人からお声かけいただいてプロジェクトがはじまったり、博多大吉さんなど著名な方が取材に来てくださったり、嬉しいことはたくさんありました」

 そんな池田さんに、今後について尋ねてみた。すると、「今後は、どうなるんでしょう…? お客様の夢を叶えるのが仕事という軸はずっと変わりませんが、これまでは流されるまま生きてきたから。でも、過去の経験がいろんなところでつながって役立っていて、ムダなことはひとつもなかったので、今後もそんな感じで進んでいくのかな?と思っています」と、微笑む。

◆「できることから地域貢献したい」

「小倉の発展に貢献したいという気持ちは前々からあったので、できることから地域貢献していきたいと思っています。最近の活動といえば、菜桜(なお)ちゃんに新作ドレスを提供したことや小倉駅ホームの成人式で使ったド派手衣装を展示いただいていることです」

 菜桜さんは、ダウン症で幼い頃から手術を繰り返しながらも、モデルになるという夢を実現させた20歳の女性だ。そんな彼女サイドからパリコレで着るドレス製作のオファーを受け、きらびやかな飾りと柄がド派手な印象のドレスを製作し、こちらも大成功を収めている。

「JR小倉駅ホームでは、成人式で話題となったド派手衣装や黒と金で観光列車をイメージした衣装2着を展示いただいています。観覧には小倉駅の入場券もしくは乗車券が必要となりますが、2024年9月26日までの期間中であれば楽しんでもらえるようです」

 同じモノでも、それを身につける人となりはもちろん、周囲の感覚や評価によって価値観は大きく変わってくる。少しずつであるが、海外ではアートとして、そして地元では北九州市小倉独自の文化としても認められつつある“ド派手成人式”。今後の展開を楽しみにしたい。

<取材・文・撮影/山内良子>

【山内良子】
フリーライター。ライフ系や節約、歴史や日本文化を中心に、取材や経営者向けの記事も執筆。おいしいものや楽しいこと、旅行が大好き! 金融会社での勤務経験や接客改善業務での経験を活かした記事も得意

このニュースに関するつぶやき

  • 成人式は式典だからドレスコードが必要かもしれないけど、衣装自体は何着たっていいやん。悪いことじゃない。いつもスーツ着てるけど、不正する政治家の方が悪いでしょ?
    • イイネ!24
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