吉本興業でナインティナイン、ロンドンブーツ1号2号、ロバートのマネジャーを務めた後、FIREBUGを立ち上げた佐藤詳悟氏。FIREBUGでは、才能を拡張させる“タレントエンパワーメントパートナー”として、多くのタレントのプロデュース戦略を手掛け、企業向けにはタレントを軸としたコンテンツを中心にマーケティングソリューションを提供している。
本連載では、マネジメントのプロである佐藤氏が、今会いたい“敏腕マネジャー”と対談し、メンバーのモチベーションを上げたり、才能を開花させたりするヒントを探っていく。
第6回目となる今回の対談相手は、女子バスケットの名門・東京成徳中学校・高等学校で長年指導者を勤めてきた遠香(おか)周平氏。何度もチームを表彰台に送り出し、日本代表チームなどで活躍するプロ選手を育成してきた。
若くてエネルギーにあふれている一方で、メンタル面でもスキル面でも発展途中の選手たちを、どのようにチームとしてまとめ、鼓舞してきたのだろうか。
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●組織に必要な「過去や周りに左右されない軸」とは?
佐藤詳悟氏(以下、佐藤氏): 遠香先生は、長年女子バスケットの指導をしてきたと聞いています。
遠香周平氏(以下、:遠香氏:): はい。大学院を卒業後に東京成徳中学校に入職してから、東京成徳中学校・高等学校で30年以上女子バスケットの指導者をしています。4年前に新コーチが就任してからは、私はアシスタントに専念していますが、それまでの約25年間は直接生徒たちを指導してきました。
私が勤める東京成徳中学校・高等学校は、歴史のある私立の中高一貫校です。特に高等学校は私が入職したときで40年以上の歴史があり、女子バスケット界では一目置かれる存在でした。しかし、当時は低迷期にあって、部員たちの士気も下がっていたんです。
私のミッションは、かつての名門校を復活させ、再び盛り上げること。そのためにまずは中学校で指導者をして、高等学校に優秀な選手を送り込もう、となったのです。
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佐藤氏: 赴任してから、最初に何をしましたか?
遠香氏: 当時は理念がなかったので、まずはそこから考えましたね。
佐藤氏: なるほど、会社を創業する場合とさほど変わらないのですね。ただ、今でこそ「まず、理念を大事にしよう」「ミッション・ビジョン・バリューを定義しよう」と言われるようになりましたが、30年前にこの考えを持っている組織は、まだ少なかったのではないですか?
遠香氏: ほとんど聞かなかったですね。特に、部活でその考えを採用しているところはかなりめずらしかったはずです。
少し話しがそれるのですが、大学院在学中にも少しだけ東京成徳高等学校女子バスケチームの指導に関わっていました。スポーツって、本来楽しいはずのものじゃないですか。でも、当時の部員たちは、一生懸命練習はするけど楽しくなさそうなんですよね。過去に先輩たちが築いた実績に囚われて、自信を失っているように見えました。その様子を見て「みんなポテンシャルに溢れているのに、もったいないな」と思って。
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私がコーチをするなら、まずはこの状況を変えたい。そのためには、過去や周りに左右されない、チームの軸になる考えが必要だと考え、理念を作ったのです。
佐藤氏: 僕が学生のときも、遠香先生のような方が指導をされていたらもっと部活が楽しかっただろうな(笑)。ちなみに、どんな理念をつくったのでしょうか。
●いたってシンプルな理念のワケ
遠香氏: 「勇気」と「思いやり」。すごくシンプルでしょう。でも、バスケチームとして成長するためにも、人として成長するためにも、この2つは欠かせません。また、練習や試合を見ている側も、部員たちが勇気と思いやりを持って汗水流している姿を見ると、感動しますよね。
佐藤氏: 理念をチームの成長だけでなく「自分たちの成長のため」に活用するのは分かりますが、見ている人のことまで考えるんですね。
遠香氏: もちろん考えますよ。純粋にバスケットをみたいなら、プロチームの試合を見たほうがいいじゃないですか。では、なぜスキルも経験も発展途上な学生の試合を観に来てくれる人がいるのか。私が学生を指導するときは、そこまで考えて行動するように伝えています。
佐藤氏: 理念をただ伝えるだけでなく、学生たちがきちんと納得できるように落とし込んでいるのですね。
遠香氏: 私たちコーチの仕事は、いわゆる「魚を与えること」ではなくて「魚の取り方を教えること」ですから。
食事指導を例にあげると、「これを食べなさい」とメニューを強制するのではなく、体作りのためには、どんなものをどれだけ食べたらいいかを教えて、自分でメニューを考えられるように指導していきます。
●目標はメンバーが立てる――ちぐはぐな目標が出てくることも
佐藤氏: 遠香先生が、理念をとても大事にされているのは分かりました。ただ、名門校として成果もあげていかないといけないですよね。遠香先生がコーチとして就任して以来、東京成徳中学校は何度も全国制覇を達成し、再び全国屈指の名門校として各地に名を轟(とどろ)かせていきます。成果をあげるためのチームの目標は、どのように設計したのでしょうか。
遠香氏: まず前提として、目標はコーチの私ではなくて部員たちで立てるように指導しています。部活は私ではなく、部員たちのものですからね。目標を立てるための相談には私も乗りますが、どんな目標で1年間やっていくか決めるのか、最終的に決めるのは部員たちです。
佐藤氏: 基本的には、学生たちに目標設定を任せているのですね。しかし、それだと想定外の目標があがってくることはないですか……?
遠香氏: もちろんありますよ。私は「このチームなら、全国制覇を狙える」と思っているのに、「ベスト8入賞」を目標に掲げてくることもある。その逆もあります。
私の経験上、入学したばかりの1年生は、自分のスキルや経験以上に自己評価が高くて、無茶な目標を立てることが多い。しかし、上級生になって経験が増えていくにつれて、今度は過小評価し始める子が増えるんですよ。
佐藤氏: これも、会社と一緒ですよね。入社したばかりの頃は万能感に満ちあふれているけど、年次が上がるにつれて自分の未熟さや不甲斐なさを痛感するというか。でも、自分を客観的に見れない状態だと、自分の成長に必要な目標も立てられないですよね。遠香先生は、どのように指導していますか。
●その目標を、1年後に達成できているイメージがわくか?
遠香氏: 目標を立てるときには、その目標を1年後に達成しているイメージがわくかどうかを大事にしています。
先ほど例にあげた「全国制覇を狙えるのに、ベスト8入賞を目標に掲げてきた」場合なら、まずは「ベスト8を狙えるチームは、どんなチームか」をイメージしてもらいます。そのうえで、今の自分たちに足りないものを考えてもらう。もし、現時点で足りないものがほとんどないのなら、自分たちを過小評価していたことに気付けますよね。
佐藤氏: 目標を軌道修正するヒントを与えて、自分たちで考えるようサポートしているのですね。
遠香氏: 人が立てた目標と、自分たちが立てた目標だと、向き合うモチベーションが全く変わってきます。
私は、目標と理念は「両輪」だと思っていて。理念は、コーチの私からはっきりと示す。その理念を理解したうえで、部員たちで目標を立てる。ただ、いくら理念や自分を理解して目標を立てても、そのために最大限努力しても、「全国制覇」などの相手ありきの目標は達成できないこともよくあります。でも、向き合えば向き合った分だけ、理念は自分の中にちゃんと残るんです。
先ほどお話しした「魚の取り方」と同じで、自分で考えたら考えた分だけ、学校を卒業して私の手が離れた後にどんな環境に行っても、自律して生きていけるようになります。
(後編に続く)
記事の後編「組織に必要な『キャプテン』『リーダー』『フォロワー』――バスケ強豪校を30年率いた名監督の『強いチームの作り方』」(6月10日公開予定)では、具体的にチームメンバーがどのような役割を担うことで、組織として強くなれるのか。チーム作りに欠かせない視点を明らかにする。
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